小樽編


桂寿郎side


杉本たちに挨拶を終え、姉上は一足先に自分のチセに戻り、軍人の容態を確認していた。怪我による熱が少し下がっていたが、気が抜けない状況が続いていた。

「姉上」

杉元たちとの食事が終わった俺は姉上のチセにやってきた。

「どうですか、軍人は…」

「まだ、いいとは言えない…いつ容態が急変するか分からない」

「やはり、この人の生命力次第…ですか」

しばらく静かな時間が続く。姉上は軍人の額に乗せた手ぬぐいを湿らせもう一度額に乗せる。そして、姉上が口を開く。

「桂寿郎、明後日の朝までこの軍人を頼みたい」

「どかこ行くのですか?」

「あぁ、明日どうしても行きたいところがあってな。それと小樽の医者にも用があってな。頼めるか?」

「それは勿論大丈夫ですが、どこか具合が悪いのですか?」

少し左目がなと言って少し濁すよう言う。確かに心なしか姉上の左目がいつもよりも赤く見えた。普段は右目より少し赤いぐらいで滅多には気づけないのだが今日はどうやら違うみたいだ。

「炎竜牙…使ったのですね」

ただ軍人を見続ける姉上。肯定は沈黙というのがあるがまさにそうだろう。

「使わないでくださいとは言いません。ですが姉上のことを心配する人が大勢いるということを忘れないでください」

「わかった」

こちらには振り向かずに言う。姉上は顔を少し下に向けたが、その表情までは分からなかった。きっと悲しい顔で笑っているだろう。そうであると信じたい。

その後は特に話すこともなく俺は自分のチセに戻った。



...




明黎side

「それじゃあ頼んだぞ」

「任せてください、姉上」

「行ってくる」

私は町に降りるため夜が明けてすぐにコタンを発った。町に行く前にある小屋に向かった。そこはある鳥の飼育をする為に私が建てた小屋だった。

狗丞いぬじょう

「キャン!」

私の友の一人のイヌワシで、私の良きバディだ。忠実に指示を聞いてくれる頭のいい子で人の言葉を理解している節がある。だがら時にこの子に手紙を届けてもらうこともある。今回はある人物に手紙を届けて欲しくて私はここに寄った。

「狗丞、今日は頼みがある。この手紙を小樽町の病院に持って行って欲しい」

そう言って、狗丞の足に手紙を巻き付ける。顎と腕を怪我している軍人にこれを届けてくれなと狗丞を飛ばす。町へと向かったのを確認して私も町に向かった。その途中弟からくすねた(元は私の)酒を少しずつ飲みながらゆったりと歩いた。



...



「ピィー!キャン、キャン!!」

手紙を届け終えた狗丞は私宛に書いてくれた相手の手紙を渡した。

-待っています。-

少しふにゃりとした文字で書かれていた。骨折していた腕は確か右腕だった。無理して書いてくれたのだろうか。そうなら少しうれしい。

「ピィー」

「ん?まだ何かあるのか」

「ピ、ピ、ピィー!ピュイー!」

「……そうか…久しぶりに引っかかってみるか。面白そうだ」

狗丞は手紙の他にも病院の状況を教えてくれた。どうやら狗丞が私の手紙を届けた後、病院の方では騒ぎが起きているらしく第七師団の連中が院内で私が来るのを待っているということだ。

「(本当はあの軍人と二人きりで話したかったのだが仕方がない)…狗丞、お前にひとつ頼みたいことがある。頼まれてくれるか?」

「ピィーー!」

いい返事だ。さて、面白くなってきた…!




...




尾形side

_時は進み丑三つ時頃。


あと少しで約束の時間であろうというぐらい。俺は一人病室で天井を眺めていた。だが、外には鶴見中尉と月島軍曹を含めた少数精鋭が病室の外で息を潜めて待っていた。

俺はこれについて少しやりすぎではないかと思っていた。それはそうだろ、たかが見舞いだぞ?それをする必要がどこにある。ま、俺にはなくても鶴見中尉にはあるのか…。

俺はただ時間が過ぎるのを待った。いつもより時間が経つのが遅く感じた。体感で言えばもう丑三つ時なんか過ぎてような気がして、奴は来ないんじゃないと思うぐらい長く感じていた。

「…来ない…か」

「誰が来ないって?」

「ッ!」

声のした方を向けば、そこには一人の女が窓の縁に座っていた。今日はちょうど満月で溢れんばかりの光が女に降り注いでいた。髪が白いからだろうかさらに光が強調された。生まれて初めて美しいと思った。一目惚れ…とはまさかこのことか。

「私はちゃんと約束を守ったぞ?それどころか少し早めに来てしまった」

悪戯が成功した子供のように笑う女。それすらも美しいと思ってしまう俺はもう重症らしい。女は俺のいるベットの右側に椅子を置き座って、傷の具合はどうだと聞いてきた。まだ治りかけの顎をかばいながら少し痛いと言った。だろうなとでも言うかのように微笑み俺にあるものを見せた。

「これは?」

「塗り薬だ。傷によく効くものでな、これを使ってくれた人はみな絶賛してくれた。骨折に効くかどうかはまだ分からないが、その顎の手術痕は少しは薄くなるかもしれないから塗るといいぞ」

左手だけでは塗るのは大変だろう私が塗ってやると言って顔の包帯を取って塗り出した。若干、塗られている時に痛みがあったが気になるほどではなかった。塗り終われば最初にあった痛みすらないほど効果が感じられた。

「(どうしてこの女はわざわざ俺にこんなことまでするのだろうか)」

たかが一介の軍人だ。この女がここまでする道理がない。俺に何か見返りを求めるだろうか。それとも他の何かか…。右腕にも薬を塗る女を見る。

「何か言いたそうだな?」

女が口を開き俺にそう尋ねた。俺は言うかどうか迷った。言ってしまえば要らぬ事まで聞いてしまうと思ったからだ。だが、俺はどこかでこの女だったら言ってもいいじゃないかというよく分からないものがあった。きっと、それの所為だ。

「どうしてアンタはここまでする?何か理由でもあるのか?」

「理由?…今思えば考えなかったな。これは私がやるべき事だとばかり」

自分の耳を疑った。理由がない?そんなことが有り得るのか?

「そうだな…理由をつけるなら、私がそうしたかったから…だろうか。お前の怪我をしっかり自分の目で確認して安心したかったからかもしれない」

「見るだけでいいだろ…わざわざ薬を持ってくる必要は無い」

「私の善意だ。素直に受け取ってくれ」

何だかはぐらかされたような気がする。薬を塗り終わった女は俺の左手に渡して話をかえた。

「いつまでも、お前じゃ感じが悪いな。自己紹介をしよう。私は明黎、煉獄明黎だ。お前は?」

「尾形、百之助…」

「尾形百之助か。いい名前だな。よろしく、尾形」

いい、名前か…言われたことがなかったな。女にしては珍しく握手を求めてきた。薬を置き女の手を握った。

「(こいつの手…)」

「さて、自己紹介も終わったことだ…そろそろ出てきてはどうだ?コソコソと人の話を盗み聞きするのは良くないと思うぞ」

第七師団の皆さんと扉の方を見て言う。

「これは失礼した。いつからお気づきで?」

「最初から…いや、来る前からだ」

ッ!最初から気づいていたのか。なら何故こんな危険を犯してまで俺の所に来たんだ?

「あくまでお前ら第七師団はついでであり、私の目的は尾形と話をすることだ。互いに名前が知れたし話せたし私とっては十分な成果だ。加えて、かの情報将校殿の顔を見る事が出来た。まさに一石二鳥ではないか?」

銃を持った軍人に囲まれでいるというのに楽しそうに女は言う。女が俺を方を向いた瞬間鶴見中尉は部下に静かに銃を構えさせた。女もそれに気づいているのかまた笑った。

俺は内心ヒヤヒヤしていた。こんな状態でよく笑顔でいられるのもそうだし、堂々と自分のやりたいことをやるという姿勢ももしかしたら火に油を注ぐ行為になり兼ねない。

「尾形」

「…なんだ?」

「…… 心配してくれてありがとう…」

「え?」

パチンッ!

指が弾く音がしたかと思えば、勢いよく女の体が燃えだした。咄嗟に左手を出した。

「明黎!」

ここにいる全員が何が起きたかわからなかった。指の弾く音がした途端、女が燃えて消えたのだから。

「周辺を手当り次第あたれ!」

「はっ!」

バタバタと後ろに居た兵が外へと走り出す。俺はまだ状況が飲み込めず、唖然としていた。

「尾形上等兵」

名前を呼ばれ鶴見中尉を方を見る。

「御苦労であった。ゆっくり休みたまえ」

「はっ」

ゆっくりと戸が閉められる。そしてまたいつもの状態に戻る。俺は体をベットに沈め眠りにつこうとした。

「行ったか?」

ビクッ!!

「なんd…ムグッ!」

「シー、静かに」

なんでここに居るんだ!?さっきので逃げたんじゃないのか!?

どうしてここに居るんだ!?逃げたんじゃなかったのか?

どうしてってまだ別れの挨拶してないだろ?

「は?」

そんな理由で…。この女が何を考えてるのかさっぱり分からない。

「ではまたな。次に会えるのを楽しみにしている」

俺の頭をひと撫でして来た時のように窓から立ち去った。……嵐のようだった。初めは感情の起伏があまりないやつだと思っていたが、その逆だった。悪戯を仕掛けるのが好きそうなのが意外だった。

「温かかったな…」

女に撫でられたところを自分でもう一度撫でる。ポンと置かれただけのような撫で方だったが、それでも温かかった。触られたのは頭の筈なのに胸も温かくなった。

次も本当に会えるだろうか……生まれて初めてかもしれない。何かを楽しみにするだなんて。

俺はすぐに眠りについた。



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