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「君は、行かなくて良いのかい」
依子の膝を枕にしてくつろぐ一言が何気なく問うた。
依子は即答せず一言の癖のある髪を指で梳いた。縁側を吹き抜ける夏風は涼しくて心地よいが、夏の終わりの夕暮れが酷く眩しい。彼の待ち人達は今日も訪れることはないのだろう、依子は目を細めて指に絡まる一言の髪の感触を確かめる。
「どうしてそんな、意地悪なことを仰るのですか」
「意地悪のつもりではないよ」
一言はくすぐったげにしながら、依子がつい拗ねてしまって口から溢れた言葉を否定した。
「君の能力はこちらでも使えるだろうから」
だからきっと、君の会いたい人に会える。君の力は縁ある人と繋がるものだから。
一言は依子を見てもいないのに、射貫かれるような心地を依子は覚えた。ここならば会える誰かに、会いたいと少しでも思ってしまった依子の心の奥底を穿つような透徹な言葉。
依子はすっと一言の髪から手を放す。どうにも二人きりの時間がこんなにも長く続くことに依子も一言も慣れていないらしい。どこまで触れて良いのかを確認し合うような一枚さわり心地の良い布を挟んだような触れ合いばかりを繰り返してしまう。
会いたい人はいる。
例えば、死んでしまった炎のような髪と目をした友人とか、記憶の彼方にいる晴天のような誰ともしれぬ青年とか、遠い昔に海に行くことを約束していた少年とか。
会いたい人はいる、語らいたいこともある。
いつか、どこかで。もしも、叶えば。
そう祈ったこともある。
けれども、
「いいえ」
けれども依子はその全てを断ち切った。
彼らとは別れを済ませている、全て満足のいくものであるとは言い切れないが、死とは得てしてそういうものだろう、まして己が人生において唯一だと確信した人との別れとなれば。
そんな人との別れは後悔だらけで、けれどもこの終わりしかなかったのだと何処か確信もしていた。それは三輪一言という男が予言という異能を持ち、王と臣下、そして互いに無二の人として愛したからか、その終わりを迎える未来をいつからか何処かで無意識に感じ取っていた。
だから一言は、依子の力を「どこにだって行ける素敵な能力」だと言祝いで。そう言祝がれた力だからこそ友人は「どうしてお前は自由なのに檻に戻るんだ」と一度だけ問いかけたのだろう。
そんなの、簡単だ。
「私はどこにもいきませんよ」
依子の居場所は一言の隣だ。
どこにでも行ける可能性という祝福を与えられたから、その居場所を自分の意志で決めたのだ。
王のそばだからではなく、理由もなくただこの人の側にいたい。
最初から依子の存在理由はそれだけだった。
膝上の一言はごろりとこちらを見上げるように体勢を変えた。
一言の黒瞳は澄み切っているのに底の見えない静かで恐ろしい湖のように凪いだ眼差しで依子を見上げる。
「一言様の仰る通り、この力がここで使えるか分かりませんけれど、使えたとしても私はここにいたいんです」
あなたの、側に。
一言は何も言わず僅かに目を伏せながら依子の頬に手を添える。いつの間にか泣いていたらしい。
流れる涙を拭う一言の手は記憶の中の一言と寸分違わぬ優しさとぎこちなさを持っていて、依子は涙を止められないまま唇の端を上げようとした。
愛した人が見せる細やかで何処かたどたどしさの残る優しさに胸が締め付けられながら、依子は身を屈め唇を重ねる。
うたかたの夢の中で、愛した人の残響であると分かっていても、それでも依子は永遠を願わずにはいられなかった。