〜1999.07.11
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辛うじて制服を着ているように見える焼け焦げた死体の腰から、そっとサーベルの鞘を抜き取る百井を羽張は見逃すことがなかった。黒焦げの遺体には右腕がない。百井は僅かに目を伏せ、鞘にこびりついた煤を払う。
羽張の視線に気が付いて、百井はいつもと同じように口角を上げ人好きのする笑みを浮かべる。
「そこにサーベルが落ちてるだろ?」
羽張は百井が指した指を追う。
「刀を握ったままだがそっちの腕の方が、綺麗に残ってる」
瓦礫の上を無造作に転がったサーベルには、羽張たちと同じ青い袖が見える。
「調べれば誰か、ちゃんと分かるだろう」
他の奴と違ってさ。続けられた言葉は僅かに沈痛さを帯びていた。
今回の煉獄舎との戦闘は突発的な遭遇であった、らしい。
「らしい」とつくのは、羽張も百井も現場に居合わせたわけではなく、またセプター4側の生存者が皆無であったことから現場の惨状から想像するより他に方法はなかった。
運の悪いことに小隊の隊員は新入隊員が多く実戦経験の少ないものが殆どであり、羽張らが駆けつけた時にはもう敵も生きている味方の姿も現場にはなかった。
今は塩津らに痕跡を追わせ、羽張は百井を連れて、現場の検分を行っている。
彼らを始めとする新入隊員に剣の指導を担当していたのが百井だ。
百井ならばある程度損傷していても、区別がつくと見越してのことだった。
「なあ羽張、相手は幹部級か?」
「相手は一人、多分そうだな」
「兵卒級なら組んで戦えば生き残る、俺はそうした」
「そうだな」
「どいつだろうな」
「大方見当はついている、だがお前には斬らせん」
「仇討ちをさせてくれないなんて、酷い王様だな」
「若者に花を持たせてやれということだ」
冗談めかして非難を投げる。これが出来るのは百井くらいだろう、諫める年長者の存在は若者で大部分を構成するこの組織には希少だ。何より百井は教える事が上手い。自分の限界を見据え、セプター4をそして羽張を支える人材の教導にも力を注いでいた。
百井からしたら彼らもまた、その資質を見込んで育てている最中の隊員達であった。
王を支えながら地に足をつけ、王の征くさらにその先を見据える。百井の有り様は湊とはまた異なる立場から羽張を支える得がたい有り様だ。そしてその資質の後継はまだ育ちきってはいない。
「まだお前に死なれては困る」
羽張の言葉に鞘を握る百井の手に僅かに力が入る。そういえばこのサーベルの持ち主は、百井に何かと突っかかっていたと思ったら急に懐きだした新人のものだと羽張は改めて思い出す。
「それをこいつらにもっと言ってやればよかったな」
珍しく後悔を口にする百井の横顔は、彼の鍾愛する娘とよく似ていた。
(どちらもあまり見たいものではないな)
羽張は内心に浮かぶ己らしからぬ思考を払い、死者を悼むために目を伏せた。