彼女の父は、《青の王》羽張迅の臣下であった。
彼女の母は、《黄金の王》國常路大覚の一族に連なる娘だった。
彼らの出会いは政略的なものではなく、ただの一目惚れであったのだと記録には残る。
偶然であったのか或いは何らかのーー俗に言う「運命」や人知を超えたある種の「摂理」ーーの導きがあったからかは、一言の知る由ではない。
彼女の誕生以前から幼少期にかけて間接的にだが《王》と関わりを持っていたためか、或いはあの日全てを奪われ王になり損なったからなのか。
重要なのは百井依子の未来を三輪一言が見ることは難しい、ということだ。
二王との繋がりや一言自身との絆、そして彼女自身王になり得たかもしれないという可能性。因果の糸は彼女の周りを複雑に絡み合い、一言に見せる未来を朧気なものへと変えてしまう。
いつか道を違えてしまうことを知っていた一番弟子とも、自身の死後に訪れる出会いを見ることのできた息子とも違い、彼女の未来を見ることは難しい。
それでも、ただ一つだけはっきりと見えた未来があった。
生まれたばかりの嬰児を抱き、こちらを見て幸せそうに微笑む美しく成長した彼女。
一言に見えたのはただそれだけ。
暖かな日の光の中に浮かぶ優し気な母子像。
それは、偉大なる黄金の王や己の力を持ってしても悲劇を防ぎえなかった一言が、絶望の内に初めて見ることのできた希望に満ち溢れた未来だった。
だからその手を取り、一言は依子をクランズマンにした。ただ一つ見えた未来が、他の可能性に埋もれるのを見たくなかった。
それだけのために依子を手元に置くことを選んだ。
見えるはずの沢山存在するはずの少女の持つ可能性は依然として曖昧模糊なものばかり。ささやかにきらめく星に手を伸ばしても、一言の手に届きはしない。
落ちてきた唯一のあたたかで幸せだと思える可能性にひとりぼっちになった彼女を導くこと。それが依子に出来る贖罪であり、師として親代わりとして与えられる愛でもあると、一言は信じていた。