2004〜2009
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季節はすっかり春めいて、街路樹として鎮目町にの方々の道に植えられたソメイヨシノはもうとっくに葉桜へと変貌していた。陽光もぽかぽかと心地よく、こんな休みの日は芝生や木陰で寝っ転がって本でも読んでぐっすり寝てみたくなる。だから、だから依子は彼の気持ちがわからなくもないのだ。
けれども依子が腰掛けているのは、バーHOMRAの日当たりの良い位置に置かれた趣味のいい皮張りのソファーであり木陰ではない。それに何より見下ろせば桜の代わりに綺麗な赤色が、依子の目に映る。
赤くピンとセットした細い毛束をそよそよと揺らしながら、天下泰平と言わんばかりに周防はぐうぐうと寝息を立てていた。
それだけなら微笑ましいし慣れたものなのだが、それが自分の膝の上となれば困惑だってする。
「周防くーん……」
依子は小声で周防の名を呼び、肩を軽く揺らす。それだけでも側から見たら大層恐れを知らない人間の行動に見られるのだろうけど、こちらだって緊急事態なのだから仕方がない。
(それにしても、どうしてこうなってしまったんだろう)
今日は一言からの依頼を終え、時間も余ったのでバーに遊びに来たのだ。依子が店に入ってきた時も周防は定位置のソファで眠っていた。それから草薙が所用でバーを抜けて少しした後、のっそりと周防は身を起こして問うこともなくゆっくりと目線を動かしていたものだから、「草薙先輩ならちょっと出かけるってさ」と答えたら。
「そうか」
と、周防がちょっとぼんやりとした低い声で返答するまでは良かったのだ。
その後少しきつい目つきのままーーこれが寝ぼけている表情だと気付いたのは、知り合ってからしばらく経ってのことだーーのそのそと起き上がり、依子の座る共に向かいのソファに移動して、
「ん」
そのまま周防は何の躊躇いもなく、依子の膝を枕に午睡を再開してしまったのだ。猫が居心地の良い場所を転々としながら昼寝を繰り返すようなものなのだろうか、いや彼は猫っぽいだけであって猫ではないのだが。どちらかと言えばライオンだし。
それから十分ほど経過したが、まだ起きる気配はない。
「どうしよう……」
周防の赤い頭は若干重いが、依子にはさほど苦ではない。今日はスカートやショートパンツではなく、くるぶし丈のデニムを着ていたことも幸いした。まだ状況は最悪ではないはずだ。けれどもこの状況を見られたら、
「間違いなく間違われるわね」
なんかこう、色々と。
ただでさえどういうわけか、周防を慕う青少年たちーー弟弟子よりも多少やんちゃではあるが、そこまで悪い子たちではない、と思いたいーーに「姐さん」と呼ばれそうになったり、色々勘ぐられているのだ。
草薙も十束もそれなりにやんわりと訂正してくれているのだが、二人とも半分くらい面白がっている節があるので完全な誤解の払拭には至っていない。
そんな依子の悩みなどつゆ知らず、周防は依子の膝の上で寝息を立てている。伏せられたままの赤い睫毛を見て、依子はまたため息をついた。
「『セクハラだー!』とか怒ってもいいんだけど」
依子自身、男所帯で育ったものだから、自分と親しい異性に対して兄弟弟子と同じような距離感で接してしまうことがあるが、この状況は本当は少しくらい怒っても良いはずなのだ。
けれどもどうしてか依子は、こういう時に限って周防に怒る気が失せてしまう。
周防とはそれなりにーー少なくとも依子自身はそう思っているーー気兼ねない付き合いをして長いからか、それとも彼が依子が深く想う男と同じ立場にいる存在だからか。
出来ることなら前者であってほしいと願ってやまない。
周防の寝姿は、無防備なようでそうでもない。多分殺気を発したらすぐに押さえられてしまうだろう。冗談半分でもあんまりやりたくはないが。
依子が異能を持ち、他の王を戴く女だと知っていながら、周防の振る舞いは昔とさほど変わらない。
それは依子自身がただの高校からの友達でいようとしているから、周防が仕方なくそれに合わせてくれているのだろうか。
「どうして、周防くんは」
「俺がなんだ」
独り言のつもりで呟いた言葉に返事を返されて、依子が呆気にとられながら下を向くと、気怠げな金色と目が合った。
「起きたんだ周防くん」
「お前がむにゃむにゃ呟いてたから、うるさくて起きた」
地の底から響くようなバリトンが恨み事を呟くので、依子は口をとがらせた。
「このまま起きなかったら草薙先輩に助けを求めるところだったんだから」
「なんで草薙に」
「だって一番ちゃんとお詫びをしてくれそうなのって草薙先輩でしょ?」
笑いながら言うと周防は顔をしかめる。草薙まで巻き込むのは本人のプライドに関わるらしい。
周防は依子の膝から起き上がり、寝癖を乱雑に解かす。横目で見た周防の後ろ姿に何か違和感を感じて、依子は口を開いた。
「夢見でも悪かった?」
細くしなやかに鍛えられた、自分の王とはまた異なる王の背中に、依子はなんとなく不安を感じたのだ。夢というものはろくでもないのだから。
依子の問いに、周防は僅かに動きを止める。
暫しの逡巡──彼としてはとても珍しい──の後、周防は依子の方へ振り返る。
「いや、お陰で悪くなかった」
周防は依子に悪童のような顔をして笑った。
間も無くして草薙が戻り、何故だかお菓子を大量に持ち帰った十束が参入して細やかな茶会が続けて催された。
その日名残の桜がはらはらと舞い散る中、BAR HOMRAの看板には「本日貸切」と書かれた札がかけられていた。
けれども依子が腰掛けているのは、バーHOMRAの日当たりの良い位置に置かれた趣味のいい皮張りのソファーであり木陰ではない。それに何より見下ろせば桜の代わりに綺麗な赤色が、依子の目に映る。
赤くピンとセットした細い毛束をそよそよと揺らしながら、天下泰平と言わんばかりに周防はぐうぐうと寝息を立てていた。
それだけなら微笑ましいし慣れたものなのだが、それが自分の膝の上となれば困惑だってする。
「周防くーん……」
依子は小声で周防の名を呼び、肩を軽く揺らす。それだけでも側から見たら大層恐れを知らない人間の行動に見られるのだろうけど、こちらだって緊急事態なのだから仕方がない。
(それにしても、どうしてこうなってしまったんだろう)
今日は一言からの依頼を終え、時間も余ったのでバーに遊びに来たのだ。依子が店に入ってきた時も周防は定位置のソファで眠っていた。それから草薙が所用でバーを抜けて少しした後、のっそりと周防は身を起こして問うこともなくゆっくりと目線を動かしていたものだから、「草薙先輩ならちょっと出かけるってさ」と答えたら。
「そうか」
と、周防がちょっとぼんやりとした低い声で返答するまでは良かったのだ。
その後少しきつい目つきのままーーこれが寝ぼけている表情だと気付いたのは、知り合ってからしばらく経ってのことだーーのそのそと起き上がり、依子の座る共に向かいのソファに移動して、
「ん」
そのまま周防は何の躊躇いもなく、依子の膝を枕に午睡を再開してしまったのだ。猫が居心地の良い場所を転々としながら昼寝を繰り返すようなものなのだろうか、いや彼は猫っぽいだけであって猫ではないのだが。どちらかと言えばライオンだし。
それから十分ほど経過したが、まだ起きる気配はない。
「どうしよう……」
周防の赤い頭は若干重いが、依子にはさほど苦ではない。今日はスカートやショートパンツではなく、くるぶし丈のデニムを着ていたことも幸いした。まだ状況は最悪ではないはずだ。けれどもこの状況を見られたら、
「間違いなく間違われるわね」
なんかこう、色々と。
ただでさえどういうわけか、周防を慕う青少年たちーー弟弟子よりも多少やんちゃではあるが、そこまで悪い子たちではない、と思いたいーーに「姐さん」と呼ばれそうになったり、色々勘ぐられているのだ。
草薙も十束もそれなりにやんわりと訂正してくれているのだが、二人とも半分くらい面白がっている節があるので完全な誤解の払拭には至っていない。
そんな依子の悩みなどつゆ知らず、周防は依子の膝の上で寝息を立てている。伏せられたままの赤い睫毛を見て、依子はまたため息をついた。
「『セクハラだー!』とか怒ってもいいんだけど」
依子自身、男所帯で育ったものだから、自分と親しい異性に対して兄弟弟子と同じような距離感で接してしまうことがあるが、この状況は本当は少しくらい怒っても良いはずなのだ。
けれどもどうしてか依子は、こういう時に限って周防に怒る気が失せてしまう。
周防とはそれなりにーー少なくとも依子自身はそう思っているーー気兼ねない付き合いをして長いからか、それとも彼が依子が深く想う男と同じ立場にいる存在だからか。
出来ることなら前者であってほしいと願ってやまない。
周防の寝姿は、無防備なようでそうでもない。多分殺気を発したらすぐに押さえられてしまうだろう。冗談半分でもあんまりやりたくはないが。
依子が異能を持ち、他の王を戴く女だと知っていながら、周防の振る舞いは昔とさほど変わらない。
それは依子自身がただの高校からの友達でいようとしているから、周防が仕方なくそれに合わせてくれているのだろうか。
「どうして、周防くんは」
「俺がなんだ」
独り言のつもりで呟いた言葉に返事を返されて、依子が呆気にとられながら下を向くと、気怠げな金色と目が合った。
「起きたんだ周防くん」
「お前がむにゃむにゃ呟いてたから、うるさくて起きた」
地の底から響くようなバリトンが恨み事を呟くので、依子は口をとがらせた。
「このまま起きなかったら草薙先輩に助けを求めるところだったんだから」
「なんで草薙に」
「だって一番ちゃんとお詫びをしてくれそうなのって草薙先輩でしょ?」
笑いながら言うと周防は顔をしかめる。草薙まで巻き込むのは本人のプライドに関わるらしい。
周防は依子の膝から起き上がり、寝癖を乱雑に解かす。横目で見た周防の後ろ姿に何か違和感を感じて、依子は口を開いた。
「夢見でも悪かった?」
細くしなやかに鍛えられた、自分の王とはまた異なる王の背中に、依子はなんとなく不安を感じたのだ。夢というものはろくでもないのだから。
依子の問いに、周防は僅かに動きを止める。
暫しの逡巡──彼としてはとても珍しい──の後、周防は依子の方へ振り返る。
「いや、お陰で悪くなかった」
周防は依子に悪童のような顔をして笑った。
間も無くして草薙が戻り、何故だかお菓子を大量に持ち帰った十束が参入して細やかな茶会が続けて催された。
その日名残の桜がはらはらと舞い散る中、BAR HOMRAの看板には「本日貸切」と書かれた札がかけられていた。