小樽編


杉元side.

俺たちは朝早くから狩りをしていた。アシリパさんに連れられるままに歩いていた。

「ここを下ると羆の巣穴がある。羆は自分で巣穴を掘るが、誰かが掘った古い巣穴も再利用するんだ」

そう言ってアシリパさんは辺りをキョロキョロする。

「あそこの裏にあるぞ。試しに見てこい」

「なんで俺が?」

言われるがまま、俺は羆の巣穴に近づく。そして、アシリパさんが言っていたことを思い出す。

―入り口に氷柱があったり、生臭かったら羆がいる可能性が高い―

ぐっすり冬眠しているかと聞けば、うつらうつらしてこもっているだけで煩くしたら飛び起きるとのこと。正直、静かに近づいたとしてもそんな所には行きたくはない。

アシリパさんに言われた通り、静かに穴の中を覗く。

「(氷柱があるじゃねえか…熊笹が丁寧に敷き詰められてる)」

穴の中を確認し終えた俺は、穴の中の熊を起こさないように静かに離れる。

「どうだった?」

「いるかも」

「捕まえるか?」

「どうやって!?」

あんなに凶暴な羆を捕まえる方法なんてあるの!?驚いている俺をよそにアシリパさんは淡々と説明する。

「穴の入り口に杭を打って塞ぐ。警戒した熊が杭の隙間から顔を出したら毒矢を打つ。でも勇敢だった私の父やアカリ・ケイジュロウは毒矢を握りしめて巣穴に潜っていき、一人で羆を仕留めたものだ」

ひえー、アシリパさんのお父さんスゲー…あと、アカリさんとケイジュロウさんっていう人も。名前からして、日本人なのか。

俺の疑問はよそにアシリパさんは話を続ける。

「アイヌの言い伝えにこういうものがある」

―羆は巣穴に入ってきた人間を決して殺さない―

「(絶対、嫌だ)」

それだけは絶対にしたくない。

「今すぐ羆を食わなきゃ餓死するってわけじゃねえし、行こうぜ」

俺たちはしばらく森の中をフラフラと歩く。そう言えば…

「さっきアシリパさんが言っていた“アカリとケイジュロウ”っていう人は兄妹?」

「いや、アカリケイジュロウとは血の繋がりはない。だが、私が小さい頃からずっと一緒にいる。だから、姉や兄みたいなものだ」

いつもよりもアシリパさんの目がキラキラと輝く。

「そうなんだ。大好きなんだな、二人のことが」

「ああ、大好きだ!アカリは男に負けないくらい強くて、美しくて、かっこいいんだ!ケイジュロウは力持ちで頼りになる優しい男だ!私はアカリのように強くて綺麗でケイジュロウのように頼りにされる女になりたいと思っている」

「へぇ〜、俺も会ってみたいな」

「会ってみるといい!きっと杉元も私の言いたいことがわかるぞ!!……ん?」

「どうした、アシリパさん」

「杉元、あれなんだろう?」

アシリパさんが指を指した方向を見る。

「何か光ってる…私達が今朝まで泊まっていた辺りだ」

キラリと一瞬、光った。あれは!!

「ヤバい!!あれは双眼鏡だ」

俺はアシリパさんを抱え、追跡したきた奴らに背を向けて走り出す。

「何人いる?!」

「3人!…いや!4人だッ!ものすごい速さで降りてくる!」

「完全に油断していた…!」

罠も用意してねえ…マズいぞ…雪の上では足跡が目立つから逃げ切れねえ。いずれ距離を詰められる!どうする!?

「あ!!杉元!笹薮を通って逃げろ!足跡が目立たないから追跡が遅れる!」

近くの笹薮に飛び移るが笹薮が俺の足を遅くさせる。

「(だめだ…逃げ切れない)」

逃げる足を一旦止めて息を整えるのと同時にアシリパさんを下ろす。どうやっても二人で逃げ切るのは無理だ。

「アシリパさん、二手に別れよう…奴らは大人の足跡だけを追うはずっだ」

アシリパさんに俺が持っている二枚の刺青人皮を渡す。

「これをアシリパさんが持っていてくれ…もしも捕まったら、一切抵抗せずに奴らに渡せ!何も知らないフリをしろ。子供まで殺す連中じゃない」

そう言って俺はそのまま直進しようとして方へと足を向けた。

「俺が言った通りにするんだぞ、いいな!」

「杉元ッ、アイツらと戦おうなんて思うなよ…殺されるぞ…」

上等だ…殺れるものなら殺ってみやがれ…。

「俺は『不死身の杉元』だ」

俺とアシリパさんは二手に分かれた。



...



軍人side.

「止まれ!銃を捨てろ…銃剣もだ」

軍帽を被った男に言い放つ。

「なぜ逃げる?」

「なぜって、あんたら密猟者を捕まえに来たんだろ?禁止されている鹿を射っていたんだ。アイヌのガキに案内させてな」

男がこちらを振り向く。顔にカタカナのサのように傷が走っている。あの傷、どこかで見たことがある。

…!そうだ、あの時に見た顔と同じだ。

「ふん、紛らわしい…」

「その顔…旅順の野戦病院で見たことがある…第一師団にいた杉元…『不死身の杉元』だ」

「「!!」」

玉井伍長も岡田もあの『不死身の杉元』とわかれば男に向けて銃を構えた。

「一度意識を取り戻した尾形上等兵が力を振り絞って文字を書いた…『ふじみ』と…尾形上等兵を襲ったのは貴様だな?…杉元…」

何も答えない杉元。両手を上げて、微動だにしない。帽子のつばの所為で顔がよく見えない。一体、何を考えている?

「腹這いになって両手を後ろに回せッ…腹這いになれと言っているんだ!杉元!!」

「言うこと聞け!」

全く言うことを聞こうとしない杉元。

「…面倒だ…両膝を撃ち抜いてしまえ」

「チッ!!」

急に舌打ちをしたかと思えば、杉元は俺たちに背を向けて走り出した。

「チクショー!!俺はッ…不死身だーー!!」

そう言って、穴の中へと飛び込んだ。飛び込んだ穴へと近づき、中を確認するが暗くて何も見えない。

「煙で燻り出しましょうか?」

「あー、もういい。撃とう、撃とう」

「いや、しかし。死なれたら聞き出せませんよ」

「…本物なのなら、死なんのだろう?確かめてみようじゃないか」

バン!

玉井伍長が穴に向かって一発撃ち込む。これで死んだのなら、不死身も存外大したことはないのかもな…

俺たちは穴から死にかけの杉元が出てくると思っていた。だが、出てきたのは獰猛な羆だった。羆が出てきた時、一発の銃声が聞こえたがすぐに視界が羆の毛で覆われる。羆の爪が俺の背中に食い込む。攻めてもの足掻きで羆に短剣をぶっ刺す。

短剣を刺したことで羆の爪から逃れたが、深く爪が入りすぎてしまった。その痛みで俺の体は言うことが効かなくなり、足は俺の身体を支えられなくなっていた。だが、こんな羆ごときに負けるわけにはいかん!

「どうした!?怯んだか!?帝国陸軍第七師団相手にただで済むと思うな!!かかってこい!!!」

痛みに逆上した羆は俺に向かってその両手の爪を振り下ろした。なんとか転がって避けるが次の爪が俺に向かって振り払われようとしたその時。

「……最近はやたらと軍人に会うな…」

目の前に人が現れた。そしていとも簡単に羆の攻撃と止めた。

「…軍人、羆と対峙すならばその短剣では心もとないぞ」

そう言い、羆の爪を押し返す。

「あんた、は…一体…?」

目の前の奴は全身が真っ白で白く長い髪を高く結付けていた。あの少しの動きを見ただけでわかる。無駄な動きが一切なく洗礼されたものだった。獰猛な羆を目の前にしているのに奴は俺に余裕の笑みを見せた。

「私か?…私の名前は、煉獄明黎だ」

煉獄、明黎だと…!?こいつが…

「お前の怪我は酷いな…早く治療をしたほうがいいだろう…貴様には悪いが、ここで死んでもらおう」

彼女は青い袋の中から刀を一本取り出す。そして腰にへと差した。綺麗な動作刀を引き抜く様は美しかった。引き抜かれた刀は炎のように紅く独特な波紋をしていた。

「(本当に火が燃えているようだ)」

羆に向かって静かに刀を構える。羆を前に一切呼吸が乱れていない。彼女よりも羆のほうが怯えているようにも見える。羆がその恐怖を拭うかのように彼女に向かって突進してくるが表情に一切の変化はない。

「…お前の肉はちゃんと私の血肉にしてやる。それがせめてもの償いだ」

気づけば彼女は羆の後ろにいた。そして時間差で首が地面へと落ちた。全てが一瞬で見えなかった…気づけば羆の首が落ちていた。羆でも瞬殺してしまう彼女なら俺たちなんて足元にも及ばないだろう。

刀についた血を払い落とし、刀を鞘に戻した彼女は俺の近くに来た。

「傷を見せてみろ……まだ血がとまっていないな。ここでは軽い応急処置しかできない。近くに私が身を寄せているコタンがある。そこまでお前を連れて行く」

「他の、仲間…は?」

俺は処置を受けながら、彼女に聞いた。
彼女は首を振り、もう死んでいたと言った。俺ならまだ助かると言われ大人しく彼女に従った。彼女は俺におぶってコタンまで運ぶと言った。女が男を、しかも軍人を運ぶだなんて不可能だ。

自分の足で歩くと言えば、それでは俺が死ぬと言われた。それでも俺は女に背負われるのは嫌だった。彼女は少し眉を寄せれば問答無用で俺を背負った。背中の傷もあり暴れるだなんてことはできなかったから大人しくした。

彼女は涼しい顔で俺を背負い走った。走っているというのに俺自身全くと言っていいほど揺れなかった。あまりの心地の良さにそのまま意識を手放した。女に背負われたまま死ぬだなんて恥ずかしいことだが俺はそれでもいいと思った。こんなに安らかに逝けるのなら満更でもなかった。

だが、俺は悪運が強かったようだ。俺に生きろと運命は言っている。
俺は一週間後アイヌのチセと呼ばれる家の中で目を覚ました。

「お、目が覚めたか…おはよう、軍人」


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