2004〜2009
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2005年夏、バーHOMRAにて
「鎮目町の幽霊?」
依子はグラスを空けてから、ぎょっとした声で十束の言った言葉を繰り返し、空のグラスを置いてふるふると首を横に振った。
十束は好奇心に目を輝かせて依子がお持たせした小粒のナッツクッキーをつまんでいびつな形を珍しそうに眺めながら話を続ける。
「百井さん知らない?最近うちの中学で流行ってる噂話なんだけど」
幽霊みたいに現れては消える、謎の人物なんだって。
十束の口から出された言葉に依子は少し逡巡してから口を開く。
「あまり聞いたことがないわね、草薙先輩は何か知ってますか?」
依子から急に話を投げられた草薙はステアしていた細長いグラスを依子の前に差し出し、代わりに空のグラスを手にする。
今日は学校帰りに十束に引っ張られ周防と共にHOMRAで草薙が作ったカクテルの試飲をしている。無論、未成年なので出されるのはノンアルコールのカクテルだ。微妙な味の違いが分かる依子の舌を、草薙は信頼しているらしい。
「一部の連中の間で流行っとる都市伝説の類らしいな」
「あー……兎の仮面に黒装束をした集団とか、口裂け女とか飛行船に連れ去られた人の仲間みたいな感じですか」
「せやな、いずれにしろ些細な話に面白おかしな尾鰭背鰭がついたもんやろな」
グラスを濯ぐ草薙の手を見つめながら、依子は新しいグラスに口をつけた。ぱちぱちと弾ける炭酸に混じるライムの風味が爽やかで心地よい。
「分類としては口裂け女に近いかも」
「それなら尚更胡散臭いわね」
「百井さんってあんまり幽霊怖くないタイプ?」
依子は十束の問いにうーんと首を捻る。
「幽霊を見たことがないから、怖いとも思えないのよ」
依子の師匠曰く、自分はどうにも呼ばれやすいため子供の頃には変な目には遭っていたが、それは言ってもしょうがないので言わなかった。
「意外と現実的やな」
「見えたら良いんですけどね」
依子のひと言にグラスを拭いていた草薙と、何個目か分からないクッキーを手にしていた十束の動きが止まった。
二人が不意に動きを止めた事に反応して、ソファーでコーラを使ったノンアルコールカクテルを、よく分からなさそうに飲んでいた周防もカウンターへと視線を向けた。
「だって幽霊が見えたら、いなくなった人にいつでも会えるじゃないですか」
依子はあえて明るく笑い飛ばし、二杯目のグラスを空にして今度は自分から草薙に渡す。周防はそんな依子を見やりクイとグラスを傾けた。
†
2009年4月初頭、バーホムラにて
「鎮目町の幽霊?」
依子はストロベリーフィズを傾けて、十束の言葉を繰り返した。グラスの縁飾られている旬の苺を摘む依子に十束は楽しそうな表情で──最も彼の不機嫌な様子を、依子は見たことがない──頷いた。
「そう、昔俺の中学で流行っていた噂が最近若い世代に流行っているんだって」
「お前かて十分若いやろ」
カウンターで依子が頼んだ前菜を用意していた草薙が、十束にツッコミを入れる。
「いやいやそうじゃなくて、うちの新入りとか、たまに公園で会う小学生に聞いてみたらまた最近結構流行ってるんだよね、その噂」
「都市伝説ってふっと消えたり進化したりするものねぇ」
「そういえばガキの頃流行ってましたねそんな噂」
体格の良い色黒な青年、鎌本がふと口にした。依子がこの鎮目町の商店街であれこれとバイトをしていた高校生の頃は色が白くてふくふくとした可愛らしい少年だったのだが、歳月というものは人を変える。
「どんな噂?」
「悪さしたやつを懲らしめるとか、迷子になっていた子供を助けるとか」
「ひったくりから鞄を奪い返したって話もあったよね」
「ああ! ありましたねそんなのも」
「随分、変わった幽霊ね……」
「良いことをする幽霊……ほんまに幽霊なんかそれ」
「なんでも突然現れては、気がついたら目の前から消えちまうらしいんですよ」
「そうそう、いろんな噂があるけどそこだけは共通してるんだよね。昔流行ってた噂とちょっと似てるな」
「色々詳しいのね十束くん、探偵とか向いていそう」
依子の揶揄う言葉に十束は少し神妙そうに考え込んでからまたにかっと笑った。
「面白そうだけど性にあわないかな!」
「あとうちの新入りの面倒を見ているのは十束さんですから自然と情報が集まるんすよね」
「若い子たちと言ったら……そういえばあのニット帽の熱血そうな子は?」
「あー……その、八田さんは……あまり興味がないみたいっす」
鎌本の歯切れ悪い返事と、それに苦笑する草薙や十束を見てなんとなく事情を察知した依子はそれ以上問わなかった。
「あら意外、その八田くんって子とよく一緒にいる、メガネをかけた顔色の悪そうな子は?」
「伏見もあんまり興味ないかなあ、嫌そうな顔されちゃうかも」
「あの子頭が良さそうだものね」
弟弟子とはまた異なる賢さを感じさせる、この場にいるのがほんの少し居心地の悪そうな少年は、幽霊の存在も信じていないのかもしれない。
ちなみに八田は見回りと称して伏見と共に不在である。
「ま、幽霊なんてけったいなもん、まともに考えたってなんもならんけど、どうせなら女がええかなぁ」
ラタトゥイユとチーズの盛り合わせを依子に差し出しながら、草薙は言った。
「その心は?」
十束の言葉に、草薙はサングラスをかけ直してからひと言。
「幽霊は女の方が美人言うやろ」
†
同年、某所地下空洞の秘密基地
「鎮目町の幽霊?」
ビールの泡を口につけたまま、磐舟はすっとんきょうな声で流が告げた言葉を繰り返した。
「噂の正体を暴くため画像や映像を撮影するようミッションを発令しましたが、達成者は極めて少数、それも不鮮明なもののみ。これは不可解です」
「おいおい、本当に幽霊だったらどうするんだよ」
祟られちまうぞぉ、とさも恐ろしげにわざと震える素振りをする磐舟の様子に、流は目をぱちくりと瞬かせ少し軋む人形のように首を傾げた。
「どうするも何も、『幽霊』は人間です」
「は?」
「訂正です。『幽霊』と噂される存在の正体は恐らく、空間を移動するタイプのストレイン能力者です、よって彼女は人間だと推測できます」
「おいちょっと待て、人間を離れた場所に移動させるほどの異能者って言ったら……王権者並の力がないと無理だろう」
「肯定ですイワさん。ですがここ最近の王権者のヴァイスマン偏差に変動はなく、新たな王権者が出現したという情報はありません」
立体画面に路地裏に立つ男とも女ともつかぬほっそりとした黒い人影が、火花と共に突然掻き消える数秒の映像が映し出される。
その他数枚の画像に同じような人影が写っているがいずれも顔も写っていない。
「そして、この幽霊が王権者であるならば、能力の性質上その属性は改変かもしくは代替わりごとに能力が変わる無色の王であると推定されます。ですが無色の王、三輪一言は未だ存命そして改変を司る王はこの俺です」
「ってことは、その幽霊とやらは王ではない可能性が高いって事か」
「都内の監視カメラの履歴を分析したところ、同様の能力を使用したと思しき最も古い記録は……十年前の映像です」
「十年前……おい、流まさかそれって」
「イワさんの予測通り、この幽霊と称されるストレインは迦具都事件直後に出現しています」
迦具都事件、その言葉を聞いて磐舟の表情は僅かに陰りを見せた。
そのことに気付かず、流は画像に映る人影を拡大させ見つめている。
「つまりこの幽霊は、俺と同じタイミングでストレインに覚醒した可能性があります」
「空間すら書き換え望む場所に移動する能力ったら、ベータ・クラスのストレインってことか」
「ストレインは王のなり損ないと言いますが、彼女はまさしくその意味でストレインと呼ばれるに相応しいのでしょう」
「……彼女?」
「はい、身体的構造から分析した結果女性である可能性が極めて高いと考えられます」
「そりゃ、ますます幽霊らしいなあ」
「それはどういう意味でしょうか」
「幽霊って言ったら、死に装束の美女ってパターンがあるんだよ」
「演劇・文芸に登場する類型としての幽霊ですか」
「そうだな、昔は女の方が恨みが残るとか色々言われていたみたいでな」
こういうのは三輪(あいつ)の方が得意なんだよなと磐舟は内心詮ないことをぼやいて、ビールの缶を一つゴミ箱に器用に放り込む。
「彼女も、恨んでいるのでしょうか」
「それは本人に聞いてみないとわからんだろうよ」
最も死者にかつての罪を問われるなど堪ったものではないが。何より、「鳳聖悟」はもう死んでいるのだ。
「そういえば無色の王で思い出しましたが」
「三輪がどうかしたか?」
「いえ、三輪一言ではなくそのクランズマンについてです」
「あーそういや昔一人いたな、しゅっとした美少年が」
「他にも確か二人ほどいるらしいのですが、何故かそのうちの一人が非時院によって情報が隠匿されているようで」
「へえ、三輪が國常路の爺さんに頼むほどの秘蔵っ子が出来たなんてな」
珍しい、会える立場であれば茶化せるネタが増えていただろう。
「この前ハッキングしたところ、その隠匿されている方のクランズマンは女性である、ということが判明しました」
「……なんだかそのクランズマン、苦労しそうだな」
深いため息をつく磐舟に、流は不思議そうに目を瞬かせる。
「何故ですか」
「ま、その、自覚していないってのも、悩みものなんだよなあ……当人には」
「俺には理解できない領域の話です」
「ま、そういうこともあるさ。さて今晩は何にするかねえ」
「冷蔵庫の在庫状況を鑑みるにカレーが相応しいのではないでしょうか」
「お!いいねえ、カレーを食べながらビールを一杯」
「カラアゲ!カラアゲ!」
「イワさん、コトサカは唐揚げを希望しています」
「ジューシー!スパイシー!」
「イワさんに任せとけ!」
磐舟はエプロンをつけ台所に立ち、野菜の下ごしらえをしながら、ふと考える。
都市伝説『幽霊』の正体である謎のストレインの女性。
何故か非時院によって情報が隠匿されている、三輪一言のクランズマンもまた、女性。
何故か奇妙なまでに隠されているこの二人がもしも同じ一人の人物だとしたら?
「そりゃ流石に考えすぎだな」
何より己がそのような事を考えたところでなんの意味もないというのに。
磐舟は頭を振って、玉ねぎと人参を切り始めた。
「鎮目町の幽霊?」
依子はグラスを空けてから、ぎょっとした声で十束の言った言葉を繰り返し、空のグラスを置いてふるふると首を横に振った。
十束は好奇心に目を輝かせて依子がお持たせした小粒のナッツクッキーをつまんでいびつな形を珍しそうに眺めながら話を続ける。
「百井さん知らない?最近うちの中学で流行ってる噂話なんだけど」
幽霊みたいに現れては消える、謎の人物なんだって。
十束の口から出された言葉に依子は少し逡巡してから口を開く。
「あまり聞いたことがないわね、草薙先輩は何か知ってますか?」
依子から急に話を投げられた草薙はステアしていた細長いグラスを依子の前に差し出し、代わりに空のグラスを手にする。
今日は学校帰りに十束に引っ張られ周防と共にHOMRAで草薙が作ったカクテルの試飲をしている。無論、未成年なので出されるのはノンアルコールのカクテルだ。微妙な味の違いが分かる依子の舌を、草薙は信頼しているらしい。
「一部の連中の間で流行っとる都市伝説の類らしいな」
「あー……兎の仮面に黒装束をした集団とか、口裂け女とか飛行船に連れ去られた人の仲間みたいな感じですか」
「せやな、いずれにしろ些細な話に面白おかしな尾鰭背鰭がついたもんやろな」
グラスを濯ぐ草薙の手を見つめながら、依子は新しいグラスに口をつけた。ぱちぱちと弾ける炭酸に混じるライムの風味が爽やかで心地よい。
「分類としては口裂け女に近いかも」
「それなら尚更胡散臭いわね」
「百井さんってあんまり幽霊怖くないタイプ?」
依子は十束の問いにうーんと首を捻る。
「幽霊を見たことがないから、怖いとも思えないのよ」
依子の師匠曰く、自分はどうにも呼ばれやすいため子供の頃には変な目には遭っていたが、それは言ってもしょうがないので言わなかった。
「意外と現実的やな」
「見えたら良いんですけどね」
依子のひと言にグラスを拭いていた草薙と、何個目か分からないクッキーを手にしていた十束の動きが止まった。
二人が不意に動きを止めた事に反応して、ソファーでコーラを使ったノンアルコールカクテルを、よく分からなさそうに飲んでいた周防もカウンターへと視線を向けた。
「だって幽霊が見えたら、いなくなった人にいつでも会えるじゃないですか」
依子はあえて明るく笑い飛ばし、二杯目のグラスを空にして今度は自分から草薙に渡す。周防はそんな依子を見やりクイとグラスを傾けた。
†
2009年4月初頭、バーホムラにて
「鎮目町の幽霊?」
依子はストロベリーフィズを傾けて、十束の言葉を繰り返した。グラスの縁飾られている旬の苺を摘む依子に十束は楽しそうな表情で──最も彼の不機嫌な様子を、依子は見たことがない──頷いた。
「そう、昔俺の中学で流行っていた噂が最近若い世代に流行っているんだって」
「お前かて十分若いやろ」
カウンターで依子が頼んだ前菜を用意していた草薙が、十束にツッコミを入れる。
「いやいやそうじゃなくて、うちの新入りとか、たまに公園で会う小学生に聞いてみたらまた最近結構流行ってるんだよね、その噂」
「都市伝説ってふっと消えたり進化したりするものねぇ」
「そういえばガキの頃流行ってましたねそんな噂」
体格の良い色黒な青年、鎌本がふと口にした。依子がこの鎮目町の商店街であれこれとバイトをしていた高校生の頃は色が白くてふくふくとした可愛らしい少年だったのだが、歳月というものは人を変える。
「どんな噂?」
「悪さしたやつを懲らしめるとか、迷子になっていた子供を助けるとか」
「ひったくりから鞄を奪い返したって話もあったよね」
「ああ! ありましたねそんなのも」
「随分、変わった幽霊ね……」
「良いことをする幽霊……ほんまに幽霊なんかそれ」
「なんでも突然現れては、気がついたら目の前から消えちまうらしいんですよ」
「そうそう、いろんな噂があるけどそこだけは共通してるんだよね。昔流行ってた噂とちょっと似てるな」
「色々詳しいのね十束くん、探偵とか向いていそう」
依子の揶揄う言葉に十束は少し神妙そうに考え込んでからまたにかっと笑った。
「面白そうだけど性にあわないかな!」
「あとうちの新入りの面倒を見ているのは十束さんですから自然と情報が集まるんすよね」
「若い子たちと言ったら……そういえばあのニット帽の熱血そうな子は?」
「あー……その、八田さんは……あまり興味がないみたいっす」
鎌本の歯切れ悪い返事と、それに苦笑する草薙や十束を見てなんとなく事情を察知した依子はそれ以上問わなかった。
「あら意外、その八田くんって子とよく一緒にいる、メガネをかけた顔色の悪そうな子は?」
「伏見もあんまり興味ないかなあ、嫌そうな顔されちゃうかも」
「あの子頭が良さそうだものね」
弟弟子とはまた異なる賢さを感じさせる、この場にいるのがほんの少し居心地の悪そうな少年は、幽霊の存在も信じていないのかもしれない。
ちなみに八田は見回りと称して伏見と共に不在である。
「ま、幽霊なんてけったいなもん、まともに考えたってなんもならんけど、どうせなら女がええかなぁ」
ラタトゥイユとチーズの盛り合わせを依子に差し出しながら、草薙は言った。
「その心は?」
十束の言葉に、草薙はサングラスをかけ直してからひと言。
「幽霊は女の方が美人言うやろ」
†
同年、某所地下空洞の秘密基地
「鎮目町の幽霊?」
ビールの泡を口につけたまま、磐舟はすっとんきょうな声で流が告げた言葉を繰り返した。
「噂の正体を暴くため画像や映像を撮影するようミッションを発令しましたが、達成者は極めて少数、それも不鮮明なもののみ。これは不可解です」
「おいおい、本当に幽霊だったらどうするんだよ」
祟られちまうぞぉ、とさも恐ろしげにわざと震える素振りをする磐舟の様子に、流は目をぱちくりと瞬かせ少し軋む人形のように首を傾げた。
「どうするも何も、『幽霊』は人間です」
「は?」
「訂正です。『幽霊』と噂される存在の正体は恐らく、空間を移動するタイプのストレイン能力者です、よって彼女は人間だと推測できます」
「おいちょっと待て、人間を離れた場所に移動させるほどの異能者って言ったら……王権者並の力がないと無理だろう」
「肯定ですイワさん。ですがここ最近の王権者のヴァイスマン偏差に変動はなく、新たな王権者が出現したという情報はありません」
立体画面に路地裏に立つ男とも女ともつかぬほっそりとした黒い人影が、火花と共に突然掻き消える数秒の映像が映し出される。
その他数枚の画像に同じような人影が写っているがいずれも顔も写っていない。
「そして、この幽霊が王権者であるならば、能力の性質上その属性は改変かもしくは代替わりごとに能力が変わる無色の王であると推定されます。ですが無色の王、三輪一言は未だ存命そして改変を司る王はこの俺です」
「ってことは、その幽霊とやらは王ではない可能性が高いって事か」
「都内の監視カメラの履歴を分析したところ、同様の能力を使用したと思しき最も古い記録は……十年前の映像です」
「十年前……おい、流まさかそれって」
「イワさんの予測通り、この幽霊と称されるストレインは迦具都事件直後に出現しています」
迦具都事件、その言葉を聞いて磐舟の表情は僅かに陰りを見せた。
そのことに気付かず、流は画像に映る人影を拡大させ見つめている。
「つまりこの幽霊は、俺と同じタイミングでストレインに覚醒した可能性があります」
「空間すら書き換え望む場所に移動する能力ったら、ベータ・クラスのストレインってことか」
「ストレインは王のなり損ないと言いますが、彼女はまさしくその意味でストレインと呼ばれるに相応しいのでしょう」
「……彼女?」
「はい、身体的構造から分析した結果女性である可能性が極めて高いと考えられます」
「そりゃ、ますます幽霊らしいなあ」
「それはどういう意味でしょうか」
「幽霊って言ったら、死に装束の美女ってパターンがあるんだよ」
「演劇・文芸に登場する類型としての幽霊ですか」
「そうだな、昔は女の方が恨みが残るとか色々言われていたみたいでな」
こういうのは三輪(あいつ)の方が得意なんだよなと磐舟は内心詮ないことをぼやいて、ビールの缶を一つゴミ箱に器用に放り込む。
「彼女も、恨んでいるのでしょうか」
「それは本人に聞いてみないとわからんだろうよ」
最も死者にかつての罪を問われるなど堪ったものではないが。何より、「鳳聖悟」はもう死んでいるのだ。
「そういえば無色の王で思い出しましたが」
「三輪がどうかしたか?」
「いえ、三輪一言ではなくそのクランズマンについてです」
「あーそういや昔一人いたな、しゅっとした美少年が」
「他にも確か二人ほどいるらしいのですが、何故かそのうちの一人が非時院によって情報が隠匿されているようで」
「へえ、三輪が國常路の爺さんに頼むほどの秘蔵っ子が出来たなんてな」
珍しい、会える立場であれば茶化せるネタが増えていただろう。
「この前ハッキングしたところ、その隠匿されている方のクランズマンは女性である、ということが判明しました」
「……なんだかそのクランズマン、苦労しそうだな」
深いため息をつく磐舟に、流は不思議そうに目を瞬かせる。
「何故ですか」
「ま、その、自覚していないってのも、悩みものなんだよなあ……当人には」
「俺には理解できない領域の話です」
「ま、そういうこともあるさ。さて今晩は何にするかねえ」
「冷蔵庫の在庫状況を鑑みるにカレーが相応しいのではないでしょうか」
「お!いいねえ、カレーを食べながらビールを一杯」
「カラアゲ!カラアゲ!」
「イワさん、コトサカは唐揚げを希望しています」
「ジューシー!スパイシー!」
「イワさんに任せとけ!」
磐舟はエプロンをつけ台所に立ち、野菜の下ごしらえをしながら、ふと考える。
都市伝説『幽霊』の正体である謎のストレインの女性。
何故か非時院によって情報が隠匿されている、三輪一言のクランズマンもまた、女性。
何故か奇妙なまでに隠されているこの二人がもしも同じ一人の人物だとしたら?
「そりゃ流石に考えすぎだな」
何より己がそのような事を考えたところでなんの意味もないというのに。
磐舟は頭を振って、玉ねぎと人参を切り始めた。