1999.07.11〜2004.05
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『始まった後の後日談』
「あの、貴方をなんと呼べばいいんでしょうか」
戸惑い気味に少女が吐き出した疑問は当然のことだろう。一言は首を捻る。
「これから君は私のクランズマンになる訳だけれど、同時に師弟ということにもなるからね」
「くらんずまん?」
聞き慣れぬ単語に少女は首を傾げて復唱する。
まだ力に目覚めたばかりの彼女は、こちら側についての知識が浅い。最も一言としては、積極的にこちら側の世界に染まらせねばならない事実に未だに気がひけるが。
「王権者である私と深い絆を得た、臣下みたいなものかな?」
王権者、という言葉は少女もぼんやりとだが知っている。
白衣を着た人々の中には、彼女がそうなるかもしれないと期待をかけている者もいたが、一言がすくい上げたことで彼女はそうならなかった。
「王と臣下、主と従者、上司と部下、クランによって王とクランズマンの関係は色々あるんだよ」
「……じゃあ、ご主人様。ですか? 」
予期せぬ返答に一言は固まった。聡明なこの男にしては珍しく、その鋭利な思考が停止する。
それはまずい。
色々といけない。
何がと言うわけではないがこう、倫理的にいけない。
まだ年端もいかぬ少女に、三十路になろうとする男を『ご主人様』と呼ばせるのは良心が痛む。そして一言が背負うであろう罪悪感も計り知れない。一言は自身の困惑を隠すようにぎこちなく少女の頭を撫でながら答えた。
「いや、それはちょっと……嫌かなあ」
少女は特に気にした様子もなく続けた。
「じゃあ別の候補も考えてみます」
「うん、そうしてくれると、とても嬉しいな」
(結局兄弟子と同じ呼び名になった)
………
『迷子のお知らせ』
嫌な胸騒ぎを感じて一言が目を覚ますと、案の定隣の部屋で寝ていた筈の依子の姿がなかった。
彼女は未だ自身の「能力」を扱いきれておらず、時折彼女の意識が途切れると違う場所に「跳んで」しまうのだーー彼女は自ら与えられた空間を転移する力を「跳ぶ」と説明していた。
幸いなことに人を中途半端に巻き込んで「跳ぶ」ことはないが、無意識の内に能力が発動するというのは悩ましい事態ではあった。
一言からインスタレーションを受けクランズマンとなったことで、依子の能力が発動する範囲は限定されているがあくまでも一時的な措置に過ぎない。
今の状況は一言が依子とリンクする現象を悪用し、一言が言わば「錨」となって不安定な彼女をどうにか繋ぎ止めているようなものなのだ。
だがこの制御法もいつまで保つか分からない。
そもそも一言の能力は「制御」など向いていないのだ。
未だ完全に目覚めていない依子のクランズマンとしての力が、良い方向に彼女に作用することを一言は祈るしか無かった。
「今考えてもどうしようもないか」
考えたところで変えようのない未来の話より、今見当たらない依子の事について考えなければ。
さて、今日は一体何処にいるのかと思案していれば、珍しく紫の悲鳴が響いた。
部屋の襖を開けると、驚いた紫の傍で依子がすうすうと寝息を立てている光景をみて一言は苦笑した。
………
『およぐひとのたましいは』
気がつくと月のない、星空の下に依子は寝そべっていた。
また、能力を無意識に使ってしまったらしい。
ここはどこだろう。
冷たいつるつるとした瓦と夜の空気に、依子の胸はきゅうっと締めつけられる。
「見つけた、今日はここにいたんだね」
屋根の下から師の声が聞こえた。優しい言葉に依子は冷えた心が溶けるような心地がした。
………
一言さま夢へのお題は『その口で何人の女を口説いたの?』です。
shindanmaker.com/392860
何でも器用にこなせてしまう自分の師が、惚れた腫れたの話にとんと疎い人であると依子が知ったのは共に暮らして間もない頃のことだった。
病身でその上故あって子供二人を育てているという難点はあるが、男盛りだし顔も男性としては線が細いが端整だ。
何より聡明な人格者であることも村の人々もよく知っている。
見合いの話が来ることも珍しくないだろうし、近所の集落の数少ない若い女性が熱い視線を送る光景も寄り合いや村の祭りでしばしば見かけた。
だがどうにも肝心の一言本人がそういった色めいた話に全く興味を示さない。
先日の隣村の女性は子供の依子が見ても可哀想なことだった。この人の気質なのだろうか、不思議そうに見る依子を兄弟子の紫が窘める。
「諦めなさい、あの人は前からずっとああなのよ」
自分自身も諦めたような、何か疲れたような琥珀色の目で兄弟子は一言を見ていた。
天然というのは恐ろしいものだと、ほんわかした笑みで二人を眺める一言を見て依子はため息をついた。
………
『おいしいごはんになれるといいけど』
コトコトと鍋が煮立つ音を立て、台所に良い匂いが広がる。
「おひたしにすると美味しいんだって」
鍋の前に立つ一言が、白詰草を手に呆れ顔の兄弟子と共に帰ってきた時、この人は花冠でも作るつもりなのかと依子は首を傾げた。
差し出された味見用の小皿を受け取りおっかなびっくり頬張れば、予想外の美味しさに目を丸くした。
(2000年の春の話)
………
『一匹の仔犬を拾う少し前の話』
それは雪の降る十二月の頃のことだった。
「それじゃあ私は行ってくるから、紫、留守をよろしく頼んだよ」
日も暮れたというのに一言様は突然そう託けて、急いで外出の支度をし始めた。
「畏まりました」
兄弟子は慣れた面持ちで爪を磨く手を止めて師に一礼を返した。
私はパタパタと一言様の後を追い、玄関まで見送りに行く。
玄関先の一言様は、珍しく焦った様子でいつもの紅い番傘を手にしていたことだけはやけに覚えている。
「行ってらっしゃいませ、一言様」
「ちょっと歯車をずらしに行ってくるよ」
「私の時みたいに、ですか」
私の言葉に一言様は頭を撫で、片目を閉じて茶目っ気に答える。
「そうだね、お土産を持って帰るから紫といい子で待っているんだよ」
「はい!」
「本当に大きなお土産だったね」
一言様が持ち帰ったお土産は小さな黒い少年だった。