1999.07.11〜2004.05
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贈り物というものほど選ぶのが難しいものもないだろう、特に誕生日の贈り物は。一年、一年、年を重ねていくその節目の日の贈り物、生まれてきたことを祝福するのだから、その重みは他の物の比ではない。
大切な、敬愛する相手が喜んでくれたら嬉しい、それだけで良かったはずなのに、余計な何かがノイズのように自分の心をかき乱す。雑音の理由を突き止めようとする内に、手帳にこっそり印を付けた日付は迫ってくる。未来は真実をつかみ取ることを待ってはくれない。
時間ばかりはどうしようもなく進んでいくのだから、せめて祝福の方法くらいは自分で選択するしかないのだ。
その日は何やら家中が忙しなく感じた。
弟弟子の狗朗のみならず、珍しいことに兄弟子の紫まで何かにつけてそわそわとした素振りを見せるのだから、自分も同じ感情にならなきゃいけないように思ってしまう。夕飯を作るにもだいぶ時間があるのだというのに、自分も含めた三人で交互に台所を行ったり来たりする。
ケーキはもう午前の内に作ってある、後は主役が帰ってくるのを待つだけなのだが……。
「一言様、まだでしょうか……」
「帰ってこないねえ……」
二階の窓から玄関先とその向こうの山道を眺め、依子は狗朗と二人でぼやいた。
家主であり三人の師でもある一言は、朝から急に集落の者に呼ばれてそのまま帰ってこない。
本当は依子は一言の誕生日に三人で何かサプライズがしたかったのだが、予言という異能を持つ一言に何かを隠すということはまず不可能であり、半ば騙して祝うというやり方が兄弟子の美学と弟弟子の性分に反したので提案は却下された。
なので一言に問われたら答える程度にしておいて、極端に準備を隠しはしなかったのだが。
「本人が帰ってこないのは予想していなかったなあ……」
準備も日課の稽古も終わらせたのに、それでも一言は帰ってこない。秋の夕暮れは早い、段々暗くなっていく外に見慣れた帽子と羽織袴が見えないのがこんなにも不安になるなんて、依子は思いもしなかった。
「ところで、姉上はどうしてサプライズをしようと思ったのですか?」
狗朗は黒々とした大きな目を、見慣れた秋の景色から依子へと向けて問う。
「どうしてって」
「だって一言様は未来がおわかりになるのに」
狗朗の問いに依子は顎に手を添えて考えるが、あまり間を開けずに口を開いた。
「見えていても、『喜んでほしい』って気持ちはきっと嬉しいと思うから」
狗朗の言うことももっともだが、結局のところ、それだけなのだ。
一言はいつも自分に贈られた品よりも、贈ろうと行動したその意志を何よりも喜ぶ。見えていたって誰かが自分を思う気持ちそのものを喜び大事に受け取ってくれるのが、三輪一言という人だと依子は浅からぬ年月を共に積み重ねて知った。
「そうなのでしょうか」
「そうだったらいいなあって、思ってる」
依子は狗朗を見下ろし視線を合わせる。
三輪一言は誰にも見えない遙か遠くを見つめながら、今を抱き留める。
出来ればほんの少しだけ、気紛れでいいからその視線をこちらに向けてくれたらと願うのは弟子としての懇願だろうか。
「あっ!」
急に身を乗り出す狗朗に依子は「危ないよ」と言いながら同じ方向を見やる。
塀の向こう、舗装されていない道のずっと先に、見慣れた帽子と羽織袴。
「一言様」
依子は不意に背中を押されたように窓枠に身を乗り出して、驚く狗朗を横目にそのまま異能を使って“跳”んだ。
パチンと乾いた火花が弾けるような音の次に、依子は自分を柔らかく抱き留める腕の感触に気付く。
「無闇に“跳”んではいけないと言っただろう?」
見上げれば一言が夕日の影を背負いながら、困ったような笑みを浮かべていた。
嬉しい顔も良いけどこんな顔の一言様もいいな、ふとそんなことを思い浮かぶ。少なくとも、自分だけに向けられた顔なのだから。
「ごめんなさい一言様、お帰りなさい。それから……」
誕生日、おめでとうございます。
依子がそう呟くと、一言の顔に笑みが浮かんだので、依子もつられて破顔した。