2008〜2012.09.25
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晴天に薄雲が穏やかに棚引く様は、婚礼日和と呼ぶに相応しい。
花が落ちたばかりの椿の光沢のある葉の上で、朝露が小さな水晶玉のようにキラキラと煌めいている。
庭池の横に植えられた山桜は鞠状に花を爛漫と咲かせ、朝の温かな空気が三輪家を包み込んでいた。
今日は集落の結婚式に村の名士である一言をはじめ、クロや依子も招かれるのだ。
しかし、そのお誘いが三輪家にささやかな問題を齎した。
狗朗は何を着て参列するかという問題である。
中学を卒業した狗朗は姉弟子の依子とは違い、高校進学をしなかった。
一言の元でより多くの事を学びたいのだという狗朗の意志に、一言は笑って背中を押した。
依子は姉弟子らしく少しだけ心配したが、決意を固めた弟弟子とそれを許した師に絆されてそれ以上彼の決断に何も言うことはなかった。
狗朗の進路について解決はしたものの、意外なところから問題が降ってきたのである。
集落で行われる結婚式は四月半ば、つまり狗朗が中学を卒業した後に行われる。
一言と依子はそれぞれ礼服に使える着物を着ていくが、制服が使えない狗朗はどうすればいいか。
だがこの問題は意外と簡単に解決した。
「なら丁度いいから、こうしてみるのはどうかな?」
いつもの通り一言の一声によって。
「こうして並んでみるとまるでそっくりな親子ね」
伸びた黒髪をいつもと違う低い位置で纏め揃いの紋付袴を着た狗朗と一言を見比べて、姉弟子はご機嫌そうに笑った。
狗朗は一言と揃いの紋付袴を新調することになった。
おろしたての、それも着慣れぬ礼服にどぎまぎとしていた狗朗にかけられた姉弟子の言葉は少しだけ、狗朗の気持ちを軽くさせる。
「君は、振袖でも良かったんだよ?」
「花嫁さんより目立つのは良くないのでしょう?」
藤色の色留袖を纏い、いつもは緩く編んで垂らしている亜麻色の髪をかっちりと結い上げた姉弟子は、いつもよりいっそう華やいで見えた。
「私は君の振袖姿も好きなのだけれど」
「また着て見せますから、今日は二人に合わせてきっちりした格好にしたいんです。それよりも一言様、襟が」
珍しく我儘のようなことを言う一言を軽くあしらい、筋を通そうとする姉弟子。
そんなやりとりをしながら向かい合って一言の羽織の襟を整える姉弟子、二人の姿は年の差があるが、
「そういう姉上は、一言様と並ぶと夫婦のように見えますね」
狗朗は心から思ったことを素直に口にしただけだった。
たしかに二人には年の差がある。
だが一言は元々年齢を感じさせない見た目をしているが、今日は前髪をかき上げてすっきりとしている分普段より一層若々しい。
それに姉弟子も、結い上げた髪に蒔絵細工の簪を刺して、普段よりもしっかりと化粧をしているせいか華やかさの中にしっとりとした艶やかさを醸し出していて、実際の年齢よりも幾分大人びて見える。
そんな二人の姿は少し年の差がある夫婦と言われても、納得がいく見た目をしていたのだ。
だから狗朗は率直に感想を告げだだけなのだが、
「……お二人とも?」
なぜか二人して硬直した。
「ああ、なんでもないよクロ」
狗朗の声にいち早く現実に戻った一言は、狗朗に微笑むがその声はどこか上ずっているように聞こえた。
「あー……姉上?」
問題は姉弟子の方だ。一言の襟を整える姿勢のまま、この短い間に顔色が青くなったり赤くなったりひっきりなしに変わっていた。
「姉上?」
「依子?」
狗朗と一言の二人に呼ばれて、流石に依子も我に帰った。
「依子、顔色が良くないみたいだけど、大丈夫?」
「え、あ、大丈夫、大丈夫です!」
一言の言葉に依子はばっと襟から手を離してしまった。心なしか耳元が赤い。
それから狗朗に真っ赤な顔で歩み寄り「いきなりびっくりするようなこと言わないでよ!」と怒った、少し理不尽ではないだろうか。
「は、はあ」
姉弟子の気迫に気圧されよく分かっていないまま返事する狗朗と、頰の赤さが抜けない依子を眺めて一言は小さく笑った。