小樽編


-小樽付近


『アカリー!見て見て!』

後ろからの声がけに振り向き、走って来る女の子に目線が合うようにしゃがむ。その女の子は私に少し歪んではいたがしっかりと織られたそれを見せてくれた。

『どう?』

『上手だな』

『でしょ!初めて織った物はアカリにあげるって決めてて、わたし頑張ったんだよ!』

ニコニコと初めて織った物を見せてくれる女の子。その物は青を基調にその家の模様で刺繍されていた。

『ありがとう…本当によいのか』

『うん!』

『フッ…ありがとう…さてどこにつけようか』

『えっーとね、出来ればよく見えるところにつけて欲しい…』

少しモジモジとしながら要望を言う。

『…刀袋はどうだろうか』

そう言って背中に背負っている刀袋を女の子に見せる。背中に背負っているからよく目立つだろう。それに刀袋も青系統の色の単色な為、女の子がくれた刺繍がすごく似合いそうだ。

『いい感じだ…本当にありがとう』

『ううん、アカリのためだからいいよ!』

そう言って女の子は自分のチセへと帰っていった。いい貰い物をした、早速取り付けようと私もチセに向かった。


ダーーン!


「またか…」

明黎は帰る足を止め、音のした方を見る。
最近はよく銃声が鳴っている。とは言ってもここにいる者たちには聞こないほど微かなものだ。だが些か多いようにも感じる。狩りだと思うが、どうも違和感が拭えなかった。

「(何もなければいいが)」

そう願わずにはいられない。山にはアシリパもいる、何かあってからでは遅い。

「(いつもより警戒はしておくべきか…)」

いつもよりも山が騒がしいことが気になって仕方なかった私は神経を尖らせて過ごした。

「姉上」

ふと後ろから声をかけられる。

「桂寿郎か…どうした?」

私の弟の桂寿郎。父上と瓜二つの容姿をしている。最近なんかは段々と父上に似てきていて面倒事に首を突っ込むことが多くなってきている。ある意味問題児になりつつあった。

「いえ、たまたま姉上を見かけまして、何をしているのかなと」

「フッ…特別何もしていない…強いて言うなら、子供から可愛い刺繍を貰った」

先程あの子供から貰った刺繍を弟に見せるば、少し歪んではいますが綺麗ですと弟が言う。これはあの子の初めて織った刺繍だと伝えれば桂寿郎は驚いていた。俺も頼もうかなと桂寿郎が言えば私も静かに笑ってあの子も喜ぶと言った。


パン!パン!パン!パン!


「!!…様子がおかしい…」

さっきとは違う銃声がした。使用したのだろうか。狩りをしているのとは違う雰囲気を感じがした。

「(嫌な感じだ…)」

桂寿郎も銃声のした方を少し睨む。恐らく桂寿郎も様子がおかしいのを感じ取ったのだろう。

「…姉上、俺が見てきましょうか」

「いや、私が行く…お前はここを頼む」

私は背負っていた刀、鉄砕牙・天生牙を刀袋から出し腰に差す。

「分かりました、気をつけてください」

コタンのことは桂寿郎に任せ、私は音のした方へと急いで向かった。



...



「もう既に去った後か……」

銃声がした辺りには焚き火の跡が残っており、火の消え具合からおそらくそう時間が経っていない。だが、気になるのは…

「(血の匂いがする)」

焚き火の近くで動物でも捌いたのだと最初は思ったが、この匂いは人間の血だ。血の匂いが強くてここに誰がいたかまでは分からないが、ここで殺し合いをしたのは間違いない。だが何のためだ?殺さなければいけない理由は?
いつくかの疑問が浮かぶが、この少しの痕跡だけでは状況を把握することはできない。

「(取り敢えず、足跡を追うか)」

私は向こうへと続く足跡を辿っていった。足跡を辿ると見るからに怪しい倒木があった。近場にあった小枝を拾って草が掛かっている所を小枝で突いて確認する。感触がないのを見ると罠はなさそうだった。
少し進み、足元を見れば雪が大きく抉れていた。恐らくここで争ったのだろう。そこには組み合った跡に体を押さえつけらたような跡がある。数歩歩いたが転がっていったのだろう、足跡がなくなり身体の重みで沈んだ雪の跡が数か所あった。その跡を追い崖に近づく。崖付近には大人と子供の足跡だと思われるものがあった。大人の方は和人で誰だかはわからないが子供の足跡のほうには見覚えがあった。

「(アシリパのだ)」

アシリパのはいているのは和人のものとは違う。雪に沈み込まないように作られている。それに匂いがアシリパのものだ。なぜアシリパが和人と一緒にいるのか、私にはわからない。

「(…今はアシリパのことよりもう一人の者の方を優先だ)」

影の縁に大きく雪が押し潰されている所がある。きっとそこから川に落ちたのだろう。崖になっている所から崖下の川を覗き込むが目立った跡は見られない。何か他に目立った跡がないかと付近を探したが特に何もなかった。最後にもう一度、川を見に行った。だがやはり何もない。帰ろうとしたその時だった。

「!(この匂いは…)」

川下の方から人間の血の匂いが微かにした。川の匂いと混ざって嗅ぎ取りづらかったが、たしかに人間の血の匂いだった。私は川に沿って走り出した。

走りながら、私はふと思った。落ちた男はこんな山奥で何をしていたのだろうかと。…アシリパもそうだ。普段、山にいるときは一人きりなのにもう一人の者と何をしていたんだ。意味もなくこんなところにいるのはずもない。だとするならば、この辺りで他人には見せられない何かをしていたのか。だいたい人間が人気のないところに行くのは見られたくはない何かがあるときだ。

「(その何かを見られたから口封じに…といったところか。)」

だいぶ川に沿って走ったがそれらしい人物は見当たらない。まさか川底か。だがさっきよりも血の匂いが濃くなっている。恐らくこの辺りで間違いではないはずだ。この時期の川は凄く冷たい。早く見つけ出さないと凍傷になってしまう。

「!…見つけた」

恐らく落ちたであろう男は自力で岸にたどり着いたか、川の流れによって岸に上がったのかわからないが下半身を水に浸からせたまま倒れていた。私は川を跳び越えて男の所に急いだ。

「おい、大丈夫か」

「………」

反応がない…ひとまず、川から引き上げよう。私は男を川から引き上げ、木の皮を剥いて直に雪に触れないようにする。その時に少し呻き声をあげていたが起きることはなかった。男は寝かせたら今度は火起こしだ。手持ちの火切石で火をつけなるべく水分を含んでいない木を選んで燃やす。

凍傷は末端からなりやすい。濡れている靴を脱がせ水分を拭き取る。服も脱がせようと思ったが、体が少し動く度に呻き声をあげる。それでは無理にはできない。拭き取れる範囲で水分を拭き取り怪我に処置にあたった。

怪我をしているのは顔と右腕だ。顔は一目瞭然。輪郭がわからないほど腫れ上がっている。顎のあたりが一番酷く腫れ上がっているから、きっと顎を骨折している。右腕は服のせいで分かりづらったが運ぶ時に変な方向を向いていた。それぞれの怪我にあった処置をして体が温まるように自分の毛皮をかけた。一通りのことを終え、私もやっと一息をつく。

「…酷い有様だな」

やはり誰かと戦ったのか、右腕は関節からきれいに折られていた。アシリパと一緒にいた者は接近戦に長けているのだろうか。関節をきれいに折るのはそうできるものではないと思う。

しばらく荒い呼吸を繰り返している男を眺める。なぜだかよくは分からないがこの出来事が何かの前触れのように感じる。妙に山が静かなのもそれの所為だろうか。嵐の前の静けさという言葉は嫌なほど今の状況に当てはまっている気がする。

「これからが大変そうだ」

この先起こるであろう出来事に今だけは目を背けたい気分になって、暗くなった空に姿を表した星を眺める。この地の夜空を見ると母と二人で見た故郷の空を思い出す。あの時の母のことも思い出した。何か大事なことを言っていたような気がする。

「(なんと言っていたただろうか…)」

もうだいぶ前だ。私が幼かった頃のことだから、ただ単に覚えていないだけかもしれないが。


ザク…ザク…

「!(人が来た…)」

音のした方へと顔を向ける。人間の姿はまだ見えないが数分でここまで来るだろう。

「(焚き火の煙を頼りにここまで来たか)」

この男が着ている服は軍服だ。今この小樽にいるのは第7師団。あの日露戦争でも活躍した最強の師団。道民が畏敬の念を込めて北鎮部隊呼んでいる部隊だ。

「(あの者たちはどうもきな臭い…)」

私はどうしても奴らのことが気に入らなかった。国のために命をかけて戦っていた者たちだ。それには敬意を払うが、腹の底では一体何を考えているのかが分からない部隊だったからかもしれない。それに今ここで出会うのはマズいだろう。今後に置いて何か裏目に出てくるかもしれない。

「(ここは一旦隠れよう)」

だがこの怪我人をこのままにしておくのは気が引ける。私の毛皮はこのままこの男に掛けておこう。誰かに助けられたということが分かってしまうが仕方がない。私は男に近づき頭を撫でる。

「怪我が早く治ること祈っている…」

そう言って、私は闇の中へと入り遠くから見守った。読みどおり、数分後に第7師団の者が男に近寄っていった。

「(大丈夫そうだな…)」

私は気づかれないよう注意を払ってその場をあとにした。



...



コタンへと帰り、私は酒を飲みながら先程のことについて考えていた。一つはアシリパのことだ。一体誰と行動を共にしているのか。山では手出ししないでとアシリパに言われ手を出してはいないが、もし余計なことに首を突っ込んでいるのなら、早くやめさせたほうがいい。あの子は狩りが得意だ。でも、人は殺せない。

「(ま、一緒にいる者が殺しに慣れているだろうな)」

あの骨折を見れば嫌でもわかってしまう。アシㇼパのことが凄く心配だが、もうすぐアシリパがコタンに帰ってくる頃だ。そのとき一緒に連れてくるだろうから問い詰めればいい。

もう一つはあの軍人だ。顎はどう見ても骨が砕けているだろうから大掛かりな手術になる。傷も残ってしまうから、生活に支障が出ないことを願うしかない。今回のことでしばらく目立った行動はできないだろうが、

「(あの男にはまた会えるような気がする)」

そんな気がしていた。久しぶりに何かを楽しみにしているかもしれない。

私は残りの酒を一気に飲み干し、眠りについた。



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