2012〜
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『ささめきごと』
三輪一言の低く、甘やかな声は依子は最後に聞いたものとなんら変わりなく、レコーダーから僅かなノイズと共に流れ続けた。
あの人は、こんな声をしていたっけ。
依子は十七文字を紡ぐ愛おしい声が鼓膜をくすぐる感触に目を細める。
慣れていた筈の、けれど随分久しぶりに感じる心地良さに依子は昔を思い出す。
弟弟子が幼き日に珍しく一言に頼んで古めかしいレコーダーを買ってもらっていた当初は、まさかそれがこんな風に役立つとは思わなかった。
ざらざらとしたノイズ混じりに聞こえる声は、覚えていた筈のそれとは随分と異なって聞こえる。
(やっぱりこの光景も、見えていたんですか?一言様)
依子は心の中で一言に呼び掛ければ、遠くにいる一言が依子と狗朗二人を見て帽子のつばを手にして困ったように笑ったような気がした。
弟弟子の多少理解しかねる癖に今は少し感謝しなければ、だけど。
「ねえ、狗朗」
「姉上、今いいところですから」
「それを流し続けて三十分くらいたったんだけど」
「まだ一言様の素晴らしき俳句は全て再生し終えていないのですが」
「聞き終わるまでまだ時間があるのは私だって知ってるけど」
「……」
「狗朗、そろそろアンナちゃんを解放してあげなさい」
長時間の正座は、狗朗や依子は兎も角正座に不慣れなアンナには困難なものだろう。
「私は大丈夫」
「流石、当代の赤の王にも一言様の俳句の素晴らしさが伝わるとは」
その「流石」はどちらにかかっているのやら、どちらにもかかっていそうだ。
依子がため息を一つつけば、アンナは狗朗から依子へと視線を向けた。
「あー……ごめんねアンナちゃん。この子たまにこうなっちゃうの。もし辛かったら、足を崩してもいいのよ?」
「まだ、平気。それに前の無色の王の俳句を私も一度聞いてみたかった」
うちの愚弟が本当にごめんね周防くん。
ああ愚弟とか言ってるけど愚かではないの、頭は良いはず……なんだけどあの人の事になると周りが見えなくなるから……。
言い訳とも愚痴ともつかぬ思考と共に、依子は亡き友人に心の中で手を合わせた。
それに一言の俳句の素晴らしさを広めるのならば、いっぺんに聴かせるのではなく少しずつすれば良いものを。熱烈な布教は悪い事ではないが、成功率は低いというのに。
己が弟弟子に呆れ返る依子に平然と笑って応えたアンナに、狗朗は目を輝かせ熱のこもった早口で一言を褒め称える。
師匠愛に満ちた言葉を連ねている狗朗に、もはや二人のことなど見えていないのかもしれない。
そんな狗朗を余所にアンナは依子を手招き耳元に口を寄せる。
「それに、あなたの大切な人がどんな人なのかも、ちょっとだけ興味があったから」
依子は目を瞬かせた。
アンナの能力は知っていたが、やはりというか依子の一言に向ける感情も見えていたようだ。
(草薙先輩か聞いたら卒倒しそうね)
依子はピジョンブラッドの瞳に自身の色違いの目を合わせて、ひっそりと笑いあった。