1999.07.11〜2004.05
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梅雨の時期というものは食べ物が腐りやすいのが難点だと師も言っていたが、つくづくその通りである。
梅雨の曇り空が広がる爽やかとは言い難い空気に満ちた朝、三輪家の台所ではちょっとしたトラブルが起きた。
「一言さま!パンにこんなものが!」
「おや、随分色とりどりのカビが生えてしまったね」
興奮気味の狗朗が差し出した彩り豊かな黴の生えたパンを見て、目玉焼きを皿に並べ終えた師はのほほんとそれに応える様を、丁度食卓の準備を終わらせ台所に戻ってきた依子は目撃してしまい思わず気が遠くなった。
三輪家は数寄屋造りの古い日本家屋であるために、多少湿気が籠りやすいのは仕方がない。
渡米経験のある一言は意外とパンも好んで食べる。
その為トーストと目玉焼き、それからいくつかのおかずと依子が作った季節ごとの果物のジャムのような洋風の朝食が並ぶこともしばしばあった。
パンの保管の仕方を変えようと相談しようにも、家主である一言は何やら子供の様に目を輝かせ興味深そうに黴だらけのパンを観察しているし、クロはそんな一言を尊敬の眼差しで見つめている。
基本的にクロはなんでも一言の言うことを素直に信じるから、頼りにできない。
頼みの綱になりそうな紫はいつものように修行の旅に出かけており、依子は不在の兄弟子が少し恨めしくなった。
「どんな味がするのだろうね」
一言はポツリと不思議そうに呟く。
まずい、このままでは本当に食べてしまうかもしれない。
「パンの味……でしょうか」
狗朗も一言そっくりの難しい顔をしてそれに応える。
「でもこんなに色も変わってしまうのだから、味も変わっているかもしれないよ?」
カラフルなパンを摘み、方々から眺めつつ楽しげに一言は返した。
やめてほしい、親子揃って食中毒にでもなられたら色んな意味で居た堪れない。
依子は意を決して、僅かに離れた距離にいる二人を見やった。
そしてストレイン能力を使いその場から『跳んで』、一言とクロの間に転移し師の手から諸悪の根源(と書いて黴だらけのパンと読む)を奪った。
依子が能力を使うときの独特の乾いた火花が散った音に二人して反応した、その隙を狙った神速の妙技であった。
出来ることならこんな時に使いたくない妙技でもあった。
「あっ!」
クロが声を上げたがもう遅い、依子は更に火花を散らして台所の反対側にあるゴミ箱まで再び『跳んだ』。
「依子」
虚を突かれた一言が少し慌てた声を出す。
依子は足元にあるレバーを踏み、容赦なくカビパンを投げ込んだ。
「二人とも」
依子の口から発せられたのは普段は聞くことのない少し低めの声音、(あ、ちょっと怒っているな)と二人して思ったがその通りであった。
にっこりと笑顔を浮かべながら、器用に依子は青筋を立てて二人に告げた。
「食材に、カビが生えたら、捨てましょう」
その日、三輪家の新たな決まりごとが追加された。