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【GX】万十/加筆修正前:鈍感な冬

2025/11/10 21:11
GX
 十二月に入り、急に冷え込んだ。特に日が暮れたあとの冷え込みはひどく、万丈目は秋から着ていた薄手のコートのまま出掛けたことを悔やんだ。
 道行く人は万丈目と同じように薄着で身を縮こまらせている人と、準備よく厚着して悠悠と歩く人に二分されているような気さえした。
 でも家に帰れば暖かいのではないか、と万丈目は期待する。なにしろ今年からは、万丈目はひとりではないのだから──。
 しかしそんな期待も虚しく、玄関は外とさして変わらないくらい寒かった。築五十年を越す一軒家に防寒など期待してはいけないのだろうか。
 ただいまと声をかけてまっすぐ自室へ向かう。着ていたコートを片づけるついでに、クリーニング店のビニールを被ったままの厚手のコートをすぐ着られるように出しておく。室内用の上着を着てリビングに向かう。
 リビングには暖房があるから暖かいことを期待したがそこも冷えていた。同居人は猫を胸に乗せてソファに寝転んでいる。
「おかえりー」
 能天気な顔で笑う同居人は、薄手の長袖シャツに暖かくもなさそうなチノパンだ。ソファに投げ出された足先は靴下も履いていない。
「寒くないのか?」
 万丈目は暖房のスイッチを入れた。
「あ。だからファラオがくっついてんのか。なあんだ、珍しく甘えてきたのかと思ったら」
 十代は猫を撫でながらへらへらと笑った。ふと、万丈目には過去の記憶がよみがえる。
 ──なんだまたそんな格好で。寒くないのか?
 まだ彼が「遊城十代」として生きていた頃。年がら年中あの赤い制服姿のままの彼にそんなことを言った。そのときも、十代はへらへらと笑っていたのだった。デュエルアカデミアの建つ年中温暖なあの島にいた頃のように、彼は真冬でもあの制服姿のままだった。
 あのときは、馬鹿は風邪をひかないのかと呆れていたが──。
「……お前、寒いとかちゃんとわかるか?」
「わかるよォ」
 十代はへらりと笑ったが、万丈目に真顔でじっと見つめられてばつが悪そうに目をそらした。
「……まあ、人間と感じ方は違うかな。気温が高いか低いかはわかるけど」
 寒いとは思わないのだろう。だから冷え込んだというのに薄着で平気な顔をしている。
「……気をつけないとな。ご近所さんに不審がられてもいけないし」
 旅をしていれば、真冬の薄着を不審がられてもさして困ることはなかったのだろう。あるいは旅人の服装など特に気にかけられることはなかったのかもしれない──以前の万丈目がそうであったように。
 きっと十代本人が口にしなくても、そうと気づくきっかけはいくらでもあったのだ。ただ万丈目が無関心だっただけで。
 鈍感なのはオレの方か──。
 変わり者だとか大雑把なやつだとか、そんな言葉で括って遊城十代のことを何も見ていなかった。学生の頃だって、あいつなら大丈夫だとか馬鹿だから仕方ないとか──。
 いったいどれほどのものを取りこぼしてきたのだろう。
「余ってる膝掛けとかある? ファラオが使ってもいいやつ」
「余るほどのものはないがな──」
 元は独り暮らしなのだ。余るほどの物は持っていない。自室へ戻り毛布の膝掛けを持ってきた。十代は起き上がってファラオを抱いている。
「座って座って。それ膝に置いてさ──」
 万丈目は言われるままソファに座り膝掛けを自分の膝にかけた。 するとそれを見たファラオが、十代の腕からのそりと降りて万丈目の膝に乗った。前足で何度か毛布を踏み、ゴロゴロと喉を鳴らし万丈目の膝の上で丸くなる。
「ファラオは毛布が好きなんだ。寒きゃこうしてたら膝に乗ってくるぜ」
 見た目通りにファラオは重い。五、六キロはあるのではないだろうか。
「……あれ、嬉しくない?」
「何がだ」
「ファラオ。見てるからうらやましいのかと思ったのに」
 どうやら十代は、万丈目がファラオを自分に乗せたいから見ているのだと思ったらしい。
 ──こいつも。
 万丈目だけではない。近くで見ていたところでお互いにすれ違っている。
「デブ猫を乗せるのがうらやましいもんか」
「可愛いしあったかいぜ?」
「重いだろうが」
 膝に石を載せる拷問がなかったか、と万丈目は思う。三十分もしたら足が痛くなりそうだ。胸にファラオを乗せていた十代にとってもやはり重かったのか、自由になった腕を天井に伸ばし胸をそらせ伸びをする。
「……にしてもこのくらいの気温ってもう寒いのかあ」
「お前はどのくらいだと寒いんだ?」
「たぶん日本の冬はそんなに寒くないかな。ヨハンとこに冬に行ったら結構寒かったけど」
 確かヨハンの住む国は、冬場は氷点下が常ではなかったか? 万丈目は冬に行ったことはない。そこが「結構寒い」で済むなら十代にとって日本など暖かいくらいだろう。あの制服で年中過ごせたはずだと今更納得する。
 今やっとその取りこぼしてしまったものを拾えたように、これからも取り戻していけるだろうか? どんなに長くても百年に届かない時間の中で、この秘密主義の永遠の少年を理解できるのだろうか?
 ──いや。
 理解なんて傲慢か。万丈目は彼の領域の外側にいる。できるのは、しばしの羽休めに付き合ってやることくらいか。
「温度計でも買うか? 玄関は外と似たような温度だったぞ。それを見て着るものを決めたらどうだ」
「お、それいいな。リビングにも置こうぜ。寒かったら部屋あっためとくし」
「今度買いに行くか」
 十代は嬉しそうに笑って頷いた。
「もっと冬っぽい服も買わないとな」
 きっとこんなやりとりは永い時の中でいつか忘れてしまうのだろう。それでも今この瞬間、彼は笑っている。こうして笑うことのできた日があったことが、ほんの少しでも彼の永い時の支えになればいいと思った。
 隣にいたのが誰だったかさえ忘れてしまうのだとしても。

2025/03/23 公開

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