短編集

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私が貴方と初めて出会ったのは一番寒さが厳しくなっていた冬だった。

私は生まれてからずっと檻の中で過ごしてた。手足や首につけられる鉄の臭いが私の体に染み込む。誰もかれもがまるで腫れ物のように私を見る。そんな毎日が過ぎ去っていた。

私は怖かったんだ、私とは違う手が…。だけどそれはあの日君に連れられるまでだった。



「俺と一緒に、来い」



私の手よりも大きな手、怖かったはずなのに貴方の手は全く怖くなかった。私たちは会う度に一緒に転げまわってくすぐり合い、一緒に木の陰で昼寝をするのが日課だった。毎日が楽しかった。だから私はいつのまにかこんなにも貴方の事が好きになってた。

どんな時でも貴方が私に傍に居てと言うのなら私は。



「お前は俺を見てくれ」



私に名前はまだ無い。だから私に名前をつけて、貴方の声で呼んで。君がつけてくれた名前だから呼ばれるだけで私は嬉しい気持ちになれる。私は貴方以外見る気なんてない。だって貴方は嬉しい時も悲しい時も傍に居ると私が初めて決めた大事な人なんだから。



私の体躯からだが大きくなるほど貴方との時間が減っていった。貴方は会う度に鉄の匂いが強くなっていく。遠くには貴方と同じ格好した人たちがよく来るようになった。私が会いたいのは貴方なのに…私と貴方は同じではないから仕方がないのかもしれない。

最近は風にのって鉄の匂いが私の所までやってくる。鼻の利く私にとっては辛い…鉄の匂いは来るのに貴方は今日も来ないのだろうか。

貴方がいない毎日、わたしは貴方との夢を見る。一緒に過ごしたあの日のことを、何度でも。



「お前はどんな名前がいい?」



私に名前はまだ無い。貴方はどんな名前をつけてくれるの?早く私の名前呼んでよ。貴方がつけてくれた名前ほど嬉しいものはない。貴方がいない毎日は寂しいけれど、悲しいけれど、私がずっと傍に居ると決めた大事な人だから、いくらでも我慢するよ。



「もう、ここには来れない」



貴方がここを離れることを伝えにきた夜に貴方はあの日のように優しく撫でてくれた。いつも以上に優しかった。そっか…もう貴方はここに来てくれないんだね。…それでも貴方は最後に私に会いに来てくれた。だから私は幸せだよ。


「お前の名前は、千冬」



私の名前は千冬。もっと名前呼んで。貴方がやっとつけてくれた名前だから。私は貴方の涙よりもはにかんだ笑顔で私の名前呼んでほしい。いつもの優しい低い声で呼んでほしい。いつかの日ような手で優しく撫でて私を呼んでほしい。



「これは俺からの、ほんの少しの祝福だ」



私の名前は千冬。名前呼んでよ!私の名前が貴方のくれた名前で良かった!ほんの少しの祝福なんかじゃない!これはとても大きくて一番大事なもの!貴方は私にこんなにも大きいものをくれたのだから私のことも絶対に忘れないで。どれだけ遠くに離れても、私がいると思って私のことを呼んで…それだけでいいんだから。

きっと新しい誰かにまた名前つける日が来ても、そのときは私のように焦らさないで私より大きいものはあげないで。

私が貴方のことを祝福するから、貴方の祝福は私にください。


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