〜1999.07.11
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世界で一番綺麗なものを見た後に私が目にした世界は、炎と瓦礫と残骸で出来ていた。
嗅いだことのない焦げ臭い匂いと、何かが爆ぜる音、「夏だから」という理由だけでは済まないほど暑いのはそこかしこで色んなものが燃えているから。
アスファルトだったものは果物の皮みたいに簡単に剥けていて、その下の水道管も中身がさらけ出されている。小枝のように電柱が折れて、電線は無残に切れて力無く垂れ下がりその先では青白い火花が途切れ途切れに散っていた。
電線は電流が通っているから危ないと、だから引っかかっても凧揚げをしている時に誰かが言っていた。
(誰かって、誰だろう)
太陽みたいな色の目をした誰か。
顔も、声もノイズがかかったようにわからない。出来事は覚えていても、人物だけ記憶が切り取られたように覚えていない。顔を切り取った写真みたいに。
(ここにいたら危ないから、どこかに逃げないと)
立ち上がろうと起き上がる私の腕に擦り傷や火傷があったけど、そんな事を気にしている場合ではなかった。立ち上がった時に身体中が痛かったけど、何故か歩けた。
手にしていた細長い包みは袋が所々焦げていたけど、中身は無事だった。
何か細長い棒状の物みたいだけど、その時の私は何故自分がそんなものを持っているのか分からなかった。
誰かにこれを渡してほしいと、別の誰かに頼まれたから持っていたのを歩きながら思い出した。
その時既に「人」だけが、私の記憶から焼き尽くされていた。
†
街が燃えている。
空が燃えている。
肌に迫る熱気が暑くて、涙が出てもすぐに乾いた。
痛くないところが無いくらい、身体中が痛かった。
誰かと一緒にいた筈なのに、私はたった一人。一緒にいたのが誰なのかさえ忘れたまま歩きながら、腕に刺さったガラス片を抜いては捨てた。
強い風が吹くたびに下を向いて腕で顔を覆ってなるべく空気を吸わないようにした。その度に腕は痛む。切り傷になった箇所が焼けて血が止まったのは、運が良かったのだろうか。
痛くても、熱くても、歩くことだけはやめなかった。
どこに向かっているのかも、わからないままどことも知れぬ赤に染まった街をただ歩く。
木々はとうの昔に燃え尽きていて、街路樹のあったであろう場所だけが歪に残されていた。
そこかしこで真っ黒な何かが燃えている。
それは車の中にも、道の端々にもあった。
もう燃え尽きて、そこにそれがあったのだというように影のような染みがポツンと残っているのもちらほらと見えた。
それが一体何なのか、深く考えないようにした。
瓦礫を踏み越えて歩くうちに、胸の奥が苦しくなった。炎が至る所で燃えているから、酸素が足りないのかと考えたがそれだけではなかった。
たった一人でいることに、胸の奥が締め付けられた。
誰かが見つけてくれると思っても、それが誰なのか思い出せないこと。
歩いても歩いても人影一つ見当たらないこと。
赤い光を見る直前までいた場所と全く違う、知らない場所にいることも、何もかもが寂しかった。
体の痛みに気付かなかったのは、きっとそれよりも心が痛くて仕方がなかったから。
そうしてどれほどの時間が経ったのかも分からないほどの間歩きながら、私は閃いた。
見つけてもらうのではなく、私が会いに行けばいいのだ。
どこかにいるはずの会いたい人に、私の方から行けばいいんだ。
そうすればきっとこの痛みも消える筈だ。
そう思った瞬間、私は何かと深いところで繋がったような気がした。けれどもその感覚は一瞬で立ち消えた。
今ならばわかる、多分私はあの時に選ばれ損なったのだろう。
それでも私は、
(会いに行きたい。大事な人の側にいたい)
それだけを祈った。
†
その刹那、乾いた火花が爆ぜる音がして少女の姿はたちまち燃え尽きようとしている街から姿を消した。まるで最初からそこに少女などいなかったかのように。
そして、少女のささやかな祈りが齎した不出来な手品のような奇跡を、長い金髪の少年は虚空からただ眺めていた。
(それが私の過去の悪夢、世界でいっとう綺麗なものを、《王》の輝きを見た後に目にした煉獄)
(そしてあの人がかつて目にした未来の一つ)