2004〜2009
名前変換
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「一言様」
咎めるような声色で、二番目の弟子は一言の名を呼んだ。彼女が一言をそんな仰々しい敬称をつけて呼ぶきっかけとなったのは最初の弟子が自分をそう呼んでいたからだった。今では小さな狗朗まで自分をそう呼ぶ。
自分をそう呼び始めた「彼」は今ここにいない。恐らく二度と会えないのだと一言は予言ではなく彼を育てた師として確信していた。
或いは、夢のような奇跡でもない限り、この先一言と再び相見えることもないのだろう。
春の終わりに「彼」が去って行った山道はすっかり夏の装いに様変わりしている。ここから見える色濃い夕暮れに目を細める。
「傷に障ります、帰りましょう」
少女の声からは一向に頑なさが解けない。深い傷が癒え、包帯も解かれた一言の右肩を彼女は案じよく思いやっている。彼女の頑なさはその瞬間に、一言と「彼」の別れに立ち会えなかった後悔から来るものだろうか。
「そうだね、帰ろうか」クロもお腹を空かせている。
穏やかな声で一言が返せば少女の頑なな表情が少しだけ和らいだ。夕暮れ時の涼しげな風が少女の伸び始めた髪を揺らす。少女は一言が眺める夕暮れを同じように目に映しながらふと口を開いた。
「……貴方なら止められたのにどうして止めなかったのですか」
彼女の言葉に主語はない、だが一言はそれが誰を指しているのかをよく知っている。
一言は淡く微笑みを浮かべ、左手で彼女の手を握り帰り道を歩き出す。少女は言葉を続けようと口を開くが諦めたように何も言わず、少し俯いて一言の一回り大きな手を握り返して指を絡めた。