一筋の光



導かれた先





固く、暗く、重苦しく




➖穀雨➖







「なんだ亜未梛、今回はちょっとへこんでるのか？」






「近藤さん、そんなわけないですよ。いつも通りです。」



そう言いながら黙々と竹刀を振る女。




「そうか、ならいいんだが！あんまり慣れないことすると身体に悪いぞ！」




「慣れないことって、ただ鍛練してるだけじゃないですか。まるで私が普段努力してないみたいな言い方やめてくだせぇ。」



近藤の方は見ずに、淡々と答える。




「うむ。そんなこたぁ分かってる！お前はいつも、頑張ってるな！ただ、お前が俺の前で鍛練する時は、決まって何かあった時だと思ったからな。まぁ！何もないならいい！」


いつもの明るい声で、声を張って話す近藤。




「………」




そんなつもりはないのだが、なんとなく言い返せずにいる。






「まぁ、何かあるなら話しやすいやつに話せばいいさ！総悟でもトシでもな！」





「…あの人らになんて言うわけないじゃん。トシさんは過保護に心配してるけど、総悟となんてそんな話、したことないし。」





満面の笑みで励ましの言葉をかける近藤とは真逆で、素振りをしていた手を止め、今にも出そうな深いため息と一緒に言葉を吐き出した。






「で、そんな話っていうのは？」




「だから、近藤さんには関係ないし、別に何もないし。」



多少口を滑らせたが、これもまた無表情で淡々と話し、もう一度竹刀を振り上げた。



「なぁに、遠慮するこたねーよ！この恋愛マスター近藤に、お任せあれ！！」



「いや！違うから！！それで悩んでるわけじゃないから！てか恋愛マスターてなんだよ！失恋マスターだろ！！」




恋愛での悩み、と言われ慌てて否定するとともに、近藤へのツッコミもすかさず入れることで、今日1番の声量で言い放った亜未梛。



「なっ！何を言う！
今はまだお妙さんとは契りは交わしていないものの、確かに愛は育まれているんだぞ！」




腕を組みうんうんと頷きながら、まるで自分を納得させるように答えた近藤。



少しの間討論は続き、ほどほどにしとけよ！などと年上の近藤に対して言うあたり、男社会で育ってきた性格が出ている。





「…でも羨ましいなぁ。

近藤さんみたいに誰かのことをそんなに思っていられるなんて」



先程までの勢いはなく、寂しそうに話す様は、何かに悩む普通の少女のようだ。



そんな亜未梛に対して、近藤が諭すように語り出す。



「あのなぁ、恋愛ってのぁ、宗教みたいなもんだぁ。

どんなことがあってもその人のことを信じ抜く。

たとえ、他の人がその人の事を間違ってると思っても、その人のことを信じるしかねぇんだ。世界中敵に回しても、自分だけは味方でいる。

それが恋。いや、人を愛するって事だぜ？」




普段の近藤の行動を知っているとなかなか納得し難いが、そんな考えも悪くはないと思えてくる。







「私にはそんな恋愛、できそうもないや」






「なに自信なさげなんだよー。お前モテるし、しょっちゅう男は作ってるじゃねぇか。いつも短いけどな。今回はちょっといつもより続いたか？」




「あーどうだったかなぁ…」


何やらもう投げやりになっている。



「まっ、結局他人である男のためにいろんなもん費やすのとか、私には無理な話なんでさ。
振られたからって別に傷ついてないところにも、自分て何か欠落した人間なんだろうなって思うんだよね。」





「心配することはない！そのうちだそのうち！

こいつはちと恋とは話が違うかもしれんが、お前は情に厚いだろ？

俺や総悟、特にトシに対する思いはどうだ？

慕い信じる様は恋愛にも似てるもんだ。」




変わった励まし方ではあるが、なんとも近藤らしい。



ふふっ…笑

そうやってやっと優しく笑う亜未梛。






「なーに言ってんすか。そんなの、恋愛なんて比じゃないでしょーよ。」




「そぉかぁ？


まっ、がきんちょのお前にはまだ愛だ恋だは分からんか！まっ、男と別れたくらいでくよくよするなよっ！

いつも見渡せば俺たちには仲間がいる。そいつらのおかげで俺らは安心してヘマだってできるんだ！

なぁ、総悟！」










え？総悟？






それまで気づかなかったが、木にかかったハンモックに仕事着のままアイマスクをして寝ている男が１人。






「ちょ、総悟！仕事サボって何やってんの？！てかいつからそこにいたわけ？！」





「寝てまーす」

気だるそうに答える沖田。



「寝てないだろ」

少し苛立ちを込めて亜未梛は言った。






「今日も江戸は平和でよく眠れるんでさぁ。愛だ恋だのの話は聞いてませんのでご安心を。」





「聞いてんのかーい！！
てかうちらは今日休みだけど、総悟は仕事でしょ！？ちゃんと働きなさいよ！！」



姉か母親が説教のように言っているセリフに聞こえてくる。




「仕事終わった。亜未梛、腹減った。」




ぶっきらぼうだが弟気質。ただそれだけを伝える。



「寝てるだけなのにお腹がすくのって不思議よねー。何が食べたいの？」







「どうせお前らはいつものとこだろ！俺も用があるからそろそろ行かないとだ！」



「「あんたはどうせお妙さんのとこだろ」」




同じセリフをハモって言う亜未梛と沖田。






あたりは夕暮れ。


それぞれの目的地へ向かって歩き出す。