2008〜2012.09.25
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高層建築の最上に位置する庭園だからか、天空に浮かぶ緑の庭を吹く風は地上のそれよりもずっと鋭利だ。
一言は風の強さも気にする様子がないまま、テラスのようなヘリポートから見える緑生茂る庭の池を眺めている。
深く暗いのに恐ろしいほど澄み切った眼は、憂いを帯びたままその池よりも、その向こうに見える御前の私邸よりも更にずっと遠くを視ていた。
「一言様」
依子には今の一言が何を「視」て何を見極めようとしているのかなど、皆目見当がつかない。だがこういう時の一言がいつの事を「視」ているのかだけはよく知っていた。
「今夜は月が綺麗ですね」
依子の言葉に一言はぱちんと弾けたように瞬いて、依子の言葉につられて月を眺めて目を細める。
今夜は満月だ。皓々と光り輝く白銀の月に、小さな星々はかえってその輝きを目立たなくさせている。後少ししたら悠々と空高く泳ぐ銀色の飛行船も見える頃合いだろう。
「ああ、本当だね」
雲一つない夜空を見上げて一言の表情は和らいだ。何が見えたのか、なんて問えばキリがないしそれにいつだって彼は依子に教えてくれない。
けれども、
「そばにいますよ」
未来を憂う今の一言に、寄り添うことはできる。
だから大丈夫だと、言えるようになれたらいいけどまだ難しい。何より三輪一言は王なのだから、臣下でなり損ないの依子とは決して全てが通じ合えるわけでもない。だけど、
「貴方と見る月はどうしていつも綺麗に見えるのでしょうね」
「『死んでもいい』とは言えないけど、私も同じ気持ちだよ」
共に同じ月を眺めることはできる。未来を見ることは依子にはできないが、今ある景色を彼と共に見ることは叶うのだ。
「こんなに外にいたら体を冷やしてしまいますよ」
依子は持参した一言のストールを差し出す。
すっかり春めいてきたとは言えまだ夜は寒い。
「ありがとう、君も寒くはないかい?」
「私は平気で……くしゅん!」
依子のくしゃみに一言は苦笑して、差し出されたばかりのストールをふわりと依子の肩にかける。
「今は君に必要そうだね」
そう歳の割に子供っぽく破顔する一言の表情から何故かまだ憂いが消えない。
「まだ何か、気がかりが?」
ストールの裾を掴み自身を案じる依子に、一言にしては珍しく言葉を選ぼうと少し時間を開けてから。
「大したことではないんだよ。ただちょっと、色々と申し訳なくなってしまってね……」
そう苦笑して依子の冷えた頬に指を添えた。
極めて珍しく歯切れの悪い一言の言葉の意味を依子が理解したのは、数年後のことであった。