〜1999.07.11
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小学生の頃の記憶というものは、いつの間にか遠い昔の記憶へと色褪せていく。
まして毎日のように誰かの命が瀬戸際に置かれていれば、子供の頃の思い出なんて思い出す余裕などない。
けれども、
「将来の夢?」
目の前の少女が頭を悩ませる難題ーー大人から見れば微笑ましいが、子供にとっては十分な難題だーーは塩津にも覚えがあった。
「学校の宿題なんです」
小さな唇を尖らせながら少女は作文用紙を見せてくる、当然ながら白紙だ。
「明日出さなきゃいけないのに、まだ書けてなくて……」
「依子さんがなりたいものが思いつかないんですか?」
穏やかな声で助け舟を出したのは、塩津と共に書類仕事をしていた湊だった。
依子の父は塩津と交代して煉獄舎の小競り合いの指揮をとっている。任務が終わり次第、最愛の娘と帰れるのだから今日の百井の士気は高いだろう。
湊の柔和な声に依子は少し考えてから恐る恐る口を開く。
「なりたいものがいっぱいあるから困ってる……んです」
「それはまたどうして」
「『夢を一つだけ選んで』作文に書きましょうって宿題だから……」
「それはまた難儀なものだな」
「ナンギなものです」
敬語に慣れていない上に塩津の使う言葉を無理に使う依子に、湊は微笑ましげに目を細める。
「ではそれを一つずつメモに書いてみるのはどうでしょう、それでその中からひとつ良いと思ったものを選んでみるのは?」
速俊の提案に少女は大きな黒い目を輝かせて、「やってみる!」と早速不在の隊員の机を借りて水色の筆箱を広げてメモを書き始めた。
「えーっとね、喫茶店のマスターさん! お母さんがたまに連れて行ってくれる喫茶店がすごく素敵でね! 自分の好きなものをいっぱい詰め込んだお店をやってみたいの
花嫁さんも素敵だよね、友達のえっちゃんやゆうちゃんはドレスがいいって言ってるけど私は「しろむく」が着てみたいなあ。
お医者さんもいいなあ、人を助けるお仕事って大変だけどかっこいい!
海外を飛び回ってお仕事をするのも素敵だよね、それならスチュワーデスさんかなぁ。
それから神社の巫女さんにもなってみたい! あの服かっこいいよね!」
「それからね……」と続ける無邪気な少女の夢は止まることを知らない。それなら確かに沢山あって迷うのも当然だろう。
「では、誰か憧れる人はいるか?」
「羽張!?」
「室長さん!」
「出動が早々に終わってな。手早く済んだのは百井の後方支援のお陰だな」
羽張に父を称賛されて、少女は少し得意げに顔を輝かせてそれから思案する。
「憧れる人……」
「そうだ、身近な人を目標にするというのも良い選択ではあると思うぞ?」
少女は顔に似合わぬ難しい表情で熟慮する。
湊はそれを微笑ましげに眺め、羽張は面白そうに少女を見据える。
「秋兄と速兄のお母さん!!」
名案を閃いた少女は顔をぱあっと輝かせて大きな声で言った。
「彼女、ですか」
拍子抜けしたらしい湊は苦笑を浮かべ頬を掻いた。
「強くて素敵でかっこいいの! この前剣道の稽古つけてもらったらいつの間にか負けてたの! 私もあんな風にカッコよくなりたい!」
(強くなるのは良いが狂犬が増えるのは勘弁してくれ)
塩津は狂犬がさらに増える未来図を予想して悩ましげにで小さく首を振る。
「ははっ、いいじゃないか」
一番受けたのは羽張であったらしい。晴れやかに破顔し少女の頭をわしわしと撫でる。
「ということは君は未来の俺の部下かな」
「うん! 私室長さんの部下になる!」
粗雑に、と言っても羽張なりに相当力加減をしていた手が不意に止まる。
「そうか、それは……楽しみだな」
そう返す羽張の晴れやかな笑みの中に、ほんの僅かな翳りを感じたのは塩津の錯覚だろう。塩津はそう思い込むことにした。
後日、百井が言うことには「強くてかっこいい警察官になりたい」ということで宿題はどうにかなったらしい。
多少訂正が入ったのは、百井の妻の思惑だろう。王やクランズマンと言ったものに生まれてから今もなお振り回されている彼女は、娘ができれば《こちら側》に来ないことを祈っているらしい。
「だが百井の妻君の願いは叶わんだろうな」
塩津と二人で書類整理をしている際、羽張はふとそんな言葉を漏らした。
「それはどういう意味だ」
「あの子は石盤と縁がある」
あの國常路家の血を引く母、セプター4隊員である父。百井依子という少女はそのような因果の下に生まれた。
「それで言うなら湊の双子や道明寺のところの子供も似たようなものだろう」
「そうだな、だがどうしてか、あの子はそれだけではない因果を背負うと思うんだ」
「それはお前の直感か」
「予感、だろうな。三輪さんの予言には負けるが」
羽張は窓越しの庭を眺める。
寒さも和らいできた庭から、梅の蕾がちらほらと垣間見える。羽張がそれを見ているのか、或いは異なる何かかを眺めているのか塩津には思いもよらない。
あの少女もまた、未来に花咲かせる蕾だ。
いつか羽張が自分のすぐ側にいる小さな蕾の成長をも慈しめるようになれたならーーーー。
そんな柄にもない祈りを、塩津は密かに誰に向けるでもなく胸に抱いた。
まして毎日のように誰かの命が瀬戸際に置かれていれば、子供の頃の思い出なんて思い出す余裕などない。
けれども、
「将来の夢?」
目の前の少女が頭を悩ませる難題ーー大人から見れば微笑ましいが、子供にとっては十分な難題だーーは塩津にも覚えがあった。
「学校の宿題なんです」
小さな唇を尖らせながら少女は作文用紙を見せてくる、当然ながら白紙だ。
「明日出さなきゃいけないのに、まだ書けてなくて……」
「依子さんがなりたいものが思いつかないんですか?」
穏やかな声で助け舟を出したのは、塩津と共に書類仕事をしていた湊だった。
依子の父は塩津と交代して煉獄舎の小競り合いの指揮をとっている。任務が終わり次第、最愛の娘と帰れるのだから今日の百井の士気は高いだろう。
湊の柔和な声に依子は少し考えてから恐る恐る口を開く。
「なりたいものがいっぱいあるから困ってる……んです」
「それはまたどうして」
「『夢を一つだけ選んで』作文に書きましょうって宿題だから……」
「それはまた難儀なものだな」
「ナンギなものです」
敬語に慣れていない上に塩津の使う言葉を無理に使う依子に、湊は微笑ましげに目を細める。
「ではそれを一つずつメモに書いてみるのはどうでしょう、それでその中からひとつ良いと思ったものを選んでみるのは?」
速俊の提案に少女は大きな黒い目を輝かせて、「やってみる!」と早速不在の隊員の机を借りて水色の筆箱を広げてメモを書き始めた。
「えーっとね、喫茶店のマスターさん! お母さんがたまに連れて行ってくれる喫茶店がすごく素敵でね! 自分の好きなものをいっぱい詰め込んだお店をやってみたいの
花嫁さんも素敵だよね、友達のえっちゃんやゆうちゃんはドレスがいいって言ってるけど私は「しろむく」が着てみたいなあ。
お医者さんもいいなあ、人を助けるお仕事って大変だけどかっこいい!
海外を飛び回ってお仕事をするのも素敵だよね、それならスチュワーデスさんかなぁ。
それから神社の巫女さんにもなってみたい! あの服かっこいいよね!」
「それからね……」と続ける無邪気な少女の夢は止まることを知らない。それなら確かに沢山あって迷うのも当然だろう。
「では、誰か憧れる人はいるか?」
「羽張!?」
「室長さん!」
「出動が早々に終わってな。手早く済んだのは百井の後方支援のお陰だな」
羽張に父を称賛されて、少女は少し得意げに顔を輝かせてそれから思案する。
「憧れる人……」
「そうだ、身近な人を目標にするというのも良い選択ではあると思うぞ?」
少女は顔に似合わぬ難しい表情で熟慮する。
湊はそれを微笑ましげに眺め、羽張は面白そうに少女を見据える。
「秋兄と速兄のお母さん!!」
名案を閃いた少女は顔をぱあっと輝かせて大きな声で言った。
「彼女、ですか」
拍子抜けしたらしい湊は苦笑を浮かべ頬を掻いた。
「強くて素敵でかっこいいの! この前剣道の稽古つけてもらったらいつの間にか負けてたの! 私もあんな風にカッコよくなりたい!」
(強くなるのは良いが狂犬が増えるのは勘弁してくれ)
塩津は狂犬がさらに増える未来図を予想して悩ましげにで小さく首を振る。
「ははっ、いいじゃないか」
一番受けたのは羽張であったらしい。晴れやかに破顔し少女の頭をわしわしと撫でる。
「ということは君は未来の俺の部下かな」
「うん! 私室長さんの部下になる!」
粗雑に、と言っても羽張なりに相当力加減をしていた手が不意に止まる。
「そうか、それは……楽しみだな」
そう返す羽張の晴れやかな笑みの中に、ほんの僅かな翳りを感じたのは塩津の錯覚だろう。塩津はそう思い込むことにした。
後日、百井が言うことには「強くてかっこいい警察官になりたい」ということで宿題はどうにかなったらしい。
多少訂正が入ったのは、百井の妻の思惑だろう。王やクランズマンと言ったものに生まれてから今もなお振り回されている彼女は、娘ができれば《こちら側》に来ないことを祈っているらしい。
「だが百井の妻君の願いは叶わんだろうな」
塩津と二人で書類整理をしている際、羽張はふとそんな言葉を漏らした。
「それはどういう意味だ」
「あの子は石盤と縁がある」
あの國常路家の血を引く母、セプター4隊員である父。百井依子という少女はそのような因果の下に生まれた。
「それで言うなら湊の双子や道明寺のところの子供も似たようなものだろう」
「そうだな、だがどうしてか、あの子はそれだけではない因果を背負うと思うんだ」
「それはお前の直感か」
「予感、だろうな。三輪さんの予言には負けるが」
羽張は窓越しの庭を眺める。
寒さも和らいできた庭から、梅の蕾がちらほらと垣間見える。羽張がそれを見ているのか、或いは異なる何かかを眺めているのか塩津には思いもよらない。
あの少女もまた、未来に花咲かせる蕾だ。
いつか羽張が自分のすぐ側にいる小さな蕾の成長をも慈しめるようになれたならーーーー。
そんな柄にもない祈りを、塩津は密かに誰に向けるでもなく胸に抱いた。