小樽編
桂寿郎side.
先程、姉上が連れてきた軍人の手当を俺は手伝っていた。今は姉が最後の処置をしているので俺の役目はほとんどなく、暇を持て余していた。
『見て、アシリパがシサムを連れて帰ってきたわよ』
そんな声が外から聞こえ俺は外に目を向けた。アシリパと一人の和人が一緒に歩いていた。男は軍帽をかぶり片手には銃を持っていた。一見ただの退役軍人に見えるだろう。
「(あの男…血の匂いがこびりついている…簡単には落とせないほどに)」
あの男からは一人二人などというレベルではないぐらい人間の血の匂いがついていた。あれだけ距離があるというのに匂いがここまで届く。一体、どれほどの人間を殺したのだろうか。
「…外が気になるか、桂寿郎」
「いえ、そんなことはありません」
「フッ…別に怒ってないから、そう畏まるな。それと処置はもう済んだ…あとはこの軍人の生命力次第だ」
姉上が少し心配そうな顔で男を見る。
俺は時々思う。姉上は本当にお人好しだと…名前も知らない赤の他人だと言うのにこうしてコタンにわざわざ連れてくるのだから。
「(…さすがの俺でもここまではしません、姉上)」
ま、そこが姉上のいいところです。どんな人にも分け隔てなく接している姉上だからこそどんな人でも絆してしまう。
男の額に浮かぶ汗を優しく拭き取る姉上。その光景に俺は少し微笑む。姉上が覚えでしたかのようにそう言えばと話を切り出す。
「アシリパが帰ってきたそうだな?」
「あ、はい。どうやら和人も連れてきているそうで」
「シサムをか…やはりな」
?…やはりな?…もしかしなくても、姉上は。
「姉上はアシリパが和人と行動しているのを知っていたんですか?」
「まあな…森に入る度にアシリパと男の匂いがしていたからな」
ということは、姉上も感じ取っているはず…男の“あの匂い”を。
「…姉上、アシリパの身が危険ではありませんか?あのような者、野放しにしておくのは…」
「ああ、危険だろうな…」
ならと、俺が言おうとしたのを遮り、しかしと続けた。
「アシリパの顔を見てみろ」
そう言われ、アシリパの顔を見る。以前よりも顔色がいいように見える。父親やレタラがいなくなってからは全く笑顔を見せなかったアシリパがあれほど笑顔でいるのを見るのは久しぶりのように感じる。
姉上はそれを俺に伝えたかったということに俺は気づく。姉上の顔を見れば、アシリパを優しい目で見ていた。
「…別れというものは誰しもが経験することだ。それはとても辛いだろう。だがな、別れは新たな出会いのための出発点だ…だからきっと、アシリパが父親やレタラと別れたのはあの男と出会うためだったからかも知れないな」
アシリパから目を離さずに優しい目のままで言う。
…姉上はどうしてそんなふうに考えられるのだろうか…俺だったら、そんなふうに考えることはできないだろう。姉上が言ったように別れは誰でも辛いものだ。俺はきっとそれ引きずって誰かにやっと諭されて気づくのだと思う。
俺は姉上の言葉に感動していた。
「…と、こんな風にどこかの小説で書かれていたような気がする」
俺は何もないところで転けそうになる。先程の姉上の言葉に心から感動していたというのに、姉上という人は。なんかよくわからないけど、腹が立ってきた。さっきの俺の感動返してください!
若干の苛立ちからプルプルと体を震わせているのに気づいていないのか姉上は話を続ける。
「アシリパに会ってきたらどうだ?アシリパもきっと喜ぶだろう」
「それは姉上にも言えるのでは?」
「私はまだやることがある。お前だけでも顔を合わせてこい」
すると外から、アカリやケイジュロウはどうした?とアシリパの声が聞こえてくる。
「ほら、我らがお
お姫さまって、姉上…それにご指名は貴女にだってきていますよ。
ため息を付きたくなるのを抑え姉上の言われるがままアシリパの元に向かった。
...
杉元side.
「アシリパ!」
後ろから、快活な声でアシリパさんの名前が呼ばれた。俺は振り向いたがアシリパさんは誰だが分かっているようで振り向きながら名前を呼んでその人の近くに駆け寄った。
「ケイジュロウ!!久しぶりだな!」
「あぁ…おかえり、アシリパ」
「!!…ただいま、ケイジュロウ」
アシリパさんは嬉しそうに少し頬を赤くしてケイジュロウという人にただいまと言った。
アシリパさんってあんな顔もするんだな。いつもは大人顔負けの雰囲気をしているのに彼の前では年頃の女の子だ。俺はその光景に少しホッとする。
「そうだ!ケイジュロウに紹介したい人がいる!」
そう言って、俺の方にケイジュロウという人を連れてくる。きっとコイツもこの村の者ではないのだと思う。いやどう見たってアイヌじゃない。髪も黄色いし目も赤っぽい。なんと言っても…
「(こいつ、デケェ…)」
さっきはアシリパさんに高さを合わせてかがんでいたからよく分からなかったが近くまで来たら凄まじい。俺だって低い方ではない、むしろ背は高い方なはずなのに見下ろされてる。俺より頭一個分以上大きいんじゃねか?
「ケイジュロウ、コイツは私の相棒の杉元だ!」
「スギモト?」
いつの間にか俺の隣に来ていたアシリパさんは俺の紹介をしていた。
「あ、杉元佐一って言います。よろしく」
「杉元佐一殿か!よろしく頼む。佐一殿と呼んでも?」
ど、殿!?な、なんか言われなれないなぁ…
「『殿』は外してもらってもいいかな?」
「それは失礼した。佐一でよいか?」
「ああ、それで頼む」
思わず、敬語外して話しちゃったけど大丈夫かな!?本人あんまり気にしてなさそうだからいいのかな?
アシリパさん話しているケイジュロウという人を見る。アシリパさんを優しい目で見ていて危害を加えるってことはなさそうだ。
「佐一」
「へ?な、なに?」
「俺がまだ自己紹介をしていないと思ってな」
あ、そういうことか。
「俺の名前は煉獄桂寿郎だ。俺も桂寿郎と呼び捨てで構わない。よろしくな、佐一」
そう言って、手を差し出してくる桂寿郎。俺もよろしくと言いながら桂寿郎と握手をする。
「(うお、凄い手だ…こんなにゴツゴツしている手は初めてだ)」
桂寿郎の手はびっくりするぐらい硬かった。俺はこの手と似ている手を知っている。確か剣術をしている奴らだったと思う。だけど、あいつらはここまで手はゴツゴツしていなかった。
「どうした佐一?」
「え、あー、手が硬いから剣術でもやっているのかなって」
「確かに俺は剣術に心得があるが、姉上ほどではない。姉上の手のほうが凄いぞ。今度見せてもらうといい!佐一きっと驚くぞ!」
姉上?誰だそりゃ?
「そう言えば、アカリはどうしたんだ?まだ見かけていないが」
「今、姉上は取り込み中だ。また、後でフチの家に行くと言っていたぞ」
「そうか、アカリにはたくさん話したいことがある!杉元のこともあるがそれ以外にもたくさん話したい!!」
「きっと姉上も喜ばれるだろう、フチの家で待っていよう」
「分かった!行こう杉元」
「おう」
よくわかんねけど、取り敢えずついていくか。桂寿郎の言う姉上ってどんな人なのだろうか。言い方からなんか敬っている感じがあるから凄い人なのか?怖い人だったどうしようと桂寿郎の姉上に勘違いをする杉元であった。
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