2008〜2012.09.25
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「周防くんは海が好きなの?」
聞き慣れた女の声に周防は目を開けると、不思議そうに寝そべる自分を見下ろす百井の顔が視界に広がった。細い肩からさらさらと、絹糸のように零れ落ちる長い亜麻色の髪が夕陽の色に染まっている。
「……何でここに」
「ちょっと用があってその帰り、それより周防君こそどうしてこんな所にいるの?」
どうしても何も、散歩をしていたらこの浜辺に辿りつき横になっていたらそのまま眠っていただけのことだ。
「散歩だ」
そう周防が素っ気なく返事をすれば、ふうん、とさして気にすることもなく百井は色の違う両目を瞬かせ背を伸ばし海を見る。
緑色をした右目が夕陽の沈む青い海原を眩しそうに目を細めて眺める。ずっと見つからない何かを探しているように、そこにはない故郷を見るように。
「昔、誰かと約束をしていたの」
その言葉に周防は答えない、かわりに上体をのっそりと起こして百井が視線を向けるのと同じ方向を見つめる。
金色に輝く夕陽は水平線に沈み始め、周防達のいる波打ち際は徐々に群青色に侵食される。
潮騒の音に紛れて遠くの街の喧騒と電車の音が聞こえてくる。春になったばかりの冷たい潮風が吹き止んでから、百井は言葉を続けた。
「夏になったら海で遊ぼうって、誰と約束したのかも覚えていないのにね」
「……覚えていないのか」
百井は少し目を見開いて周防の方を見てそれからこくりと頷く。
「小さな頃の事だから、忘れちゃったんだ」
照れ隠しのように笑う表情とは裏腹にその声音は酷く淡々と事実を語る。寂しさという感情がぽっかりと抜けてしまったようなちぐはぐな彼女。
彼女が、百井依子がかつて自分を形成する全てを、周防に宿る力と同質の存在によって奪われたことを周防は草薙から聞いていた。
生来の気質か、後天的なものかは知らないがーーどちらであるか周防には興味がない、だが時折見せる彼女の空虚さは周防に慣れない感情を植え付けるーー百井は年相応に話す事を好むが多くを語らない。
百井は周防が常人の世界の住人ではないことを知っている。そして周防もまた彼女の語らない事実を知っていた。
だが百井は素知らぬ振りをして「周防の高校時代のクラスメート」としてHOMRAに訪れる。
彼女が会いにくるのは、「赤の王」ではない周防なのだから。
「海を見ていると思い出せそうな気がするの」
海を眺める百井の顔に周防は視線を向けた。その目に嘘はなく、緑の瞳に夕陽の金が映っている。海を見つめる女の瞳は忘れた記憶の傷痕でもある。
夕日が沈みきった暗い海に潮騒が響く、彼女の瞳は過去を映せない。二人はどちらともなく立ち上がり、沈黙と共に海に背を向けた。
聞き慣れた女の声に周防は目を開けると、不思議そうに寝そべる自分を見下ろす百井の顔が視界に広がった。細い肩からさらさらと、絹糸のように零れ落ちる長い亜麻色の髪が夕陽の色に染まっている。
「……何でここに」
「ちょっと用があってその帰り、それより周防君こそどうしてこんな所にいるの?」
どうしても何も、散歩をしていたらこの浜辺に辿りつき横になっていたらそのまま眠っていただけのことだ。
「散歩だ」
そう周防が素っ気なく返事をすれば、ふうん、とさして気にすることもなく百井は色の違う両目を瞬かせ背を伸ばし海を見る。
緑色をした右目が夕陽の沈む青い海原を眩しそうに目を細めて眺める。ずっと見つからない何かを探しているように、そこにはない故郷を見るように。
「昔、誰かと約束をしていたの」
その言葉に周防は答えない、かわりに上体をのっそりと起こして百井が視線を向けるのと同じ方向を見つめる。
金色に輝く夕陽は水平線に沈み始め、周防達のいる波打ち際は徐々に群青色に侵食される。
潮騒の音に紛れて遠くの街の喧騒と電車の音が聞こえてくる。春になったばかりの冷たい潮風が吹き止んでから、百井は言葉を続けた。
「夏になったら海で遊ぼうって、誰と約束したのかも覚えていないのにね」
「……覚えていないのか」
百井は少し目を見開いて周防の方を見てそれからこくりと頷く。
「小さな頃の事だから、忘れちゃったんだ」
照れ隠しのように笑う表情とは裏腹にその声音は酷く淡々と事実を語る。寂しさという感情がぽっかりと抜けてしまったようなちぐはぐな彼女。
彼女が、百井依子がかつて自分を形成する全てを、周防に宿る力と同質の存在によって奪われたことを周防は草薙から聞いていた。
生来の気質か、後天的なものかは知らないがーーどちらであるか周防には興味がない、だが時折見せる彼女の空虚さは周防に慣れない感情を植え付けるーー百井は年相応に話す事を好むが多くを語らない。
百井は周防が常人の世界の住人ではないことを知っている。そして周防もまた彼女の語らない事実を知っていた。
だが百井は素知らぬ振りをして「周防の高校時代のクラスメート」としてHOMRAに訪れる。
彼女が会いにくるのは、「赤の王」ではない周防なのだから。
「海を見ていると思い出せそうな気がするの」
海を眺める百井の顔に周防は視線を向けた。その目に嘘はなく、緑の瞳に夕陽の金が映っている。海を見つめる女の瞳は忘れた記憶の傷痕でもある。
夕日が沈みきった暗い海に潮騒が響く、彼女の瞳は過去を映せない。二人はどちらともなく立ち上がり、沈黙と共に海に背を向けた。