その日、俺は珍しくアジトで酒を 煽（ あお）っていた。そう、飲みたい気分だった。
　ある女のことを想いながら──

＊＊＊

「Ciao bella〜！　この後お茶でもどうよ？」

　いつもの調子で声をかけたのは、花屋の看板娘。春風が吹き、花びらとともに風になびく髪がとても印象的だった。その髪が揺れるたびに、俺の心も踊る──そう、俺は彼女に恋をしていた。
　誕生日には、淡いピンクのリップを贈り、文字どおり俺は、彼女の唇を奪った。
　初めはただの遊びだった。でも、いつしか本気になり始めていた。あどけない彼女の笑顔が、純粋に人を好きになることを思い出させてくれた。
　でも、それは急に終わりを告げる。

＊＊＊

　ある日、彼女から呼び出された。
　彼女は、うつむき加減に話を切り出す。

「私には婚約者がいます。だから、あなたとはもうお付き合いできません──」

　そう告げる彼女が、あまりにも淡々としていたから、全ての出来事がまるで夢だったのかと錯覚しそうになる。
　『さようなら』と言って、去りゆく彼女の瞳があまりにも綺麗に映った。
　それは彼女がついた優しい嘘──
　後になって、人づてに聞いた話──
　彼女は幹部の女だった。俺との事がバレる前に、俺に累が及ぶ前に手を打ったのだろう。
　結局俺は、彼女に守られたってこった……ったく、しょうがねーなぁ〜、俺ってやつは本当によォ……
　不意に空を仰ぎみる。
　あの花ビラが大空を舞う季節がくるたびに、俺はこの先もずっと、彼女ことが消えないアザとなり、一生忘れられそうにないだろう。