pixiv未掲載小説
【GX】未完/万十/記憶喪失没案〔後編〕
2026/06/28 21:51GX未完本棚未掲載
【GX】未完/万十/記憶喪失没案〔前編〕の続き
「……それでなんの話してたんだっけ?」
「隠し事があるならさっさと言えという話だ」
「ああそうか」
少し前までは深刻な雰囲気だった気がしたが、やさしい闇がどうこうというトンチキな話でそんなものは吹き飛んでしまった。
「……今の話も隠し事なのかな。万丈目に話してなかったことのひとつではあるよ」
「はあ?」
「オレが覇王なのは万丈目も知ってたけど、それって字義通りの覇王だと思ってたと思うんだよな」
「字義って、武力による支配者ってことか?」
「そうそう。まあそれも間違いじゃないんだけど、やさしい闇と光の波動の対立とか宇宙を守る者としての覇王の存在とか、今の人間には伝わってないからさ」
「昔なら伝わってたのか?」
古代エジプトあたりなら残っているのか? デュエルモンスターズの起源を連想した。
「何万年か前なら残ってたと思う」
「何万……」
石器時代とかか? 想像しにくい話に思わずため息が出た。
「別に隠したわけじゃなかったけど……でも話してはなかったな」
「……そんなことは話す機会もないだろ。それを隠されたとは思わないが……」
宇宙の起源だの何万年も前だの。そんなことをいったいいつ話す機会があるというんだ?
「そういう話してないことは確かにたくさんあるよ。でも何から話したらいいか……」
「自分でわからんのかお前は……」
抱えるものが大きすぎて重大性の順序がつけられないのか?
「とりあえずオレに関わることは何かあるか?」
呆れながら聞き返す。
「特にない気がする……あ」
「なんだ?」
「……たぶん五、六年前なんだけど、翔とカイザーと……あ、翔の兄貴、覚えてる?」
「思い出せないが、翔から聞いた」
「あと明日香と吹雪さんがいた。みんなで食ってたか飲んでたか……」
天上院明日香と天上院吹雪か。翔から明日香は初恋の人で、吹雪にはよく恋愛相談などしていたと聞いている。
「そこで、なにがきっかけか忘れたけど昔好きだった人の話になって……」
学生時代の友人たちと恋の話で盛り上がる──よくある光景だろう。
「本人には秘密なって、オレは万丈目って言ったんだけど」
結婚した今隠すことではない気がするが、十代は恥ずかしくて隠したかった、ということか? 案外可愛いところがある。
「そしたら明日香が、じゃあ三角関係だったわねって」
「三角関係?」
「万丈目は明日香のこと好きだったから……で、明日香はアカデミアの頃はオレのことちょっと好きだったって」
「は?」
明日香さんがこんなやつを──?
ショックを受け、記憶がないはずなのにと思い直す。翔から初恋の人だったと聞いただけだ。でも。
「明日香さんがお前を? お前みたいな、デュエル馬鹿で授業も居眠りばかりで台風みたいにはた迷惑で卒業も危うかったお前を?」
「あっ思い出した?」
「お前が馬鹿だったことはな!」
そうだ、馬鹿で、能天気で、いつもオレをイラつかせて、ヘラヘラ笑って、大好きだなんだとのたまうくせに、大事なことはオレに何も言わない、そんなやつだ。
「お前がいるといつもイラつくことははっきり思い出したぞ!」
「オレの効果は万丈目を怒らせることだから……」
「何わけのわからんことを言ってるんだ!」
十代は記憶の通りにヘラヘラと笑う。何が面白いっていうんだ。
「万丈目ショック受けそうだから一生言わない方がいいなって隠してたけどさ、逆に今はいい刺激になってそうだな」
「一生聞きたくなかったわ! でも明日香さんが強く賢く勇ましい素晴らしい女性だったことは思い出した……」
なぜあんな素敵な人を好きだったのに、今のオレはこんなやつが好きなんだ?
「明日香に会ってみる?」
「遠慮する……」
「でも、記憶が戻るかもしれないし」
「好きだったことを思い出したらフラれたことも思い出した……」
オレは机に突っ伏した。瞼の裏に彼女の笑顔がよみがえる。本当に好きだった。また失恋した気分だ。
「明日香を好きになったきっかけとか覚えてる?」
きっかけ? 青い制服の彼女に──違う、あれは中等部の頃だ。葡萄茶色の制服に、まだあどけない顔。
「……中等部のとき、デュエルで負けた」
悔しかった。でも、後にオベリスク・ブルーの女王と呼ばれるにふさわしい、素晴らしいデュエルだった。ライフポイントは僅差。互いにデッキ切れを危惧するほどの激しい攻防戦。そして。
──ありがとう。いいデュエルだったわ。
向けられた微笑み。初めて恋に落ちた。
──ごめんなさい。あなたのことはとても大切な友達だと思うけれど……。
大人になった顔に少し悲しそうに微笑まれて、初めての恋は終わった。
目頭が熱くなる。もう何年も前の話だ。
「そっか。強いもんな、明日香は」
こいつにデュエルで負けたときには好意なんて一ミリも抱かなかったのに。むしろ大嫌いだったんじゃないのか? いったいいつの間にこんなやつを──いや、なんでオレばっかりそんなことを考えなくてはいけないんだ。
「……お前はどうなんだ……何かきっかけとかあるのか」
「オレ? オレもやっぱりデュエルかな? お前とデュエルするのすごく楽しいから」
デュエル馬鹿め。もう少しロマンチックな理由はないのか?
「お前はいつもまっすぐぶつかってきてくれるだろ。……アカデミアの頃は、少しすれ違ったときもあったけど」
そう──だったか? いや、確かにこいつを避けた時期もあったか。激しい憎しみから、生ぬるい友情へと感情が変わって、でもあいつは弱ったってオレを頼りゃあしない。オレも立ち去る背中を追いかけるほど強くもなくて。
真っ白な光に魅入られてしまった。
「あとはやっぱり怒るとこが好き!」
感傷をぶち壊す能天気な声とデリカシーのない言葉。
「怒られたいのかお前は……」
「怒られたくはないけど。万丈目のちゃんと怒るとこは本当にいいとこだと思うぜ」
ちゃんと怒るってなんだ。ああでも、こいつは。
刺し殺されたってそれに怒りはしないのだ。
油断してたオレが悪いんだ、なんて言ったときには頭をひっぱたいてやりたくなった。思っただけで実行はしていない。ひっぱたいたところでこいつは怒りはしないし反省もしない。いや「自責すること」を反省だと思って自分を責めるだけだ。たちが悪い。
「……お前も少しは怒れ」
「怒るじゃん」
「どこがだ」
「お前は覚えてないだろうけど、怒って世界を滅ぼしかけたよ」
「ああ……そうだったな。だったら適度に怒れ」
「適度か。うん、万丈目は適度に怒るのが上手なんだ」
「お前の怒り方がおかしいだけだ」
「そうだな」
「……ちゃんと」
自分を守るために怒れ。刺し殺されたのに油断しただの自分が悪いだのと言うんじゃない。死なないからって、誰もお前を傷つけていいわけがない。誰もだ。オレだってお前をぶん殴りたいときはあるけどな、それでもお前は傷つけられるべきじゃないんだ。
「……うん。ありがとう万丈目」
「そう思うなら実行しろ。口先の礼だけ言いやがって」
「……難しいんだ」
「難しくてもやれ」
「うん」
返事だけはしおらしいのだこいつは。でもどうせ口先だけだ。アカデミアの頃だってそうだ。頼れと言ったのに、ちょっとそれに感動したような顔をしたくせに、結局何も相談しなかったもんな。お前は忘れてもオレは覚えてるぞ。
お前はずっとそういうやつだ。自分が遊城十代だと言い出せなかったみたいに。大事なことをいつもオレには言ってくれない。
「……そういうとこも大好きだよ。オレよりもオレのこと考えてくれて……」
オレは伏せていた顔を上げる。少し潤んだ目がこちらを見つめていた。
「お前が考えなしすぎるだけだ」
「そうだな。オレは馬鹿で考えなしだよ、いつも。だから……死んだことになった」
十代は痛みをこらえるような顔をしていた。
「だからお前が悪いわけじゃないと──」
「違うんだ。本当にオレがもっと気をつけてたら防げたことだった。オレが」
数え間違えたから、と十代は言った。
「……窃盗団の人数。警察はオレの報告通りの人数を逮捕して、一人逃した。そいつが報復に来たんだ」
「人数? そんなものまで調べていたのか?」
というか──どこまで窃盗団に接近していたんだこいつは。
「調べてたんじゃなくて……オレも捕まったから」
「は?」
「……誘拐、されて」
茶色の瞳はオレから逸らされ机の上を見つめている。そこにさす苦しげな陰が、嘘ではないのだと語る。
「そっ……だっ……」
そんなことがあって大丈夫だったのか!?
そんな大事なことをずっと黙ってたのか!?
という二つの言葉が同時に浮かんで、口からは意味のない音だけが出た。
「……大丈夫だったのか」
十代はずいぶん思い詰めた顔をしている。これまで黙っていた罪悪感はあるのだろうと、そちらを口にした。
「逃げるとき少し怪我はしたけど。アジトっていうのかな。そこにたくさん精霊が捕まってたから、全部逃がして、取引先とか闇市の日程のリストとか写真撮ってオレも逃げて……」
あのとき──こいつが刺された事情を知ったときの違和感。なぜ窃盗団の一員に遊城十代が警察の協力者だと知れたのか。なんのことはない、最初から窃盗団の連中はアジトから逃げ出した遊城十代が警察に通報したと知っていたのだ。本人が逃げるだけでなく「商品」をすべて逃がし取引ルートもダメにされ、十代は殺されるほどの恨みを買ったのだろう。
「人数も調べたつもりだったけど、違ってた」
こいつは無駄な場所に責任を感じている。それは警察の管轄だろう。
「……傲慢だ。お前は警察を舐めてるのか。被害者がその場で見た人数は参考にしてもそれを絶対と見ることはないだろう。捕り逃しは警察の責任でお前の責任じゃない」
「……うん」
十代は固い表情のまま頷く。後悔しているのだろう。もっと何かできたんじゃないかとか、もっと違うことをしていたらとか。
「……まあ、考えてしまうのはわかる。オレだってあのときそうだった」
十代はわずかに目をみはる。
「吹雪さんに勝っていたらとか、あの商店街に行かなかったらとか、少しでも動けていたらとかな」
「お前は何も」
「お前だって何も悪くない。そういうことだろう」
十代は黙った。何かを言い募ればそれはオレに対する「お前にも何かできたはずだ」という責めに繋がる──そういう言い方をすればこいつは黙る。
こいつはそういうやつだと──オレは思い出している。
「ところで、少し怪我をしたというのは、本当に『少し』なのか?」
「……まあ、撃たれたけど……」
「撃たれたはのは少しとは言わん」
「腕に当たっただけだし……商品傷つけるなって、すぐ止められてたよ」
腕だけだとして、通常ならば大事なのだ。そもそもこいつにとって「少し」ではない怪我とはなんだ?
「死の偽装はまた誘拐されるのを防ぐためか」
十代は頷く。確かに生きていると知られたら再び狙われただろう。もし十代が死なないことまで悟られてしまえば、どんな手段で捕まえようとしてくるかわからない。だから十代はその後窃盗団の調査に関わらなかった──というよりペガサス会長か誰かが「関わらせなかった」のだろう。
「……黙っててごめん。あの頃、あんまりお前の負担になること言いたくなくて……」
十代は悲しげに目を伏せる。思い返せば共に暮らし始めた頃はよく物憂げな顔をしていた──あれはあの事件だけが原因ではなかったのだろう。逃げ出せたとはいえ、誘拐されたことにショックを受けないわけがない。
「でも……これで、お前に隠してたことは話した……と思う。やっぱり早くは言えなかったけど」
「……早く言わなかったことに腹が立たないとは言わないが、言えなかったのも仕方がないとは思う。あのときオレは参ってたし、お前だってそうだろ」
「え──オレ?」
十代は驚いた顔をした。まさか、自覚がなかったのか?
「でも大変なのは万丈目で……」
「あのな、誘拐だの撃たれるだの刺されるだの、挙げ句に『遊城十代』としては死ぬだの、平気なわけないだろ」
「そう……か。そうなのかもな」
こいつは自分がショックを受けていることも自覚できないほど馬鹿なのか──その鈍感さに呆れると同時に、鈍感さは永い時を生きる上で必要なのかもしれないと思う。心臓を刺されても生き続けねばならないなんて。
2026/06/28
「……それでなんの話してたんだっけ?」
「隠し事があるならさっさと言えという話だ」
「ああそうか」
少し前までは深刻な雰囲気だった気がしたが、やさしい闇がどうこうというトンチキな話でそんなものは吹き飛んでしまった。
「……今の話も隠し事なのかな。万丈目に話してなかったことのひとつではあるよ」
「はあ?」
「オレが覇王なのは万丈目も知ってたけど、それって字義通りの覇王だと思ってたと思うんだよな」
「字義って、武力による支配者ってことか?」
「そうそう。まあそれも間違いじゃないんだけど、やさしい闇と光の波動の対立とか宇宙を守る者としての覇王の存在とか、今の人間には伝わってないからさ」
「昔なら伝わってたのか?」
古代エジプトあたりなら残っているのか? デュエルモンスターズの起源を連想した。
「何万年か前なら残ってたと思う」
「何万……」
石器時代とかか? 想像しにくい話に思わずため息が出た。
「別に隠したわけじゃなかったけど……でも話してはなかったな」
「……そんなことは話す機会もないだろ。それを隠されたとは思わないが……」
宇宙の起源だの何万年も前だの。そんなことをいったいいつ話す機会があるというんだ?
「そういう話してないことは確かにたくさんあるよ。でも何から話したらいいか……」
「自分でわからんのかお前は……」
抱えるものが大きすぎて重大性の順序がつけられないのか?
「とりあえずオレに関わることは何かあるか?」
呆れながら聞き返す。
「特にない気がする……あ」
「なんだ?」
「……たぶん五、六年前なんだけど、翔とカイザーと……あ、翔の兄貴、覚えてる?」
「思い出せないが、翔から聞いた」
「あと明日香と吹雪さんがいた。みんなで食ってたか飲んでたか……」
天上院明日香と天上院吹雪か。翔から明日香は初恋の人で、吹雪にはよく恋愛相談などしていたと聞いている。
「そこで、なにがきっかけか忘れたけど昔好きだった人の話になって……」
学生時代の友人たちと恋の話で盛り上がる──よくある光景だろう。
「本人には秘密なって、オレは万丈目って言ったんだけど」
結婚した今隠すことではない気がするが、十代は恥ずかしくて隠したかった、ということか? 案外可愛いところがある。
「そしたら明日香が、じゃあ三角関係だったわねって」
「三角関係?」
「万丈目は明日香のこと好きだったから……で、明日香はアカデミアの頃はオレのことちょっと好きだったって」
「は?」
明日香さんがこんなやつを──?
ショックを受け、記憶がないはずなのにと思い直す。翔から初恋の人だったと聞いただけだ。でも。
「明日香さんがお前を? お前みたいな、デュエル馬鹿で授業も居眠りばかりで台風みたいにはた迷惑で卒業も危うかったお前を?」
「あっ思い出した?」
「お前が馬鹿だったことはな!」
そうだ、馬鹿で、能天気で、いつもオレをイラつかせて、ヘラヘラ笑って、大好きだなんだとのたまうくせに、大事なことはオレに何も言わない、そんなやつだ。
「お前がいるといつもイラつくことははっきり思い出したぞ!」
「オレの効果は万丈目を怒らせることだから……」
「何わけのわからんことを言ってるんだ!」
十代は記憶の通りにヘラヘラと笑う。何が面白いっていうんだ。
「万丈目ショック受けそうだから一生言わない方がいいなって隠してたけどさ、逆に今はいい刺激になってそうだな」
「一生聞きたくなかったわ! でも明日香さんが強く賢く勇ましい素晴らしい女性だったことは思い出した……」
なぜあんな素敵な人を好きだったのに、今のオレはこんなやつが好きなんだ?
「明日香に会ってみる?」
「遠慮する……」
「でも、記憶が戻るかもしれないし」
「好きだったことを思い出したらフラれたことも思い出した……」
オレは机に突っ伏した。瞼の裏に彼女の笑顔がよみがえる。本当に好きだった。また失恋した気分だ。
「明日香を好きになったきっかけとか覚えてる?」
きっかけ? 青い制服の彼女に──違う、あれは中等部の頃だ。葡萄茶色の制服に、まだあどけない顔。
「……中等部のとき、デュエルで負けた」
悔しかった。でも、後にオベリスク・ブルーの女王と呼ばれるにふさわしい、素晴らしいデュエルだった。ライフポイントは僅差。互いにデッキ切れを危惧するほどの激しい攻防戦。そして。
──ありがとう。いいデュエルだったわ。
向けられた微笑み。初めて恋に落ちた。
──ごめんなさい。あなたのことはとても大切な友達だと思うけれど……。
大人になった顔に少し悲しそうに微笑まれて、初めての恋は終わった。
目頭が熱くなる。もう何年も前の話だ。
「そっか。強いもんな、明日香は」
こいつにデュエルで負けたときには好意なんて一ミリも抱かなかったのに。むしろ大嫌いだったんじゃないのか? いったいいつの間にこんなやつを──いや、なんでオレばっかりそんなことを考えなくてはいけないんだ。
「……お前はどうなんだ……何かきっかけとかあるのか」
「オレ? オレもやっぱりデュエルかな? お前とデュエルするのすごく楽しいから」
デュエル馬鹿め。もう少しロマンチックな理由はないのか?
「お前はいつもまっすぐぶつかってきてくれるだろ。……アカデミアの頃は、少しすれ違ったときもあったけど」
そう──だったか? いや、確かにこいつを避けた時期もあったか。激しい憎しみから、生ぬるい友情へと感情が変わって、でもあいつは弱ったってオレを頼りゃあしない。オレも立ち去る背中を追いかけるほど強くもなくて。
真っ白な光に魅入られてしまった。
「あとはやっぱり怒るとこが好き!」
感傷をぶち壊す能天気な声とデリカシーのない言葉。
「怒られたいのかお前は……」
「怒られたくはないけど。万丈目のちゃんと怒るとこは本当にいいとこだと思うぜ」
ちゃんと怒るってなんだ。ああでも、こいつは。
刺し殺されたってそれに怒りはしないのだ。
油断してたオレが悪いんだ、なんて言ったときには頭をひっぱたいてやりたくなった。思っただけで実行はしていない。ひっぱたいたところでこいつは怒りはしないし反省もしない。いや「自責すること」を反省だと思って自分を責めるだけだ。たちが悪い。
「……お前も少しは怒れ」
「怒るじゃん」
「どこがだ」
「お前は覚えてないだろうけど、怒って世界を滅ぼしかけたよ」
「ああ……そうだったな。だったら適度に怒れ」
「適度か。うん、万丈目は適度に怒るのが上手なんだ」
「お前の怒り方がおかしいだけだ」
「そうだな」
「……ちゃんと」
自分を守るために怒れ。刺し殺されたのに油断しただの自分が悪いだのと言うんじゃない。死なないからって、誰もお前を傷つけていいわけがない。誰もだ。オレだってお前をぶん殴りたいときはあるけどな、それでもお前は傷つけられるべきじゃないんだ。
「……うん。ありがとう万丈目」
「そう思うなら実行しろ。口先の礼だけ言いやがって」
「……難しいんだ」
「難しくてもやれ」
「うん」
返事だけはしおらしいのだこいつは。でもどうせ口先だけだ。アカデミアの頃だってそうだ。頼れと言ったのに、ちょっとそれに感動したような顔をしたくせに、結局何も相談しなかったもんな。お前は忘れてもオレは覚えてるぞ。
お前はずっとそういうやつだ。自分が遊城十代だと言い出せなかったみたいに。大事なことをいつもオレには言ってくれない。
「……そういうとこも大好きだよ。オレよりもオレのこと考えてくれて……」
オレは伏せていた顔を上げる。少し潤んだ目がこちらを見つめていた。
「お前が考えなしすぎるだけだ」
「そうだな。オレは馬鹿で考えなしだよ、いつも。だから……死んだことになった」
十代は痛みをこらえるような顔をしていた。
「だからお前が悪いわけじゃないと──」
「違うんだ。本当にオレがもっと気をつけてたら防げたことだった。オレが」
数え間違えたから、と十代は言った。
「……窃盗団の人数。警察はオレの報告通りの人数を逮捕して、一人逃した。そいつが報復に来たんだ」
「人数? そんなものまで調べていたのか?」
というか──どこまで窃盗団に接近していたんだこいつは。
「調べてたんじゃなくて……オレも捕まったから」
「は?」
「……誘拐、されて」
茶色の瞳はオレから逸らされ机の上を見つめている。そこにさす苦しげな陰が、嘘ではないのだと語る。
「そっ……だっ……」
そんなことがあって大丈夫だったのか!?
そんな大事なことをずっと黙ってたのか!?
という二つの言葉が同時に浮かんで、口からは意味のない音だけが出た。
「……大丈夫だったのか」
十代はずいぶん思い詰めた顔をしている。これまで黙っていた罪悪感はあるのだろうと、そちらを口にした。
「逃げるとき少し怪我はしたけど。アジトっていうのかな。そこにたくさん精霊が捕まってたから、全部逃がして、取引先とか闇市の日程のリストとか写真撮ってオレも逃げて……」
あのとき──こいつが刺された事情を知ったときの違和感。なぜ窃盗団の一員に遊城十代が警察の協力者だと知れたのか。なんのことはない、最初から窃盗団の連中はアジトから逃げ出した遊城十代が警察に通報したと知っていたのだ。本人が逃げるだけでなく「商品」をすべて逃がし取引ルートもダメにされ、十代は殺されるほどの恨みを買ったのだろう。
「人数も調べたつもりだったけど、違ってた」
こいつは無駄な場所に責任を感じている。それは警察の管轄だろう。
「……傲慢だ。お前は警察を舐めてるのか。被害者がその場で見た人数は参考にしてもそれを絶対と見ることはないだろう。捕り逃しは警察の責任でお前の責任じゃない」
「……うん」
十代は固い表情のまま頷く。後悔しているのだろう。もっと何かできたんじゃないかとか、もっと違うことをしていたらとか。
「……まあ、考えてしまうのはわかる。オレだってあのときそうだった」
十代はわずかに目をみはる。
「吹雪さんに勝っていたらとか、あの商店街に行かなかったらとか、少しでも動けていたらとかな」
「お前は何も」
「お前だって何も悪くない。そういうことだろう」
十代は黙った。何かを言い募ればそれはオレに対する「お前にも何かできたはずだ」という責めに繋がる──そういう言い方をすればこいつは黙る。
こいつはそういうやつだと──オレは思い出している。
「ところで、少し怪我をしたというのは、本当に『少し』なのか?」
「……まあ、撃たれたけど……」
「撃たれたはのは少しとは言わん」
「腕に当たっただけだし……商品傷つけるなって、すぐ止められてたよ」
腕だけだとして、通常ならば大事なのだ。そもそもこいつにとって「少し」ではない怪我とはなんだ?
「死の偽装はまた誘拐されるのを防ぐためか」
十代は頷く。確かに生きていると知られたら再び狙われただろう。もし十代が死なないことまで悟られてしまえば、どんな手段で捕まえようとしてくるかわからない。だから十代はその後窃盗団の調査に関わらなかった──というよりペガサス会長か誰かが「関わらせなかった」のだろう。
「……黙っててごめん。あの頃、あんまりお前の負担になること言いたくなくて……」
十代は悲しげに目を伏せる。思い返せば共に暮らし始めた頃はよく物憂げな顔をしていた──あれはあの事件だけが原因ではなかったのだろう。逃げ出せたとはいえ、誘拐されたことにショックを受けないわけがない。
「でも……これで、お前に隠してたことは話した……と思う。やっぱり早くは言えなかったけど」
「……早く言わなかったことに腹が立たないとは言わないが、言えなかったのも仕方がないとは思う。あのときオレは参ってたし、お前だってそうだろ」
「え──オレ?」
十代は驚いた顔をした。まさか、自覚がなかったのか?
「でも大変なのは万丈目で……」
「あのな、誘拐だの撃たれるだの刺されるだの、挙げ句に『遊城十代』としては死ぬだの、平気なわけないだろ」
「そう……か。そうなのかもな」
こいつは自分がショックを受けていることも自覚できないほど馬鹿なのか──その鈍感さに呆れると同時に、鈍感さは永い時を生きる上で必要なのかもしれないと思う。心臓を刺されても生き続けねばならないなんて。
2026/06/28