パロディ時空色々
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『クリスタルの輝きをあなたの唇に、あなただけの色に染まるただ一つのきらめき――』
画面の向こうでは紫が何者かの手にまるで騎士の誓いの如く、唇を落とし妖艶に微笑む。
紫が専属モデルを務めるとある化粧品ブランドの新CMだ。ある化粧品ブランドが新設した「あなただけの美しさを」がキャッチコピーの国内向けブランドは、若者向けSNSを介して日本国内のみならずアジア諸国で急速に浸透しつつあり、近々欧米展開も視野に入れているという。
また国内においてJungleプロが運営する動画配信サイト「MORIMORI動画」内で御芍神紫が配信する動画で、実際に化粧品を試し辛口ながらも誠実なレビューによって固定ファン層から一般人にまで信頼を獲得している。
大手化粧品企業が、政府非公認事務所であるJungleプロと手を組み世界に通用する新規ブランドを立ち上げたことは芸能界でも大きなニュースになり、國常路大覚率いる非時院エージェンシーもその動向を慎重に警戒しているとのことだ。
Jungleプロのトップアイドル御芍神紫のファンの間では、今回のCMで紫が口付けをしている手のモデルは一体誰なのかと正体を突き止めることがコミュニティ内でミッションにまでなっているらしい。
「怖いですよね、犯人捜しみたいじゃないですか」
洗濯物を畳みながら当の手の主――元アイドル現作曲家の百井依子は、テレビを熱心に眺める一言に向かって呟いた。
「熱心な人は昔も今も同じだよ」
「あるんですかそんなこと」
「手法は少し違うけどね、紫のファンの人たちは穏健的だと思うよ」
「過激派は何やらかしたんですか……」
「あの頃は私たちも若かったし、時代も随分と違うから」
さらりと言ってのける一言に、依子は苦笑いして、それから溜息をついた。
「最近紫ちゃんからよく頼まれるんですよ。顔は出さないからって」
最初はたまたま紫の相手役であったモデルが、事故で撮影に参加できなくなり、たまたま同じビルのスタジオで録音作業をしていた依子が代役を務めた。それからというものの時折モデルとして撮影をする際何かと相手役として紫が指名してくるらしい。
なんでも紫曰く。
『やっぱり一言様のところで修行した仲ね、息が合うしやりやすいわ』
『貴女なら何か写真がすっぱ抜かれても同門だと知られているから好都合』
「とかなんとか言って、虫除けみたいに使ってくるんですよ!」
普通逆じゃない!? 私だって仕事があるのに! と依子は膝に置いたふかふかと柔らかい干したばかりのタオルをぽすぽすと八つ当たりに殴る。
「私は君の姿を久しぶりに見れて嬉しかったよ」
テレビ越しの手だけの姿でもね。
そう返せば依子はタオルを殴る手を止めて目を見開いて一言の方を見る。
依子がアイドルを辞めステージを去って数年、彼女の音楽をあちこちで聴いていたけれどテレビに映る姿を見るのは随分と久しかったから。彼女が違う道を選んだことを一言は反対してはいない、兄弟弟子達と同じくどこまでも行ける可能性がある。
アイドル道を指南した師としての三輪一言は、未来に向かって進む三人の姿を見守れる事を幸いに感じている。けれども。
「私自身は、なかなか君と会えないから」
ただの一個人としての三輪一言は、一人で穏やかに暮らす今の隠遁生活の中で時折自分の家がやけに広いと感じてしまう。ただ一人共に生きたいと決めた人が側にいない事に、言葉や音を紡ぐだけでは満たされない何かがあることを一言は知ってしまったから。
けれども今は依子が共にここにいる。共にあることで空虚が満たされて、初めて一言はその感情が誰によって芽生えたのかを気付いてしまった。
「一言様も寂しかったんですか」
「そうかも、しれないね」
輝かしい表舞台から去って十数年、一言は初めて言葉にも音にも出来ない、彼女以外の誰にも教えたくない感情を覚えた。
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