NAMELESS
×××9
「ボスからの命令。グレーンに、例の三人の監視を任せるそうよ」
その言葉は、軽かった。重さがないわけじゃない。
ただ、あまりにも自然に落とされたせいで、音としての輪郭が薄い。だから一瞬、意味だけが遅れて届く。
――監視。
頭の中で、その単語がゆっくりと形を持つ。視線は前に向けたまま、動かさない。ジンも、何も言わない。エンジン音だけが、低く続いている。
「俺にか」
「ええ。あの三人には元々監視を付けていたけれど、それとは別……謂わば、保険ってところね。ボスは慎重居士だから」
さらりと言う。重さを持たせない言い方だった。
二重の監視。頭の中で、その構図だけが先に組み上がる。だが、それが何処に繋がるのかまでは、うまく辿り着かない。三人の監視対象がいる。そこに、さらに監視を重ねる。それは単純な用心か、それとも。
「グレーンを選んだのはおそらく……ウィスキー仲間だからでしょうね」
「あぁ……」
声は自然に出た。だからこそ、それ以上は何も足さない。
足せば、どこかで綻びる。喉の奥に残った言葉を、意図的に飲み込む。
――ウィスキー仲間。
分類としては、分かりやすい。だが、その中身に触れようとすると、指が空を切る。掴めないものに、手を伸ばす意味はない。
代わりに、僅かに息を吐く。
それだけで、納得した側には見える。
「それで、奴らは今何処にいるんだ?」
「さあ。三人で集まって、一週間後の作戦会議でもしてるんじゃない?」
ベルモットの声音は軽い。だが、その軽さの奥にあるものまでは測れない。
返す言葉は選ばない。選べるだけの材料が、そもそも手元にない。
代わりに、視線だけを横へ流す。
窓の外、夜の東京が広がっていた。湾岸を抜けた空気は、まだどこか乾いている。だが視界に入る光は、先ほどまでとは質が違った。整然と並んでいた照明は途切れ、代わりに無数の灯りが、不規則に積み上がっている。
ビルの窓。看板。信号。走り去る車のテールランプ。
それぞれが勝手なリズムで明滅しながら、それでもひとつの塊として夜を形作っている。ガラス越しに流れていく光が、車内の輪郭を曖昧にする。ベルモットもジンも、そのたびに切り取られては、すぐに闇へ沈む。
――雑多だ。
そう思う。規則がないわけではない。だが、それを一目で読み取れるほど単純でもない。どこから手を付けるべきか分からないものは、ひとまず全体として眺めるしかない。それでいい。少なくとも、今は。
「裏切りの芽が見えたら、すぐに摘め」
「……随分と気が早い話だ」
ジンの言葉に、俺は乱雑に返した。
視線を戻す。考えるべきことは、まだ形を持っていない。
だが――時間はある。
「ボスからの命令。グレーンに、例の三人の監視を任せるそうよ」
その言葉は、軽かった。重さがないわけじゃない。
ただ、あまりにも自然に落とされたせいで、音としての輪郭が薄い。だから一瞬、意味だけが遅れて届く。
――監視。
頭の中で、その単語がゆっくりと形を持つ。視線は前に向けたまま、動かさない。ジンも、何も言わない。エンジン音だけが、低く続いている。
「俺にか」
「ええ。あの三人には元々監視を付けていたけれど、それとは別……謂わば、保険ってところね。ボスは慎重居士だから」
さらりと言う。重さを持たせない言い方だった。
二重の監視。頭の中で、その構図だけが先に組み上がる。だが、それが何処に繋がるのかまでは、うまく辿り着かない。三人の監視対象がいる。そこに、さらに監視を重ねる。それは単純な用心か、それとも。
「グレーンを選んだのはおそらく……ウィスキー仲間だからでしょうね」
「あぁ……」
声は自然に出た。だからこそ、それ以上は何も足さない。
足せば、どこかで綻びる。喉の奥に残った言葉を、意図的に飲み込む。
――ウィスキー仲間。
分類としては、分かりやすい。だが、その中身に触れようとすると、指が空を切る。掴めないものに、手を伸ばす意味はない。
代わりに、僅かに息を吐く。
それだけで、納得した側には見える。
「それで、奴らは今何処にいるんだ?」
「さあ。三人で集まって、一週間後の作戦会議でもしてるんじゃない?」
ベルモットの声音は軽い。だが、その軽さの奥にあるものまでは測れない。
返す言葉は選ばない。選べるだけの材料が、そもそも手元にない。
代わりに、視線だけを横へ流す。
窓の外、夜の東京が広がっていた。湾岸を抜けた空気は、まだどこか乾いている。だが視界に入る光は、先ほどまでとは質が違った。整然と並んでいた照明は途切れ、代わりに無数の灯りが、不規則に積み上がっている。
ビルの窓。看板。信号。走り去る車のテールランプ。
それぞれが勝手なリズムで明滅しながら、それでもひとつの塊として夜を形作っている。ガラス越しに流れていく光が、車内の輪郭を曖昧にする。ベルモットもジンも、そのたびに切り取られては、すぐに闇へ沈む。
――雑多だ。
そう思う。規則がないわけではない。だが、それを一目で読み取れるほど単純でもない。どこから手を付けるべきか分からないものは、ひとまず全体として眺めるしかない。それでいい。少なくとも、今は。
「裏切りの芽が見えたら、すぐに摘め」
「……随分と気が早い話だ」
ジンの言葉に、俺は乱雑に返した。
視線を戻す。考えるべきことは、まだ形を持っていない。
だが――時間はある。