2004〜2009
名前変換
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珍しく今日は二人で三時のお茶を縁側で飲む。彼岸も過ぎてようやく山の空気は涼しげなものへと変わり、庭の花も夏から秋の花へと様相が変化していた。
とりとめのない談笑と一言が最近気に入っているのだという菓子を楽しみながら、少しずつ依子は一言へと距離を縮める。
こんなに気持ちの良い日に二人きりで居られることは滅多にないのだから、せめてこれくらい。
一言の手にそっと自分の手を重ね、底の無い夜の泉のような深い色をした黒瞳と己の目を合わせる。一言は動きを止めたが、依子の行動を拒まもうとしない。
その漆黒は光を何一つ反射しないようでいて、常人には見えない光(未来)を見通す目だ。
怖くないと言えば嘘になる、けれど依子は一言のその恐ろしく美しい瞳がいっとう好きだ。
「依子?」
一言は目を合わせたまま名前を呼ぶ。
「このまま続けるの?」
「これから君はどうしたい?」
そう問いかけるように一言は少し困ったように微笑んだ。想いが通じあってから一言は依子の前で少し言葉が増えるようになったが、言葉の不要な時もある。
例えばそう、今のように。
だから依子は握る手の力を少し強め、愛しい人の名を呼ぼうと唇を開いた。
「一言さま!」
だが、彼の名を呼んだのは依子ではなかった。
玄関先から声変わりしたばかりのクロの低く涼やかな声と共に、戸を閉める音が静かな家に響く。切り離された日常の空気がが急速に二人の間を取り巻いた。
一言の深く黒く恐ろしいとすら感じる目は、依子以外の大切な存在を眺めるいつもの優しいものへと変化する。
「ただいま帰りました」
「お帰り、クロ」
一言は少し大きな声で弟弟子の名を呼んだ。重なりあった二つの手がどちらともなく離れる。
名残惜しさを感じながら、依子は二人分の湯呑みを片付け始めた。
「依子」
部屋に戻ろうとした一言は縁側にいる依子の方を振り返り、少しだけ眉を下げ苦笑する。
「残念だったね」
それだけ言って、一言は部屋へと足を向けた。依子は一人、温かな日差しの中に取り残される。
それは、どちらに対しての言葉だったのか。澄んだ空気とは正反対のもどかしさを胸にしまい、依子は高くなった空を見上げた。