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「おはよう、依子」
「……おはようございます、一言様」
目が覚めて自分の目の前に愛しい人がいる幸せを確かめて、依子は心からの笑みと共に同じ言葉を一言に返した。夜が明けたばかりの夏の風が夜中汗ばんだ肌に心地よい。
「これくらいの時期になると、朝でも随分と涼しいものだね」
寒くはないかい?と問いかけてくる一言のその言葉に温もりを感じて目を心地よく細める。
もうすぐ夏も終わる、薄着で夜を過ごせるのは今だけだろう。
秋になんて、ならなければいいのに。
「ねえ一言様、夏って案外悪くないものですね」
「おや、昔は散々夏は嫌いだと駄々を捏ねていた君からそんな言葉が出てくるなんて」
昔の事を思い出してくすくすと愉快そうに笑う一言にむうと唇を尖らせそっぽを向く。
「昔の、子供の頃の私とはもう違います」
夏という季節は、ついこの間まで死を連想せざるを得ない季節だった。幼かった頃であれば尚更。
けれど今はもう違う。
遠い夏の朧げな死の記憶よりも、もっと身近な死を知ってしまったのだから。
「……そうだね、君は随分と変わった」
一言は目を細めて、短い髪の襟足を惜しむように触れながら呟いた。久し振りに聞く声音に少しだけ寂しさが混ざっていると思うのは自分がそう思っているからだろうか。
深く澄んだ色の一言の眼差しから真意を知りたくても、今もまだ出来ない自分がもどかしい。
首元に触れる温もりを感じながら、伸ばし続ける理由を失ってしまった瞬間に、躊躇いなく髪を切り落としてしまったことを少しだけ後悔した。
「今は、もう嫌いじゃないんです。暑いのはまだ苦手ですけど、それでも」
(それでも、あなたといられた最後の季節だから)
そう言葉を続ける気になれなくて、自分に触れる一言の手を取り指先に口付けた。
何故死んだはずの一言が今自分と共にここにいるのか、穏やかなやりとりを繰り返す幸せで不自然な日々はいつから始まったのか、疑問は沢山浮かぶが敢えてその疑念を見ないふりをしている。
ほんのひと時の、長い長い微睡みの中に揺蕩うように穏やかな日常を壊せない依子に一言は何も言わず、生前と同じように微笑むだけ。
生者の依子と死者である筈の一言の一体どちらがこのいびつでたまらなく幸せで、けれどもどうしようもなく不調和な日々を望んでいるのかもわからないまま、延々と続く晩夏の中で同じやり取りを二人は幾度と無く繰り返している。