比目の魚
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・彼の心情
「お顔に触れてもようございますか?」
雪に神妙な声音で問われ、何事かと首を傾げながらも士遠は頷いた。
僅かな間の後、柔らかく小さな両手が士遠の頬を包んだと思えば、不意に顎の辺りに温かなものが当たる。一瞬触れた瑞々しい感触は、士遠のよく知っているものだ。
「あ……」
「口吸をするなら言って欲しかったな」
残念そうに小さく声を漏らした雪に、士遠は思わず苦笑が溢れる。
「ふと、したくなってしまって」
彼女は意外と大胆な事が出来るらしい。けれども今回は生憎と背丈が足りなかったようだ。
恥じらいの混ざる彼女の言葉が続く前に、士遠は軽く屈んで彼女と同じ事をし返した。
勿論、彼女がしたかったであろう正しい場所に。
・彼女の真情
「お顔に触れてもようございますか?」
不意に士遠に触れたくなって、思わず問うてしまった事を、雪は口にした直後に後悔した。
けれども士遠は嫌な顔一つせず、少し不思議そうにしながらも頷いて了承してくれた。
恐る恐る両の手で少し硬い頬に触れる。それから背伸びをして口吸をしたかったのだが、叶わなかった。
目一杯背伸びをしても僅かに高さが足りず、雪の唇は士遠の顎を掠めただけだった。
数字にすれば約七寸(約二十一センチ)ほど、大体頭ひとつ分も背丈が違えばこうなることも見えていたはずなのに、どうしてか雪はそんな事実をすっかり忘れて、士遠に触れたくて堪らなかったのだ。
「あ……」
仕損じてしまって思わず漏れた声に、士遠は苦笑する。
「口吸をするなら言って欲しかったな」
士遠の言葉に、雪は恥ずかしくなって俯く。
こんな衝動が己にもあるのだと、知らなかったのだ。知ったのは士遠とこんな仲になってからだ。
己に慕情という火種を撒いたのは、他ならぬ士遠なのだから。
「ふと、したくなってしまって」
衝動に突き動かされているだけの女のようになっている己が恥ずかしくて、言い訳の言葉が段々小さくなっていく。言い訳ではあるが紛れもない本心なのは確かだ。
けれどもその雪の本心による行動を、彼はどう思うのか。
不安に染まりゆく雪の頬を、硬く大きな手が包みそのまま軽く上を向かされる。
目を見開く雪が次に感じたのは、先程自分が触れようとして叶わなかったものの温もりだった。