しのぶれど
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「今日の舞台に出ていたあの役者は、随分と色男でございましたねぇ」
ほう、とため息をつく雪に、佐切は苦笑した。
佐切の供として渋々と言った体で歌舞伎の舞台を見に来ていたというのに、余程気に入ってしまったらしい。
いつもは穏やかで冷静で滅多なことでは表情を大きく変えない雪が、芝居小屋を出た後頬を染め恍惚とした表情を浮かべていたので、佐切は一瞬だけ同一人物かどうかを疑う程であった。
あの場面(シーン)の主人公が良かっただの、敵役(ライバル)との口上がかっこよかっただの、舞台が終わってから二人で茶屋で一頻り話し込んでいたら随分と時間が経っていた。
「雪はどの方が気になったんですか?」
「佐切さまがお好きだという役者の隣にいた、あの涼やかな目元の方です」
うっとりとするような声で答えた雪に佐切は今日の演目を思い出す。佐切が贔屓にしている役者が演じる武将の相棒であり知に優れた男、という役柄であった筈だ。帰り際に佐切と共に浮世絵と千社札まで買っていた。余程気に入ったのだろう。
名前こそは思い出せないが確かその男は、
(ああ)
佐切は一人合点が言った。
その役者は、士遠に似ていたのだ。
両の眼(まなこ)を縦断する凄味のある傷痕や、こざっぱりとした髪型は当然していないが、柔らかく笑う時の口元であったり目を伏せた時の目元の凛として沈着な趣きがどことなく似ていた。
本人は隠しているつもりなのだろうが、彼女が士遠に対し何か想いを秘めていることを佐切もうっすらと察していた。
気付いていないのは、恐らく士遠自身だけだろう。
「なんとなく、士遠殿に似ていましたね」
佐切の何気ないひと言に、夢見心地の表情を浮かべていた雪の顔が急に冷静さを取り戻した。
「佐切さま」
ぬるくなった茶を一気に飲み干し、雪は告げる。
「ああいう穏やかで聡そうな顔をしている男というものは、得てして朴念仁で女心というものを一切介さないろくでもない男です」
「はあ」
「自分に惚れている女がよその男と祝言を挙げたって笑って寿ぐような男に決まっています」
「はい」
「佐切さまはご当主(お父君)もしっかりとしていらっしゃるからそのような男に引っかかることは無いと私は信じておりますが、どうかお気をつけてくださいまし」
「……肝に、命じます」
やけに現実味のこもった雪の忠言を、佐切は引きつった笑みと共に受け入れた。