2004〜2009
名前変換
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結論から言うと、百井依子は高校生活初っ端からやらかしてしまった。
「周防君」
放課後、教室に戻ってきた寝ぼけ眼の赤毛のクラスメートに、依子が何の気兼ねもなく呼びかければ残っていたクラスメートがザワリと密かに沸き立った。
此処で異変に気付いていれば依子は、もうすこし平穏な高校生活が送れただろう。そう後々後悔する羽目になる事を現在の彼女は知らない。
周防は気怠げな眼差しで、自分よりも頭半分は小柄な女子生徒を軽く見下ろす。
とろりとした金茶の瞳は、依子自身をぼんやりと映している。
寝惚けたライオンみたいだと、依子は頭の片隅で考えた。だが依子を含めた他のものがどうでもよいのだと思っているような、その表情がほんの少し嫌になった。
もしかしたら、その赤い髪が自分を変えてしまった赤色と重なって見えたのかもしれない。何となく張り合うつもりはないのだが、依子は周防と視線を合わせる。
(あれ?猫が目を合わせるのって喧嘩を合わせるサインだったっけ?)
依子はふと家に時たま訪れるふてぶてしい猫ーーーたしか名前は玉五郎であったはずだーーーの記憶を辿りながら周防と目を合わせ続ける。
周防は睨み返すこともなく、重たげな口を開いた。
「なんだ」
「今日の廊下の掃除当番、あなたと私だから」
はいこれ、と二本持っていたデッキブラシを差し出せば先程のざわめきが更に増したような気がする。
「……」
こいつ何言ってんだ?と内心思っているような表情をする周防は、全く恐れる様子のない依子の手からこれまた面倒そうにデッキブラシを受け取る。その瞬間、僅かに触れた周防の指先から目まぐるしく何かの映像が依子の中に流れ込む。
赤い炎、ひび割れた剣、蝶と鳥のビジョン。
時折依子はそういうものが見えてしまう。一言のクランズマンとして同調しているからなのか、予言とも言えぬ奇妙な映像が浮かぶ。だがこんなにはっきり見えたのは初めてだった。
「おい」
はっと依子の意識は目の前の周防に戻る。
なんだこの変なの、と言わんばかりの表情のままである周防に依子は自分の異変がばれてないのだと安心する。無論「変なもの」を見る目であることはそれはそれで問題なのだが。
「行くんだろ」
「あ…うん、ごめんね少しぼうっとしてしまって」
スタスタと面倒な作業をさっさと終わらせようと、周防はやや大股で教室を出る。
彼が廊下に出た途端、依子は「あ」と声をあげた。少し遅れてゆっくりと振り返った周防に依子はふわりと笑いながら彼に声をかける。
「私、百井依子。宜しくね周防君」
「…挨拶は入学式の時にやったろ」
「あなた私の名札見てから顔を見ていたでしょう?私はあなたの名前を知っているけど、あなたが私の名前を知らないのはフェアじゃないもの……それに」
依子は笑みを浮かべた表情のままに、その緑がかった目はひどく透徹したものへと変化する。
「長い付き合いになりそうだから」
そう言って依子は周防の後に続いて教室を後にした。
教室を出た途端、その中から何やら盛り上がっている話し声が聞こえたが二人は気にすることなく淡々と廊下掃除を終わらせた。
かくして周防は草薙との邂逅から間も無くして、百井依子と知り合うことになった。
同時に依子は「あの猛獣をおとなしくさせたやつ」としてクラスメートや同学年の生徒から畏怖と敬意と好奇心が混ざったような目で見られるようになり本人は大変当惑した。
またその噂に尾びれ背びれ胸びれがつきまくった結果、「周防の女」と一部で噂され要らぬ災難を被るようになったのはまた別の話。