「依子、今日はご飯を四人分炊いておいてくれないかい」
夕暮れ時にはまだ早いが、ひぐらしが鳴く声が聞こえ出した頃。夕食当番の依子が台所に入るその直前、一言は依子にそう声をかけた。
心なしか一言の声音も機嫌が良い。
大抵三人分のご飯を炊くこの家でーーー実際はぴったり三人分ではない、一言は健啖家であるし、最近弟弟子の狗朗も師を見習ってかおかわりの回数が増えてきた。依子もまた燃費が悪いからつい多く食べてしまうーーー、更に一人分多めに必要になる場合というのは。
「紫ちゃんから連絡が来たんですか？」
一言は首を横に振り、いたずらが成功した子供のようにくすくすと笑う。
首を傾げる依子に向けて片目をつぶりながら、一言は続けた。
「今しがた、彼が帰ってくるのが『視えた』んだよ。どうやら君たちや私にお土産があるみたいだ。でもこれは紫くんには内緒だよ」
なるほど、兄弟子のサプライズは失敗してしまったらしい。
師を驚かせるのは相当に難易度が高い、見えてしまうものは仕方がないのだろう。
先の楽しみが見えてしまっても、この人はそれを楽しみのままに待ちわびる。
「じゃあ私の料理の上達を見てもらわないとですね」
「頑張りすぎて焦がさないようにね」
「そんなこともうしませんよ！」
口を尖らせる依子に、一言は目を細めた。