2004〜2009
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今日の夕食は肉じゃがだ。
姉弟子が家に帰ってきた日は汁物や副菜は狗朗、主菜は依子とそれぞれ料理を分担して作る。
それぞれが何を作るかは献立次第で、時に一緒に新作の料理に挑戦し、時に一言に教わることもある。
料理においても、狗朗と依子は姉弟弟子であった。
今日も今日とていつものように姉弟弟子二人で夕食を作っているのだが、普段と少し様子が違う。
いつも一言の手を見慣れている狗朗には、依子の手は酷く華奢で頼りなげに見える。男性ながらほっそりとした一言の手よりもさらに細く、一回りも小さい。
この前も遊びで姉弟子と手を合わせてお互いの手の大きさを測ってみたら、依子の手は子供の狗朗より辛うじて大きい程度のサイズだったのだ。
あと数年しないうちに、狗朗は姉弟子の手の大きさも、背丈も越えてしまうだろう。
「柔肌の 熱き血潮に 触れもみで 悲しからずや 道を説く君」
依子はその細く華奢な手で慣れた様子で包丁を動かしてながら、姉弟子は硬い声で何か俳句のようなものをそらんじる。
心なしかジャガイモを切る包丁も、荒々しい音を響かせた。
どうしたのだろうか、狗朗は切り分けた大根を鍋に入れてから、様子がおかしい姉弟子に当たり障りのない問いを投げかけた。
「姉上、それは何の俳句ですか?」
「俳句じゃないわ、与謝野晶子って昔の女性の短歌よ」
一言様がよくお詠みになる俳句は五七五だけど、こっちは五七五七七ね。
不機嫌な声音は隠し切れていないが姉弟子は、狗朗の疑問に丁寧に答えながら、ジャガイモを水が張ってあるボウルにバチャバチャと大きな水音を立てて入れた。
何やら今日の姉弟子は何かに対して酷く怒っている。
それをなんとなく察知しながら狗朗は冷蔵庫から小さなサイズの豆腐を取り出しテーブルに乗った三人分の小鉢に入れていく。この上に小葱とミョウガを散らして冷奴の準備をする。
どうやら怒りの対象は狗朗ではなく、ここにいない誰かであるようだ。
普段穏やかな姉弟子が、ここまで怒りを露わにする理由が狗朗は分からない。きっと彼女ですら許せない酷いことがあったのだろう。
狗朗は依子の顔を覗き込み、なるべく深入りしないように、話題を彼女が歌った短歌に変えようとした。
「姉上、それはどういう意味の短歌なのですか?」
姉弟子は人参を切ろうとする手がピタリと止まる。
そしてその眉間に皺を寄せた。殺気すら感じる。
(しまった、姉上の虎の尾を踏んでしまった!)
姉弟子の感情が包丁を持つ手に込められる。瞬間、
「自分のことが好きな人の気持ちを知らないで!相手に真っ当な道を教えようとする!朴念仁な人のことを!歌って!いるのよ!」
言葉を切る度にダン!ダン!とリズミカルに人参を叩き斬る重い音が台所に響いた。