比目の魚
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とろとろとした温もりがたゆたう心地良い空間が、衝撃一つ与えずに開かれた様な感覚を覚えて雪はゆっくりと瞼を開けた。
外はまだ暗く僅かな月明かりに照らされて、よく知る淡い色の髪と輪郭が浮かび上がる。
「しおんどの……」
随分長い間、どうにも捨てられない慕情を抱き続け、そして今、互いの意志に依らぬ思惑によって己の夫になってしまったひと。
口にして名を呼んだところで、雪は自分の状況と違和感に気付く。
いつものような営みの後、どうやら士遠は気を失うようにして眠っていた自分を、抱き起こし胡座の上に抱きかかえていたらしい。
意識のない人の体は意識ある時よりも重いというのに、彼にとってはそうでもないのだろうか。日頃、生きた人の血と骨の詰まった首を落とすのが生業である士遠と、剣を振らずに生きてきた自分とでは膂力が違うのだから、士遠にとって自分が思うほど然程難しいことではないのかもしれない。
肌を重ねることが好きか嫌いかは未だにわからず、苦痛ではなくなったものの、たまには今のようにただ静かに触れ合うだけでも雪は十分に満たされる。けれども互いの中に欲と熱がないわけではないのだ。
「起こしてしまったか」
「いいえ、ところで、そのこれは一体……?」
雪は今、士遠に抱えられている。片腕で体が支えられ、胡座をかく足の中にすっぽりと収まっているのだ。そして士遠のもう片方の手が、何故か雪の頬に触れている。違和感の正体が士遠の手であったことに安堵しながら疑問も生じる。
「ああ、いや、これは……なんと説明すればいいのかな」
少し困ったような声音を漏らしながらもその手は雪の輪郭をなぞる。乾いた指が怖々と触れるので、雪はくすぐったくて軽く身を捩らせる。
「君の形を確かめたくて」
迷いながら出される言葉に、雪は少しばかり目を見開いてから目を細め頬に触れる士遠の手に自分の手を重ねる。
「顔だけでよろしいのですか?」
士遠の体が強張る。ねだるように、誘うように重なった士遠の手の甲を指でなぞれば再び熱を帯びてきた雪の体は、他ならぬ士遠によって再び蒲団へと沈められた。
†
最初は怪我を確かめる真摯な彼女の手に、触れられるだけで良かったと思っていた、そのはずだった。
今も士遠は恐る恐る彼女の輪郭を確かめる。 「波」でのみ把握できる彼女の姿ではなくて、今己が抱きしめる確かなかたちを知っていたい。静かに寝息を立てる柔らかな頬を撫でているだけで十分に満たされていた。そのはずなのに。
「顔だけでよろしいのですか」
試すような彼女のひと言が、こうも簡単に士遠を乱す。
満たされていたはずの自分が、嘘のように消えていく。
「君はずるいな」
気がつけば士遠は腕の中で抱えていた雪を再び押し倒し、蒲団に二人して縺れ込んでいた。
彼女の頬から、か細い首を、それから肩を普段は刀を握る指でその輪郭を辿れば、雪の肌は次第に熱を帯びていく。
触れられたら、それだけでよかったのに。
「士遠殿」
「顔だけでは、足りないな……足りなくなって、しまった」
士遠の言葉に、雪は小さく笑って士遠の首に腕を回す。重なる彼女の頬が随分と熱い、その熱が最初はどちらのものだったのか士遠にはとうに分からなくなっていた。
うなじを細い指がかりりと引っ掻く。それが了承の合図であるように、士遠は寝巻き越しに再び彼女の輪郭を確かめる。鎖骨から、腰に飛んで、それからその上のもっと柔らかく丸い部分を。
士遠の手が触れる場所を変える度に雪の体は小さく震え、体を強張らせながらも裾から足を割り出して士遠の足に絡める。
肌が触れ合う部分からじわじわと熱が広がり、一点に集まろうとする。こんな熱を誰かに抱くなんて以前の士遠は思いもしなかった、けれども今は違う。どちらからともなく灯された熱が、自分を突き動かしている。彼女もそうなのだろうか。
「雪」
「んんっ」
耳元で囁けば、ふるりと胸の膨らみが揺れ更に首が強く引っ掻かれる。自分には見えないが明日には痕になってしまうだろうな。
「あなたも、たりないの?」
「ああ、そうなんだ」
士遠は小さく苦笑して、あえかな吐息を漏らす唇を自分のそれで塞いだ。
外はまだ暗く僅かな月明かりに照らされて、よく知る淡い色の髪と輪郭が浮かび上がる。
「しおんどの……」
随分長い間、どうにも捨てられない慕情を抱き続け、そして今、互いの意志に依らぬ思惑によって己の夫になってしまったひと。
口にして名を呼んだところで、雪は自分の状況と違和感に気付く。
いつものような営みの後、どうやら士遠は気を失うようにして眠っていた自分を、抱き起こし胡座の上に抱きかかえていたらしい。
意識のない人の体は意識ある時よりも重いというのに、彼にとってはそうでもないのだろうか。日頃、生きた人の血と骨の詰まった首を落とすのが生業である士遠と、剣を振らずに生きてきた自分とでは膂力が違うのだから、士遠にとって自分が思うほど然程難しいことではないのかもしれない。
肌を重ねることが好きか嫌いかは未だにわからず、苦痛ではなくなったものの、たまには今のようにただ静かに触れ合うだけでも雪は十分に満たされる。けれども互いの中に欲と熱がないわけではないのだ。
「起こしてしまったか」
「いいえ、ところで、そのこれは一体……?」
雪は今、士遠に抱えられている。片腕で体が支えられ、胡座をかく足の中にすっぽりと収まっているのだ。そして士遠のもう片方の手が、何故か雪の頬に触れている。違和感の正体が士遠の手であったことに安堵しながら疑問も生じる。
「ああ、いや、これは……なんと説明すればいいのかな」
少し困ったような声音を漏らしながらもその手は雪の輪郭をなぞる。乾いた指が怖々と触れるので、雪はくすぐったくて軽く身を捩らせる。
「君の形を確かめたくて」
迷いながら出される言葉に、雪は少しばかり目を見開いてから目を細め頬に触れる士遠の手に自分の手を重ねる。
「顔だけでよろしいのですか?」
士遠の体が強張る。ねだるように、誘うように重なった士遠の手の甲を指でなぞれば再び熱を帯びてきた雪の体は、他ならぬ士遠によって再び蒲団へと沈められた。
†
最初は怪我を確かめる真摯な彼女の手に、触れられるだけで良かったと思っていた、そのはずだった。
今も士遠は恐る恐る彼女の輪郭を確かめる。 「波」でのみ把握できる彼女の姿ではなくて、今己が抱きしめる確かなかたちを知っていたい。静かに寝息を立てる柔らかな頬を撫でているだけで十分に満たされていた。そのはずなのに。
「顔だけでよろしいのですか」
試すような彼女のひと言が、こうも簡単に士遠を乱す。
満たされていたはずの自分が、嘘のように消えていく。
「君はずるいな」
気がつけば士遠は腕の中で抱えていた雪を再び押し倒し、蒲団に二人して縺れ込んでいた。
彼女の頬から、か細い首を、それから肩を普段は刀を握る指でその輪郭を辿れば、雪の肌は次第に熱を帯びていく。
触れられたら、それだけでよかったのに。
「士遠殿」
「顔だけでは、足りないな……足りなくなって、しまった」
士遠の言葉に、雪は小さく笑って士遠の首に腕を回す。重なる彼女の頬が随分と熱い、その熱が最初はどちらのものだったのか士遠にはとうに分からなくなっていた。
うなじを細い指がかりりと引っ掻く。それが了承の合図であるように、士遠は寝巻き越しに再び彼女の輪郭を確かめる。鎖骨から、腰に飛んで、それからその上のもっと柔らかく丸い部分を。
士遠の手が触れる場所を変える度に雪の体は小さく震え、体を強張らせながらも裾から足を割り出して士遠の足に絡める。
肌が触れ合う部分からじわじわと熱が広がり、一点に集まろうとする。こんな熱を誰かに抱くなんて以前の士遠は思いもしなかった、けれども今は違う。どちらからともなく灯された熱が、自分を突き動かしている。彼女もそうなのだろうか。
「雪」
「んんっ」
耳元で囁けば、ふるりと胸の膨らみが揺れ更に首が強く引っ掻かれる。自分には見えないが明日には痕になってしまうだろうな。
「あなたも、たりないの?」
「ああ、そうなんだ」
士遠は小さく苦笑して、あえかな吐息を漏らす唇を自分のそれで塞いだ。