2004〜2009
名前変換
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ひょっとしてこの人は、私を人のかたちをした猫か何かだと思ってやしないだろうか。
三輪一言の膝に頭を乗せて、その男にしては細くしなやかな指で耳の裏をこしょこしょと撫ぜられる。
愛おしい恋人――関係性をこう表現することに依子は些かの抵抗がある――にするというよりは、可愛くて仕方がない飼い猫を愛でるような触れ方は、心地よいといえばそうなのだが……。
「一層のこと、猫であれば良かったのに」
「うん?」
頭上の一言が依子のぼやきに軽く俯いて反応する。依子から見れば一言の表情は部屋の照明が逆光となりうっすらと影で覆われているので、その奥底に何を思うのか皆目見当がつかない。
ただ底の見えない透き通った泉のように深く澄んだ瞳は、いつものような優しさと、依子にだけ見せる色を湛えている。そもそもこの人の真意を図ることなど困難なことなのだが。
「猫じゃなくても、私の異能が『こういう』ものではなくて、なんらかの……そう、認識操作で人に見た目をごまかせるものであれば良かったのになあと、思いまして」
たとえば猫とか、犬とか、小鳥でも何でもいい。この人が気兼ねなく触れて愛を示してくれる何かに見せることだけでも出来たなら。
「それはまた、どうして?」
古くからの師で在り、今はそれだけではなくなってしまった男はまたその黒く清澄な目を瞬かせ、かつて救った弟子を、今はそれ以上の意味を持つ女の光の具合で飴色にも橄欖石色にも見える瞳を覗き込む。
「自分はこの目には敵わない」、そう互いが想い合っていることを互いに知らぬまま。
依子は己が王でもある男の膝に横向きに乗せていた頭を所在なさげにしていた身体と共に体勢を変えて、今度は後頭部を己がおとこの膝に委ねる。
耳をくすぐっていた手に自分の手を乗せて、それこそ猫のように頬をすり寄せる。「このひとはわたしのもの」だと、触れ合うことでそれを示せたらどれだけ良いだろうか。
「猫の姿になっていたら、こうして猫みたいに撫でられてもそれを素直に受け入れられたのに」
膝上の依子の言葉に一言は目を瞬かせ、それからくつくつと何かを堪えるように笑った。
「何がおかしいんですか」
「それはきっと可愛らしいだろうけど、困ってしまうなと思ってね」
密やかな笑いが収まらぬ頭上の一言を見上げて、今度は依子が目を見開いた。
驚いた表情をした一言にとって他ならぬ女の額からおとがいにかけて、一言は女と重ねたままの手でその輪郭をゆっくりとなぞる。僅かに強張る華奢な女の身体に、掌中の珠を手にした男は目を細めて薄い唇を開いた。
「君の姿が猫になってしまったら、君が私の名前を呼んでくれないでしょう? それは……困ってしまうな」
唐突な沈黙が二人の間を柔らかく包む。
躊躇いがちに告げられた他ならぬ男の言葉に、依子は目を瞬かせ数拍後に言葉の真意に気付いて顔をぽぽぽぽという音がしそうな程急激に赤らめる。
「じゃあ……今はまだ、猫じゃなくていいです」
口をすぼめてどうにか呟かれた無二の人の言葉に、ただの三輪一言は破顔して淡い色の頭を猫にするように優しく撫でた。