しのぶれど
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あれは確か佐切が四つになったばかりの頃だと思う。つまり自分がこの家に来たばかりの頃で、佐切の世話役という与えられた役目にもまだ不慣れだった時の事でもある。
「佐切さま、そろそろご機嫌を直してくださいませんか?」
「…………」
何が原因だったかなんてとっくに忘れてしまったが、多分些細なことだったのだろう。それがきっかけで佐切が大泣きして、泣き止んだかと思えばぶすっと不機嫌そうに黙りこくってしまったのだ。
「普段は朗らかな方なのだから、きっとすぐに元に戻る」なんてたかを括っていた当時の自分は浅はかだった。あれこれ試してみたものの一刻経っても佐切の膨れっ面は変わらなくて、かつての雪は大いに困り果てた。
あの時の雪自身まだ子供だったし、山田家に来て日も浅かった。顔を見合わせても事態が好転するわけでもなし、お菓子で泣き止ませる事も今後の事を考えればあまりしたくない。
そもそも人を笑わせるという行為をあの時の雪には出来なかった、何せ自分が笑うことができなくなっていたのだから。
「何がそんなにお嫌なのか、雪に教えてくれませんか?」
「…………」
しゃがみ込み、佐切と視線を合わせて問いかける。それでも佐切は小さな唇を尖らせて俯いたまま。
万策尽きて、雪自身が泣きたくなったその時。
「佐切に雪じゃないか、一体どうしたんだ?」
「しおんどの」
声変わりし低くなったばかりの、けれどもよく知る人の声がして不満げなまま佐切は顔を上げて、つられて雪も振り返る。
雪の後ろに立つ士遠は不思議そうな顔をして雪と佐切の二人を交互に見やった。
「士遠殿、お助けください……!」
「本当にどうしたんだ!?」
藁にも縋りたい一心で雪が一連の事情を説明すると、士遠は愉快そうに小さく笑った。
こちらは真剣なのに! と雪は内心憤りを感じたが、「私に任せてくれないか」と言ったのち士遠は「ある手段」を用いてたちまち佐切を笑わせたのだった。
†
「本当に、あの時ほど士遠殿に嫉妬をしたことはありませんでした」
自分で持ってきた茶を啜り、雪がしみじみと思い出に浸る傍らで佐切は羞恥で少しだけ顔が熱くなった。
昔の思い出話をするのは好きだが、覚えてもいない自分の小さな頃をあれこれと目の前で語られるのはやはり恥ずかしい。
「雪、士遠殿はどうやって私の機嫌を直したんですか?」
話を逸らしたくて佐切は雪に問いかける。
「どうと言いましても……」
雪は困ったようにーーと言っても対して表情は変わらないがーー小首を傾げ、湯呑みを置き両の手を頬に当てた。
「こう、このように、頬を手で潰して変な顔をしたのですよ。そうしたら佐切さまは途端にご機嫌に笑い出して」
「ああ、それは……」
それは幼い頃に泣きそうになる佐切に対し、士遠がよく使っていた常套手段であった。幼い頃の刷り込みか、今でもそれを見せられるとついおかしくなって笑ってしまう。
「あの時は本当に悔しくて仕方がありませんでした」
「そこまでですか……?」
生真面目なかつての世話役は真剣な面持ちで佐切に頷く。
「あれは狡うございます、睨めっこなぞすれば家中で勝てるものはいませんでしょう」
「そもそも士遠殿は相手の顔が見えませんからね」
士遠に対して心底悔しそうにする雪という珍しいものを前にして、佐切は小さく苦笑を漏らしながら茶請けのおかきを摘んだ。
「佐切さま、そろそろご機嫌を直してくださいませんか?」
「…………」
何が原因だったかなんてとっくに忘れてしまったが、多分些細なことだったのだろう。それがきっかけで佐切が大泣きして、泣き止んだかと思えばぶすっと不機嫌そうに黙りこくってしまったのだ。
「普段は朗らかな方なのだから、きっとすぐに元に戻る」なんてたかを括っていた当時の自分は浅はかだった。あれこれ試してみたものの一刻経っても佐切の膨れっ面は変わらなくて、かつての雪は大いに困り果てた。
あの時の雪自身まだ子供だったし、山田家に来て日も浅かった。顔を見合わせても事態が好転するわけでもなし、お菓子で泣き止ませる事も今後の事を考えればあまりしたくない。
そもそも人を笑わせるという行為をあの時の雪には出来なかった、何せ自分が笑うことができなくなっていたのだから。
「何がそんなにお嫌なのか、雪に教えてくれませんか?」
「…………」
しゃがみ込み、佐切と視線を合わせて問いかける。それでも佐切は小さな唇を尖らせて俯いたまま。
万策尽きて、雪自身が泣きたくなったその時。
「佐切に雪じゃないか、一体どうしたんだ?」
「しおんどの」
声変わりし低くなったばかりの、けれどもよく知る人の声がして不満げなまま佐切は顔を上げて、つられて雪も振り返る。
雪の後ろに立つ士遠は不思議そうな顔をして雪と佐切の二人を交互に見やった。
「士遠殿、お助けください……!」
「本当にどうしたんだ!?」
藁にも縋りたい一心で雪が一連の事情を説明すると、士遠は愉快そうに小さく笑った。
こちらは真剣なのに! と雪は内心憤りを感じたが、「私に任せてくれないか」と言ったのち士遠は「ある手段」を用いてたちまち佐切を笑わせたのだった。
†
「本当に、あの時ほど士遠殿に嫉妬をしたことはありませんでした」
自分で持ってきた茶を啜り、雪がしみじみと思い出に浸る傍らで佐切は羞恥で少しだけ顔が熱くなった。
昔の思い出話をするのは好きだが、覚えてもいない自分の小さな頃をあれこれと目の前で語られるのはやはり恥ずかしい。
「雪、士遠殿はどうやって私の機嫌を直したんですか?」
話を逸らしたくて佐切は雪に問いかける。
「どうと言いましても……」
雪は困ったようにーーと言っても対して表情は変わらないがーー小首を傾げ、湯呑みを置き両の手を頬に当てた。
「こう、このように、頬を手で潰して変な顔をしたのですよ。そうしたら佐切さまは途端にご機嫌に笑い出して」
「ああ、それは……」
それは幼い頃に泣きそうになる佐切に対し、士遠がよく使っていた常套手段であった。幼い頃の刷り込みか、今でもそれを見せられるとついおかしくなって笑ってしまう。
「あの時は本当に悔しくて仕方がありませんでした」
「そこまでですか……?」
生真面目なかつての世話役は真剣な面持ちで佐切に頷く。
「あれは狡うございます、睨めっこなぞすれば家中で勝てるものはいませんでしょう」
「そもそも士遠殿は相手の顔が見えませんからね」
士遠に対して心底悔しそうにする雪という珍しいものを前にして、佐切は小さく苦笑を漏らしながら茶請けのおかきを摘んだ。