2012〜
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「紫、俺は百井依子に興味が湧きました」
我が君がかつての妹弟子の名を呼び、興味が湧いたと言い出したのを見て紫は爪を磨いていた硝子のやすりを持つ手を止めた。
久しく聞いていなかった妹弟子の名前が出てきた事にではなく、白銀の王以外の何者かに興味を抱いた己の王に。
「珍しいこともあるのね、流ちゃんが白銀以外に興味を抱くなんて」
流はモニターに映る雑踏の中の子連れの女性の姿を眺める。モニターの中の妹弟子は、ようやく歩ける程度に育った幼子と手を繋ぎ道を歩いている。手を引かれご機嫌そうに歌を歌う幼い娘は、隣にいる彼女よりも紫もよく知る人物に似ている。
癖のある黒髪にたれ目をした、将来は美しくなるだろうと予測できる娘、妹弟子のただ一つの生きがい、そしてあの人の血を唯一受け継ぐこども。
「彼女は、迦具都事件で生き延びた謂わば俺の同胞です。そして死者の上に立ち、新たな可能性を持つ命を産み落とした」
淡々と、しかしどこかに熱を孕んだ声で流は語る。
曰く、流が調査したデータによれば、依子の娘は異能を持つらしい。だがそのヴァイスマン偏差値が既存のストレインとも、クランズマンとも異なるというのだ。
そして新たな王権者でもない。
あのような幼子の上に剣を冠するのは石盤が望まなかったのか、或いは王であった父親がそうならぬ未来を望んだからなのか。
王の血をひきながら、王ではない子供。
それを産んだのは王になり損ねた女。もしかしたら、かつての自分と王権者の椅子を奪い合い自分に破れたのかもしれない存在。
それは、確かに全ての人間を王とするという野望を持つ流にとって、自分には決して実現できない異なる可能性の提示だ。
力を与えることはできても、いのちを孕み生み落すことは出来ないのだから。
「残念ながら彼女はそんな大それたことをした自覚はなさそうよ」
「疑問です、なぜ彼女は自分が為したことに気づかないのですか」
流はモニターから紫に視線を向け小首を傾げて、不思議そうに問いかける。
紫の脳裏に浮かぶのは、かつての師と、成長するごとに彼を見るその目に敬愛だけではない何かが芽生え始めた少女。
『彼女はいつか実を結ぶ美しい花になるのだろうね』
何気ない師父の独白、きっと気づいていなかったのだ。咲き始めた花を手折り散らし、実を結ばせたのは他ならぬ彼自身である未来など。
だから紫は彼女と別れるそのときに、彼女の敬愛に染まった心を抉り恋心をさらけ出した。
いつか見るかもしれない美しい花が咲く前から根を腐らせてしまったら勿体ないのだから。
だがきっとそんなことを言っても、我が王は理解しないだろう。だから紫はただひと言返すだけにした。
「あの子はただ恋をしただけだと思っているのよ」
(だから彼女は知らない、その愚かな恋の結実が何を生み出したなんて)