2008〜2012.09.25
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安心毛布というものがある。
器用な犬とその飼い主の少年の漫画に出てくる気弱な少年が、いつも手にしている毛布のことをそう呼ぶらしい。赤ん坊の時に掛けられていた毛布を、成長した今でも常に手放さない気弱な弟。
なんでだろうか、物語の中の少年があの子に重なってしまう。あの人の声を集めた宝物を、後生大事にする私の『弟』に。
膝の上に乗せている一言様の癖のある髪を一束摘まんでくるくると指で弄りながら、私は今日の――と言ってももう日も変わっているのだろうけど――事を思い出す。
狗朗が久しぶりに風邪を引いた。
一言様の命を受けて向かった東京で悪い風邪を貰ってしまったらしく、数日間寝込んでいた。熱が下がり、床から起き上がって狗朗は開口一番大まじめに『姉上、俺が倒れている間に一言様は新しい句を詠みましたか?』とのたまった。
狗朗はレコーダーにこの人の俳句を録音することが、まるで持って生まれた使命のように考えている。あのレコーダーはまだ紫ちゃんがいた頃から持っているのだから随分と持ちが良い。
「狗朗も飽きませんよねぇ」
「何がだい?」
「貴方の俳句を録音するあの趣味が、ですよ」
一言様は私の膝の上に頭を委ねながら、くすくすと小さく笑った。私の指に絡む髪が、一言様の笑った振動に少し揺れる。
「だってこっちが心配していたのに、起きて最初にそれを聞いてくるんですよ?」
「私も正直あの子の熱意に驚いてしまったよ」
「そこまでやりますかね」
「紫は随分覚えていたし、する人はするのだろうね」
「それは……否定できませんね」
かくいう私も時折この人の句を書き留めたりしているので、狗朗のことをとやかく言う資格はないのだけど。
横を向いて窓から見える月を眺めていた一言様は、ごろりと体勢を変えて私の方を見上げる。
最初は「君に悪いから」と言って膝枕を拒まれたこともあったけど、今でははこうして私の膝に頭を横たえてくれる。仕方が無いな、と言いたげな表情の一言様と目が合う。
「重くはないかい?」
「いいえ、ちっとも」
大丈夫だと幾ら伝えても、一言様は私を思いやるように手を伸ばして頬に触れる。今だけではなくいつだって、愛おしみたいのにそれ以上に愛しまれてしまう。
嫌ではないけれど、自分ばかりが一言様の優しさに溺れてたくないのに。
「私はね」
心中を察するように一言様は目を細める。この人は未来を見通すが心を見抜く目は持っていない。けれども私の心など何でも分かってしまうかのように、微笑みを向ける。
「最近句を詠む度にあの子にレコーダーを向けられるのが少しだけ嬉しくなってしまうんだ」
目を瞬かせる私に、一言様は笑みを深めて更に続ける。
「この句はクロの目を輝かせることが出来るだろうか、そんなことを考えてしまう」
「ふふ」
一言様の肌から伝わるだけではない温もりを感じ、私もつられて小さく笑う。私だって、あんなことを言いはしたが二人のそんな光景を見るのは好きなのだ。
「君とこうしているときと、少し違うけれど、似ている」
頬に触れる一言様の手が、ゆっくりと顎までのラインをなぞる。
「今日は君に何を返そうか」
その手は、その優しさは狗朗に向けるものと然程変わらないのだろう。けれども夜のほの明るい暗闇の中で向けられる、眼差しの意味だけは大きく違っているはずだ。
深い声で囁かれて、私は身を屈めてほしいものを教えることにした。
器用な犬とその飼い主の少年の漫画に出てくる気弱な少年が、いつも手にしている毛布のことをそう呼ぶらしい。赤ん坊の時に掛けられていた毛布を、成長した今でも常に手放さない気弱な弟。
なんでだろうか、物語の中の少年があの子に重なってしまう。あの人の声を集めた宝物を、後生大事にする私の『弟』に。
膝の上に乗せている一言様の癖のある髪を一束摘まんでくるくると指で弄りながら、私は今日の――と言ってももう日も変わっているのだろうけど――事を思い出す。
狗朗が久しぶりに風邪を引いた。
一言様の命を受けて向かった東京で悪い風邪を貰ってしまったらしく、数日間寝込んでいた。熱が下がり、床から起き上がって狗朗は開口一番大まじめに『姉上、俺が倒れている間に一言様は新しい句を詠みましたか?』とのたまった。
狗朗はレコーダーにこの人の俳句を録音することが、まるで持って生まれた使命のように考えている。あのレコーダーはまだ紫ちゃんがいた頃から持っているのだから随分と持ちが良い。
「狗朗も飽きませんよねぇ」
「何がだい?」
「貴方の俳句を録音するあの趣味が、ですよ」
一言様は私の膝の上に頭を委ねながら、くすくすと小さく笑った。私の指に絡む髪が、一言様の笑った振動に少し揺れる。
「だってこっちが心配していたのに、起きて最初にそれを聞いてくるんですよ?」
「私も正直あの子の熱意に驚いてしまったよ」
「そこまでやりますかね」
「紫は随分覚えていたし、する人はするのだろうね」
「それは……否定できませんね」
かくいう私も時折この人の句を書き留めたりしているので、狗朗のことをとやかく言う資格はないのだけど。
横を向いて窓から見える月を眺めていた一言様は、ごろりと体勢を変えて私の方を見上げる。
最初は「君に悪いから」と言って膝枕を拒まれたこともあったけど、今でははこうして私の膝に頭を横たえてくれる。仕方が無いな、と言いたげな表情の一言様と目が合う。
「重くはないかい?」
「いいえ、ちっとも」
大丈夫だと幾ら伝えても、一言様は私を思いやるように手を伸ばして頬に触れる。今だけではなくいつだって、愛おしみたいのにそれ以上に愛しまれてしまう。
嫌ではないけれど、自分ばかりが一言様の優しさに溺れてたくないのに。
「私はね」
心中を察するように一言様は目を細める。この人は未来を見通すが心を見抜く目は持っていない。けれども私の心など何でも分かってしまうかのように、微笑みを向ける。
「最近句を詠む度にあの子にレコーダーを向けられるのが少しだけ嬉しくなってしまうんだ」
目を瞬かせる私に、一言様は笑みを深めて更に続ける。
「この句はクロの目を輝かせることが出来るだろうか、そんなことを考えてしまう」
「ふふ」
一言様の肌から伝わるだけではない温もりを感じ、私もつられて小さく笑う。私だって、あんなことを言いはしたが二人のそんな光景を見るのは好きなのだ。
「君とこうしているときと、少し違うけれど、似ている」
頬に触れる一言様の手が、ゆっくりと顎までのラインをなぞる。
「今日は君に何を返そうか」
その手は、その優しさは狗朗に向けるものと然程変わらないのだろう。けれども夜のほの明るい暗闇の中で向けられる、眼差しの意味だけは大きく違っているはずだ。
深い声で囁かれて、私は身を屈めてほしいものを教えることにした。