2004〜2009
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ビルの合間を縫うようにひゅうひゅうと冷たい凩が吹く。十一月も半ばを過ぎ、街並みは一足早くクリスマス一色に染まっていた。
通りを歩く人々が、特に男性が周防を見てはすぐに気まずそう目を背ける。目を惹くようなすらりとした美人の後ろに、厳つい赤い髪の男が歩いていればそうなるのも致し方ないのだろう。
なんてことはない、気まぐれに街をぶらついていた周防は高校時代のクラスメートであった百井と駅前でばったり出くわし、立ち話もなんだからと、
「じゃあ久しぶりに草薙先輩のお店にお邪魔しようかしら」
そういうことになった、それだけの話である。
ここ最近クランの面々ばかりが入り浸るようになったバーに懐かしい常連が訪れることを、草薙も歓迎するだろう。
不意に百井の揺れる長い髪から、ふわりと漂う匂いが周防の鼻腔を擽った。
女物ではなく男物の香水の匂い。
それも洒落者の草薙がつけるような若者向けのものではなく、もっと年上の男が身に纏っていそうな落ち着いた白檀にも似た甘い香り。
彼女がつけているにはどう考えても不似合いなそれは、周防の胸の内に留まり不快感を齎す。
すんと鼻を鳴らしたのが聞こえたのか、百井は振り返り色素の薄い色をした大きい目を僅かに見開いて周防を見上げた。
「周防くん、どうかしたの?」
「何でもねえ」
「ふうん」
変な周防くん。
変なのはお前だ、とは言えなかった。
言うつもりも、周防にはなかった。
料理をするのが好きだから、匂いが強いものをつけるのが苦手だ。
『強い匂いに慣れてしまって、料理の匂いがわからなくなっちゃったら嫌でしょう?』
以前草薙や十束も交えて飲んだ時、バーのカウンターを借りてつまみを軽く作る片手間に、何かを思い出すようにしてはにかむ彼女はそう語っていた。
そんな彼女から、こうして少し離れた場所にいる周防にさえ分かる程ーーー王権者として身体が強化された余慶か、以前よりも嗅覚が強くなったからでもあると思うがーーー静かにくゆる周防の知らない、百井を「知る」年上の男の匂い。
それ程までに彼女と近い男といえば、思い当たる節がないわけでは、ない。
(さしずめ当てつけか、マーキングというわけか)
周防とて男だが、彼女を女として見るには付き合いが長すぎた。
多分彼女も、以前言った通り周防を『友』としてしか見ないのだろう。これまでも、きっとこれからも。
もっとも本人はその匂いの真意に気付いていないだろうし、周防もそれが正解だと思わない。
というか、思いたくない。
馬に蹴られるのはごめんだ。
だから、
「なあ百井」
「何?」
「その匂い、悪くねえな」
周防のそのひとことに硬直し、何かを察し顔を紅潮させる彼女をからかうくらいは許されてもいいはずだ。
胸に沈殿した匂いがすうっと晴れたような気がして、依然として固まる百井を追い越しながら、周防は煙草に手を伸ばした。