パロディ時空色々
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あるところに一頭の猛獣がおりました。
鬣は燃える炎のように赤く豊かにたなびいて王冠とマントを合わせたかのように立派で、爪と牙は揃いの装飾品の装飾のようにつやつやとした真珠色。
中でもいっとう美しいのはその金色の眼!
きらきらと蜂蜜色がたゆたう宝石のような目でじっと見つめられたら、同じ種の生き物でなくともうっとりとして溜息をつくのでしょう。
望めば動物たちの暮らす地で王様にだってなれる孤高の赤い猛獣は、けれども一人きりで生きておりました。
どうしてかって?
どんなに美しくても、どんなに素晴らしい生き物でも。
その牙と爪は周りのものを簡単に壊してしまうことを、猛獣は知っていたのです。
そして周りの獣たちも、その手入れの行き届いた爪牙を怖がって滅多に近づこうとしませんでした。
猛獣だって生きていかねばなりません。
生きているのですから食事は必要ですが、必要以上に周りの動物たちを傷つけるのは好きではありませんでしたから、猛獣はいつも必要なご飯を食べる以上に狩りをしようとはしませんでした。
猛獣は、こんな息苦しい場所ではなく、いつか思いっきり野原を駆け回り、思うが儘に自分が持てる力を誰かを気にすることもなく出し尽くしてみたいと夢を見ながら、たくさんの獣が暮らす土地で静かに生きておりました。
そんな猛獣と友達になったかしこい梟と、優しい羊は二匹(一羽と一匹ですが)で猛獣が穏やかに生きられる場所を作ろうと立派な檻を作りました。
やがて猛獣の強さにあこがれる動物たちがどんどん檻の中で暮らすようになり、猛獣からしてみれば檻の中がちょっと狭くなりましたが、狩りの得意な梟が美味しいご飯を用意してくれますし中で暮らす動物たちが喧嘩しないように上手く羊が取りはからっていたので、檻の中は意外と居心地の良いものでした。
たまに猛獣は梟の言うように檻を少し広げたり、檻を壊そうとする悪い奴らをとっちめて、たまにやり過ぎて動物たちの住まう土地を治める長老兎にこっぴどくしかられたりもしながら、息苦しさは変わらなくてもそれなりにのんびりと暮らしておりました。
そんなある日のことです、あるとき猛獣は檻の隙間から入り込んだ一羽の小鳥と仲良くなりました。
動物たちが住む土地の辺鄙な山奥で暮らしているという善い狐の世話係をしている小鳥は、とても小さくすばしこく、猛獣の爪や牙をひょいと躱すので捕まることはありません。
檻の中に入る前から、小鳥は大抵亜麻色の翼をはためかせ猛獣の頭上の世界をくるくると軽快に飛び回っているのを知っておりました。
善い狐のお使いにあちらこちらを渡るのが小鳥のお仕事でしたから、たまにお使いの途中に檻の隙間から入り込んでは猛獣にいろいろなことを話したり、その自慢のくちばしで猛獣の鬣の毛繕いをしたりしました。
不思議なことに猛獣も嫌がることはなく、小鳥のされるが儘になっておりました。
小鳥はそれはそれはとても小さく、ぺろりと残さず平らげてしまってもおなかに溜まりませんし、羽と骨ばかりで美味しくないだろうと思ったからです。
それに小鳥は毛繕いがとても上手でしたし、気まぐれに囀る歌は猛獣の耳にとても心地よく聞こえたので、一飲みにしてしまうのは少し勿体ないとも思っておりました。
けれどもそれを、小鳥に言うことはありませんでした。
食べなかったのも、小鳥が側にいることが心地よいと言わなかったのも、猛獣の気まぐれでした。
小鳥も小鳥で、檻の中に潜り込むことを善い狐に黙っておりましたので、運良く気が回ったら遊びに行こうとするくらいの気持ちであることを、猛獣は知っておりましたから。
あるときふと気になって、猛獣は鬣をいじる小鳥に問いかけました。
「俺はお前よりずっと大きく、お前を八つ裂きにも一飲みにも出来てしまうのに、どうして俺のところに来るのだ」
「私は自分よりずうっと大きな獣から身を守る方法を知っています。だからあなたのことは怖くありませんよ」
すごいでしょう?と小さな胸をはって小鳥はふふんと笑います。
怖がらないことではなく、その知恵とすばしこさで戦えることを誇らしげにしているのです。
猛獣は、「やっぱりこいつは変わったやつだな」という気持ちを強くしました。
小鳥には猛獣の言葉が脅しではなく、わかりにくい優しさから来るものだとよく知っておりました。
言葉ではそんなことを言うけれど、これっぽっちもそんなことをしようと思っていないことだって小鳥には分かっておりました。
「それにね、みんなあなたを怖い怖いと言うけれどちゃんと見たら素敵なところだって一杯あるんですもの。どうしてみんなお友達になろうと思わないのかしら?」
猛獣にはその頃家来がいっぱいおりましたが友達だというものは、そんなにはおりませんでした。
ついこの間猛獣の縄張りの隣にやってきた狼のリーダーと大喧嘩をしましたがそいつを友達と呼ぶには何か微妙に違う気もしました。
「みんなお前みたいに変わり者ではないからだろう」
小鳥が吹き飛ばされてしまいそうな大きな溜息と共に出された言葉に、怒ることも悲しむこともなく納得しておりました。小鳥は自分が変わった鳥だと知っていましたから。
何せ本来は自分を食べてしまう存在の狐や山犬や黒犬と長いこと一緒に生活をしておりましたから、自分と同じ種類の鳥の事情というものにあまり詳しくありませんでした。
小鳥は翼が生えている事と、四足であることの違いはさほど大事でないとも思っておりました。
小鳥はぴょんぴょんと猛獣の背中で跳ねながら言いました。
「あなたはとっても素敵だわ!そうね、善い狐様と山犬の兄さんと黒犬の弟の次くらいにとても素敵よ」
猛獣はその物言いがちょっと気にくわなかったので、小鳥をしっぽではたこうとしましたが、案の定小鳥はするりとしっぽを避けました。
そんなやりとりさえも、二匹は嫌いではありませんでした。
あるところに、いいえ、もう少し詳しい説明が必要ですね。
様々な動物たちが身を寄せ合って生きる土地の、ずっと離れた場所にある辺鄙な山奥にひっそりと暮らしている善い狐は未来を占うことが出来ました。
善いお告げも悪いお告げも一言(ひとこと)で言い表す善い狐の静かで力ある言葉は、多くの動物たちの助けになっておりました。
善い狐は賢く穏やかで、狐に産まれたのが間違いであるような心の優しい狐でしたから、小鳥や黒犬を使いにやったり、時に狐自身が山奥から出て自ら動いて動物同士の争いを防いでおりました。
もちろん口だけの狐ではありません。
善い狐はとても強く、ありとあらゆる戦いの術を知っており、今や一番に強い一匹狼ならぬ一匹山犬となっているそれはそれは美しい山犬に戦い方を教えた師匠で、彼が唯一勝てない相手でもありました。
善い狐自身はあまり誰かと争うことを好まないけどその力だけに頼らない強さは今や大きな群れのトップとなった猛獣も、余所から移ってきたばかりの狼たちのリーダーもずっと昔からこの地を統べる長老兎も知っておりました。
けれどもそうやって未来を見て心を配り続ける善い狐のあり方は、彼自身の体を苛んでおりました。
善い狐は長いこと死に至る重い病を患っていたのです。
小鳥には、それでも動物たちの穏やかな日々を自分の出来ることで護ろうとする善い狐を止めることが出来ませんでした。
小鳥は善い狐が好きでした。
小鳥が今まで以上にあちこちせわしなく飛び回り善い狐の代わりになろうとしても、善い狐は笑って感謝を述べるだけで、小鳥に自分の役割を託すことなど全く考えておりませんでした。
善い狐は空高く歌いながら踊るように空を飛ぶ小鳥の姿を見るのが大好きでしたから、自分の様に地上を歩くのは小鳥には似合わないとも思っていたのです。
小鳥は善い狐が大好きでした。
善い狐が元気になるのなら自分を食べてしまっても構わない、そう思っていたくらいに。
けれども善い狐は小鳥の言葉に首を横に振るだけでした。
「君を食べるなんて、そんなこと私にはとてもできないよ」
そう言って善い狐は屈託なく笑いました。
何より善い狐の大好物はまるまるとした木の実や瑞々しい四季折々の果物だったのです。
小鳥は善い狐が、本当に大好きでした。
遠い遠い山のずっと向こうに、どんな病気も治せる薬草があると聴いて飛んでいこうとする小鳥に「君が私のせいでどこか遠くで凍え死んでしまったら私はとても悲しいよ」と善い狐は今にも泣きそうな声をして引き留めました。
涙はちっとも流れていませんでしたけど、善い狐は滅多に泣いたり怒ったりしない性分でしたし、善い狐が小鳥に側にいてほしいという願いもほんとうでした。
それを小鳥も分かっていたので、とうとう薬草を摘みに行くことを諦めました。
未来を占う事が出来る善い狐には、自分がいつ死ぬのかが見えておりました。
善い狐は小鳥と出会うずっとずっと昔に、その未来をとっくに受け入れておりました。
小鳥も善い狐が自身の最期を未来で見た事を知っておりました。
けれども、小鳥は生きていてほしかったのです。
大好きな善い狐とずっと一緒に暮らせたら、それ以上の幸せはありませんでした。
小鳥は善い狐を、愛しておりました。
優しくて強くて弱くて、ちょっととぼけたところもある善い狐のそんなところ全部をひっくるめて愛していました。
愛していたから、善い狐が受け入れた未来を自分も受け入れなくてはなりませんでした。
そもそも善い狐は柔和な気性でしたが、小鳥が言って素直に聴くような狐(ひと)ではありませんでした。
小鳥は善い狐に問いました。
「私に、出来ることはありませんか」
愛する善い狐の為なら小鳥は何だってしたかったのです。
命だっていらない、そう思っておりましたが一緒に生きるためには命が必要なのでそれ以外ならなんだって捧げる覚悟もしておりました。
善い狐は言いました。
「それじゃあ私とご飯を一緒に食べてくれるかい?」
私と、君と、それからまだ小さな黒犬の弟と三匹一緒にご飯を食べよう。
それが私の幸せなんだ。
そういってにっこりと微笑む善い狐に、小鳥は何度も頷きました。
ええ、ええ、喜んで!あなたと一緒に食べるご飯はどんなご飯よりも一番美味しいんですもの!
小鳥は少しずつ弱っていく善い狐と小鳥自身よりもずっと大きく立派に成長していく黒犬と、ご飯を食べることだけは欠かすことがありませんでした。春も夏も秋も冬も、変わらない穏やかな小さなちゃぶ台を三匹で囲みました。
そう遠くないいつか、その終わりが来ることを知っていても。
いいえ、終わりが来ることを知っていたからこそ、ご飯を食べることを善い狐と小鳥はとても大切にしておりました。
そんな日々を過ごす中で、小鳥は猛獣の友達になりました。
小鳥は猛獣にそんな事情を多く語りませんでしたが、猛獣は小鳥の事情をふんわりと知っていました。
何せ友人の梟は情報通で、物知りで、猛獣よりも頭の回る賢い梟でしたから、出会った小鳥のこともとっくに調べていたのです。
けれども、知ったからといって猛獣は小鳥には何も言いませんでした。
猛獣が言ったところで小鳥の生き方は変わらないことを分かっていたし、何より大切な誰かを想いながら小鳥が囀る唄が聞けなくなるのはちょっと勿体ないようにも思えたのです。
梟から小鳥の話を聞いた猛獣の印象が「やっぱり変なやつだな」でしたので、あまりその話を聞く前後で小鳥の印象も変わらなかったのも理由の一つでしょう。
小鳥が愛していたのは、善い狐でした。
猛獣はそれを知っていました。
いつか小鳥は、そう遠くない未来に愛する善い狐を失うのでしょう。
いつか猛獣は、善い狐の占ったとおり因縁の相手と決着をつけるのでしょう。
だから一羽と一頭はその「いつか」がくるまで友達でいるのも悪くないなと思ったのでした。