2008〜2012.09.25
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【side:依子】
(羨ましいな)
散々与えられた熱で浮かされた脳が徐々に凪いでいく。涙で滲んだ視界に映る一言の白く、けれども引き締まった右肩から袈裟懸けに走る薄桃色の一筋の傷跡をそっと指先でなぞる。
動きを止めて依子に覆い被さらないように息を整えていた一言は、右肩に触れる感触に少し目を見開いて僅かに身動ぎをしてから、にこりと依子を見下ろして微笑んだ。
一言は依子が己の傷に触れることを、決して咎めない。
触れ合っているのに、これ以上ない程に繋がって溶け合ってしまっているのに、薄れた傷だけが二人を二人のままでいさせる。
(羨ましい)
それはこの傷を与え、なお赦された兄弟子に対してか。
或いは傷を残される程、相手に愛されていた眼前の愛しい男に対してなのか。依子にはもうわからなくなっていた。
「依子」
己に傷をつけた相手のことを考えているのが通じたのか、一言は依子の涙で濡れた頰を撫でる。
(私は、この人に傷付けられたいのだ)
一言を護りたいのに、依子は一言に傷付けられたいと願っている。居なくなってもずっと残る証が欲しい。愛されて愛していたという、証を。
叶わぬ願いを抱いていることを見透かされるのが怖くて、依子は自分の顔を隠すように一言の首に腕を絡めた。
【side:一言】
(山茶花が、散っているようだ)
穏やかに寝息を立てて眠る依子の白く小さな背中に、朱を散らした花弁が点々と色鮮やかに映えていた。
だがそれは一言が付けた刻印ではない。そもそも一言が跡を付けるならば、胸元や太ももといった彼女が見ることのできる場所につけるのだから。
彼女の背に舞う花弁は、美しくも凄惨な傷跡だ。
彼女は快楽や酒気に酔い体に熱を帯びると、自然と背中にこのような赤い跡が浮かび上がる。それは未だに彼女に残る、迦具都事件の傷跡であり、そして一言自身が彼女が見舞われた悲劇を防げなかった何よりの証明だ。
背中だけに跡が浮かぶのは、彼女が傷を負った瞬間母親に正面から抱きしめられて庇われたからであったと知ったのは、つい最近のことだ。
身体中に点々と火傷跡が残っているが、背中だけは不思議と薄れることがなく、今もこうして体が熱を帯びるとはっきりと浮かび上がる。
花弁のひとひらを、一言がそっと触れると眠りながらくすぐったげに体を震わせる。その一連の仕草に一言は愛おしげに笑みをこぼすが、すぐにその端整な顔から表情が消える。
生き残った証だと、薄くなっていく傷跡を見て笑みを浮かべる依子は、この背中の傷だけは知らない。
(決して)
彼女の悲劇の証を一言だけが知っている。
(これ以上、決して彼女を傷付けはしない)
一言は背に触れる指で髪を一房掬い、誓うように口付けた。
(羨ましいな)
散々与えられた熱で浮かされた脳が徐々に凪いでいく。涙で滲んだ視界に映る一言の白く、けれども引き締まった右肩から袈裟懸けに走る薄桃色の一筋の傷跡をそっと指先でなぞる。
動きを止めて依子に覆い被さらないように息を整えていた一言は、右肩に触れる感触に少し目を見開いて僅かに身動ぎをしてから、にこりと依子を見下ろして微笑んだ。
一言は依子が己の傷に触れることを、決して咎めない。
触れ合っているのに、これ以上ない程に繋がって溶け合ってしまっているのに、薄れた傷だけが二人を二人のままでいさせる。
(羨ましい)
それはこの傷を与え、なお赦された兄弟子に対してか。
或いは傷を残される程、相手に愛されていた眼前の愛しい男に対してなのか。依子にはもうわからなくなっていた。
「依子」
己に傷をつけた相手のことを考えているのが通じたのか、一言は依子の涙で濡れた頰を撫でる。
(私は、この人に傷付けられたいのだ)
一言を護りたいのに、依子は一言に傷付けられたいと願っている。居なくなってもずっと残る証が欲しい。愛されて愛していたという、証を。
叶わぬ願いを抱いていることを見透かされるのが怖くて、依子は自分の顔を隠すように一言の首に腕を絡めた。
【side:一言】
(山茶花が、散っているようだ)
穏やかに寝息を立てて眠る依子の白く小さな背中に、朱を散らした花弁が点々と色鮮やかに映えていた。
だがそれは一言が付けた刻印ではない。そもそも一言が跡を付けるならば、胸元や太ももといった彼女が見ることのできる場所につけるのだから。
彼女の背に舞う花弁は、美しくも凄惨な傷跡だ。
彼女は快楽や酒気に酔い体に熱を帯びると、自然と背中にこのような赤い跡が浮かび上がる。それは未だに彼女に残る、迦具都事件の傷跡であり、そして一言自身が彼女が見舞われた悲劇を防げなかった何よりの証明だ。
背中だけに跡が浮かぶのは、彼女が傷を負った瞬間母親に正面から抱きしめられて庇われたからであったと知ったのは、つい最近のことだ。
身体中に点々と火傷跡が残っているが、背中だけは不思議と薄れることがなく、今もこうして体が熱を帯びるとはっきりと浮かび上がる。
花弁のひとひらを、一言がそっと触れると眠りながらくすぐったげに体を震わせる。その一連の仕草に一言は愛おしげに笑みをこぼすが、すぐにその端整な顔から表情が消える。
生き残った証だと、薄くなっていく傷跡を見て笑みを浮かべる依子は、この背中の傷だけは知らない。
(決して)
彼女の悲劇の証を一言だけが知っている。
(これ以上、決して彼女を傷付けはしない)
一言は背に触れる指で髪を一房掬い、誓うように口付けた。