パロディ時空色々
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海辺の寂れた街で女が一人の男と暮らしている。
赤い屋根に緑の窓、季節毎に色とりどりの小さな花が咲き乱れる、子供の絵を現実にしたような、そんな小さな家で女は大きな腹を抱えて男と二人で暮らしている。
街の住人は男の姿を見ることは滅多にない。
ただ時折天気の良い日に庭のウッドテラスに置かれた重厚な椅子に、細身の男が座っているのを目にするのだという。
「寒くありませんか」
「今日は風が気持ちいいですね」
決して口数が多いわけではないが女は男に話しかける。だが男が答えたのは見たことがない。
耳が聞こえないのではなく、男は話せないのだ。
女は男が日向ぼっこをしている最中、その世話をする以外は洗濯物を干したり、編み物をしたり、本を読んだりして過ごしているが男の側から離れることはない。編んでいるのはもっぱら子供用の靴下や、帽子のような乳児用の品々ばかりで、それを見て町の人々はこの女が身籠っているのだと知った。
だが男は、そんな風に甲斐甲斐しく大きな腹を気にすることなく周りを軽やかに動き回る女の姿を目で追うことはない。男の黒い瞳はぼんやりと霧がかかったようにぼやけていて、焦点が合うことはない。
男は、目が見えないのだ。
物も言えず目も見えない男を女はいつもいたく気にかけている。
月日が経つにつれ少しずつ大きくなる己の腹を気にかけることもなく、女はただ男だけを見ている。
男は見えぬ目で時折自分の前に立つ女の腹を見つめては、労わるように彼女の手を握る。
それが何かのサインであると女は知っているのか、「大丈夫ですよ」と手を握り返してお決まりのように答える。
女は欲しいものがようやく手に入った子供の顔をしていた。
だがその言葉を聞く度に、女の顔を見ることのできない男の表情はひどく暗くなった。
女は二十代半ばだろうか、外国人のような色の薄い髪を長く伸ばしている。男がその長い一房を手にするのが嬉しいからか、動きにくいとわかっていながら束ねるよりもそのまま無造作に下ろしていることの方が多かった。
手足もすらりと細長く、日に日に大きく前に突き出てくる腹が異質なほど際立って見えた。
男は女よりもふた回りほど年上に見える。癖のある髪を伸ばしていて、普段は後ろで束ねている。
女が髪を梳るのを毛づくろいされる猫のように男は目を細めて喜ぶ。病み上がりのように肌は白く多少やつれてはいたものの、若い頃はさぞかし女性に騒がれたのだろう柔らかな美貌を保っていた。
大抵こざっぱりとしたシャツとスラックスを着ていたが、寝るときは着物を着ていることが多い。
元々着物を着ることが多かったという男の所作は、目が見えなくなっていても背筋のすっと通ったものだった。
男は話せないのではなく声が出ないだけなようで、唇が言葉の形を作り出す度に女はそれを読み取り男に返事をする。それを聞いて、男は茫洋とした目で笑ったり少し悲しそうにするのだ。
二人がどのような関係にあるのかを、誰も知らない。
父親の世話をする娘であるのか、歳離れた夫と子の誕生を待っている妻なのか、あるいはそれとは異なる関係なのか、町の住人は誰一人として知ることはなくそれとなく聞いても女は曖昧に微笑むのだ。
海風の吹く閉ざされたおもちゃのようなこじんまりとした家で、二人はただ静かに何かを待つように暮らしていた。
赤い屋根に緑の窓、季節毎に色とりどりの小さな花が咲き乱れる、子供の絵を現実にしたような、そんな小さな家で女は大きな腹を抱えて男と二人で暮らしている。
街の住人は男の姿を見ることは滅多にない。
ただ時折天気の良い日に庭のウッドテラスに置かれた重厚な椅子に、細身の男が座っているのを目にするのだという。
「寒くありませんか」
「今日は風が気持ちいいですね」
決して口数が多いわけではないが女は男に話しかける。だが男が答えたのは見たことがない。
耳が聞こえないのではなく、男は話せないのだ。
女は男が日向ぼっこをしている最中、その世話をする以外は洗濯物を干したり、編み物をしたり、本を読んだりして過ごしているが男の側から離れることはない。編んでいるのはもっぱら子供用の靴下や、帽子のような乳児用の品々ばかりで、それを見て町の人々はこの女が身籠っているのだと知った。
だが男は、そんな風に甲斐甲斐しく大きな腹を気にすることなく周りを軽やかに動き回る女の姿を目で追うことはない。男の黒い瞳はぼんやりと霧がかかったようにぼやけていて、焦点が合うことはない。
男は、目が見えないのだ。
物も言えず目も見えない男を女はいつもいたく気にかけている。
月日が経つにつれ少しずつ大きくなる己の腹を気にかけることもなく、女はただ男だけを見ている。
男は見えぬ目で時折自分の前に立つ女の腹を見つめては、労わるように彼女の手を握る。
それが何かのサインであると女は知っているのか、「大丈夫ですよ」と手を握り返してお決まりのように答える。
女は欲しいものがようやく手に入った子供の顔をしていた。
だがその言葉を聞く度に、女の顔を見ることのできない男の表情はひどく暗くなった。
女は二十代半ばだろうか、外国人のような色の薄い髪を長く伸ばしている。男がその長い一房を手にするのが嬉しいからか、動きにくいとわかっていながら束ねるよりもそのまま無造作に下ろしていることの方が多かった。
手足もすらりと細長く、日に日に大きく前に突き出てくる腹が異質なほど際立って見えた。
男は女よりもふた回りほど年上に見える。癖のある髪を伸ばしていて、普段は後ろで束ねている。
女が髪を梳るのを毛づくろいされる猫のように男は目を細めて喜ぶ。病み上がりのように肌は白く多少やつれてはいたものの、若い頃はさぞかし女性に騒がれたのだろう柔らかな美貌を保っていた。
大抵こざっぱりとしたシャツとスラックスを着ていたが、寝るときは着物を着ていることが多い。
元々着物を着ることが多かったという男の所作は、目が見えなくなっていても背筋のすっと通ったものだった。
男は話せないのではなく声が出ないだけなようで、唇が言葉の形を作り出す度に女はそれを読み取り男に返事をする。それを聞いて、男は茫洋とした目で笑ったり少し悲しそうにするのだ。
二人がどのような関係にあるのかを、誰も知らない。
父親の世話をする娘であるのか、歳離れた夫と子の誕生を待っている妻なのか、あるいはそれとは異なる関係なのか、町の住人は誰一人として知ることはなくそれとなく聞いても女は曖昧に微笑むのだ。
海風の吹く閉ざされたおもちゃのようなこじんまりとした家で、二人はただ静かに何かを待つように暮らしていた。