2004〜2009
名前変換
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『白河夜船』
依頼からの帰り道。
古びたシートに腰掛けて、ガタンゴトンと揺れる電車の規則正しいリズムに身を委ねる。
駅を出た頃は西日が眩しかったのに、今ではもうすっかり陽も落ちた。
硝子窓の向こう側に今にも沈み落ちてしまいそうな暗闇の中、ゆらゆらと自分と一言の姿が浮かぶ。
(あら)
窓の外には蛍が点滅するように街灯が切れ切れに飛び交う。
横目でそれを眺めながらうつらうつらしていると、右肩に触れる感覚が少し重くなったような気がした。
まさかと思い隣の席に座る一言に視線を向ければ、静かな寝息を立てて眠っていた。
(お疲れだったのかしら)
いつもより少し距離の近い横顔には照明が差しすっと通った鼻梁と、伏せられた長い睫毛が照らされる。
顔色が悪いわけではないが、一言はもともと肌が白いので油断はできない。
帰ったらゆっくりと休まれるように言わないと。
三輪一言と言う人は、一見のんびりしているように見えるが意外とあれこれと動いてしまう人だから。
予言の力だけに由来するものではなく、その目で色々と見えてしまうから自ら行動してしまうのだろう。
そのあり方は如何にも一言らしいが、だからこそ心配になる。
狗朗にも言って、ちゃんと休まれているか見張っておかないと。
終点近くまで乗らなくてはならない電車のボックス席には、依子と一言しか座っておらず、同じ車内にも一人か二人乗客がいる程度。
電車の揺れる音だけが二人を静かに包みこむ。
そんな場所だからか、或いは普段あり得ない光景を目にしているからか、依子の胸に魔が差した。
(隙あり、ですよ)
一言の頰を人差し指でつんと突く。
爪を立てないように気を付けながら、起きないように力は入れないで。
幼い頃の弟弟子の大福さながらの柔らかさや、兄弟子の艶やかなそれとは違う。
二人の頰よりも少しだけ固いその弾力を、依子は密かに楽しむ。
少し勇気を出してキスをしてもよかったのだが、距離が近すぎて唇がつかないのがいけなかった。
「ふふ」
無防備にさらけ出されたひどく珍しい一言の姿に、つい声を立てて依子は小さく笑う。
その瞬間、がたんと一つ大きく電車が揺れた。
「ん……」
ぴくりと一言は身じろぎをして、依子の右肩から離れた。
その重さが消えることを惜しみながら、依子は何事もなかったように視線を一言から窓の向こうに戻した。
暗がりに浮かぶ一言の耳元が、僅かに色付いているように見えた。