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【刀非夢】未完/生き残ったふたり-明石国行編

2025/09/07 22:21
刀剣乱舞・非夢未完本棚未掲載
生き残ったふたり」と同じ世界観で、別の本丸の明石国行の話。未完、この後の展開に悩み書きかけたまま二年経ってしまいやる気がなくなったので公開します。

 何故生き残ったのが自分なのだろうか。他にもっと、生き残るべき刀がいるはずだったのに。
 カーテンに囲まれたベッド横の椅子に一人座っていると、明石国行はそんなことを考えてしまう。
「明石。ただいま」
「……おかえんなさい」
「明日には退院できそう」
「そら、何よりです」
「うん」
 明石の主はベッドに腰かける。
「新しい本丸にも、明日入れるよ。……急な空きが出来たんだって」
「そら……」
 元より入る予定だった審神者に何かあったのか。
「明石」
 主に呼ばれ、明石はその顔を見る。前より少しやつれたように思う。当たり前だ。一度は生死の境をさ迷ったのだから。
「明日から、よろしく」
「……自分に働けいいますか」
「うん。働いて」
 主は口角を上げた。
「……休み、今日までだから。好きなことしてきていいよ……まあ、喫茶店でおいしいもの食べるくらいしか、することないけど」
「主はんこそ、休みは今日まででしょ」
「わたしはたくさん休んだよ。休みすぎたくらい……」
 主は大きくため息をついた。それからベッドに横になる。
「何か、要るものがあれば買うてきましょか?」
「ううん、大丈夫。疲れたから、寝るね。おやすみ」
「おやすみなさい」
 明日で退院か、と明石は改めて思う。ここに主が運ばれてもう一ヶ月になるか。
 四人部屋の病室には、明石の主と同じ境遇の審神者が入院している。
 本丸一斉襲撃事件の生き残り。
 それが、明石を含めたこの部屋にいる審神者と刀剣男士たちだった。

「国行!」
 蛍丸の声だった。何か背負って──いや。
「主はん!? それ、い──」
 生きているのか──そう聞きたくなって明石は口をつぐむ。白い服は赤に染まり、頭からは血が滴っている。
「生きてるよ! 早くシェルターに連れてって!」
「あ、ああ──」
 明石は己の主を抱え上げる。完全に気を失っているようだ。よく見れば蛍丸も黒い戦装束でわかりづらいが怪我をしている。
「早く! 主は人間なんだ! 手遅れになる前に早く!」
 蛍丸はそう言うと縁側から庭へ下りて駆け出した。ゆったりとした動きで近づいてきていた遡行軍の大太刀に斬りかかっていく──。
 それが、明石が蛍丸を見た最後の姿だった。
 明石は主を抱えて避難シェルターに向かい、棺桶のような医療マシンに主を入れた。こんなもので怪我が治るのか明石にはさっぱりわからなかったのだが、結果として明石の主は一命を取り留めた。
 明石自身もまた、避難シェルターによって一命を取り留めたといえる。明石以外の刀剣男士は、皆戦って命を落とした。
 明石はその間戦いもせず、ただ医療マシンの横にいただけだ。だからか余計に思ってしまう。何故、生き残ったのが自分であったのか、と。
 そもそも明石は、まだ励起されたばかりの刀剣男士だった。戦場には何度か出たことはあるが、まだ特さえついていない。既に修行を終えた刀剣男士も幾振りもいたというのに、何故。
 そんなことは、考えてもただ偶然そうなっただけなのだ。もし主を背負った蛍丸に明石より先に出会った者がいたら、その刀が主を避難シェルターに運んだ。それだけだ。
 こんなことは、もう何度も考えている。
 病室に秋田藤四郎が入ってきた。手には袋を提げている。明石の主の向かいに位置するカーテンの中に入っていく。
「主君、コーヒーです」
 秋田が抑えた声で話しかけると、女性の声が答えた。
「ありがとう、秋田」
「お加減はどうですか?」
「結構いいよ。明日検査があるから、その結果で退院の日が決まると思う」
「早く退院出来るといいですね」
「そうだね」
 向かいの患者は、幾振りかの刀剣男士が生き残ったらしく、秋田以外にも訪ねてくる男士がいる。愛染国俊が来た日もあった。少し話したことがあるが、そちらの本丸では明石国行が折れたようだった。
 その隣の患者は、乱藤四郎が常に付き添い、時折鶯丸が様子を見に来ていた。会話の内容からすると、大包平と不動行光も生き残っているようだった。わざわざ来ないだけでまだ他にも生き残りがいるのかはよくわからない。
 明石の主の隣の患者は、加州清光が常に傍にいる。今のところ他は誰も訪ねてこない。あの本丸も二人しか生き残らなかったのかもしれない、と思う。
 当然であるが、どの刀剣男士も審神者を甲斐甲斐しく世話している。
「あるじさん、みかんを買ってきたよ。好きでしょう?」
「リハビリ頑張って。終わったら一緒にアイス食べようね」
「動けなくて退屈でしょう? 確かこの小説がお好きでしたよね」
 そんな風に、主を喜ばせたり励ましたり無聊を慰めたりしている。
 明石は、主の好物も好きな小説も知らない。ついこの前知り合ったばかりだ。頼まれた物の買い出しなどの雑用をこなすことは出来ても、それ以上の気を利かせることが出来ない。むしろ主に気遣われて、退屈だろうから好きなことをしていたら、とか、先程のように好きなものでも食べてきたら、とか言われてしまう。
 明石は、自分の好きなものさえわからない。ついこの前励起されたばかりだ。出された食事を食べ、命じられた出陣や内番をし、国俊や蛍丸に誘われた遊びを少しやっただけ。何が好きとか嫌いとか、そんなことを思う以前の場所にいる。
 だから日がな一日、この椅子に座っているだけだ。そしてせんないことに思考を巡らす。何故、自分が生き残ってしまったのか、と。
「結構歩けるようになったよ」
「無理はだめ。ほら、座って」
「心配性だなあ」
 隣のカーテンから、車椅子に乗った審神者とそれを押す加州清光が出てくる。また談話室でおしゃべりでもするのだろう。隣の審神者が自由に動けるようになってから、二人はよくそこにいる。
 気が置けない仲、とでも言うのだろうか。二人の間には明石と主のように遠慮があるようには見えない。
 明石は主とろくにおしゃべりも出来ない。何かを話せるほど自分に引き出しがない。主は主で、よく端末に向き合って何かしている。おそらくは入退院や次の仕事の手続きなどをしているのだと思う。手伝いを申し出たこともあるが、「大丈夫」と一言言われただけだった。
 生き残ったのが自分でなければ。
 自分がもっと前に顕現した刀だったら。
 そうしたら、もっと役に立てただろうか。
 ──まるで働きたいみたいだ、と明石は自分の思考に少し驚く。でも、自分がずっともどかしい気分でいる理由は、そこにあるのだろう。
 明日には、嫌でも働かなければならない。

 自販機に端末をかざすと、残金が不足しています、という文字が出た。いつの間にやら、主に与えられた金は底をつき飲み物の一つも買えなくなっていた。諦めて水でも飲むか、と思ったが、ピコンと音がして飲料が出てくる。
「オゴリ」
 振り向くと、加州清光が笑っていた。彼が代わりに支払ったようだ。
「ああ。すんません。あとでお返しします」
「いーよ、同じ部屋のよしみ。4085室の明石でしょ?」
「ああ──はい。お隣の加州はんでしたか」
 先程彼の主と出ていったと思ったが、今は一人のようだ。明石が自販機から飲料を取り出すと、彼も飲料を買う。
「主さん、退院みたいだね。おめでとう」
「は、おおきに」
「うちはまだしばらくはリハビリかな」
「今もリハビリに?」
「今はカウンセリング」
「そうなんですか」
 カウンセリング、というのは明石も受けた。小一時間ほど話し、必要ならまた予約を取ってほしいと言われたがそれ以降行っていない。
「よく夜中に泣いてるからね。カウンセリングってそーいうのも治るのかな」
「さあ……」
 病室で深夜に審神者のすすり泣く声が聞こえることは珍しくなかった。それは加州清光の主に限らない。この病院では、昼間の談話室や廊下などでも隅の方で泣いている審神者や刀剣男士を見ることはままある。何も珍しいことではなかった。
 しかし明石は、主の涙を見たことがない。冷たい人間なのだ、とは思わない。明石自身は関わりが薄いが、刀剣たちから慕われていたことは本丸で数日過ごしただけでもわかる。
 主にとって明石は涙を見せるには信頼の足らぬ相手──なのだろう。そう明石は考える。
「まあ昔から泣き虫だからなあ。ずっと泣いてなかったからちょっと忘れてたけど」
「お二人は、付き合い長いんです?」
「そーね。十……何年だったかな。まあ十年は越えてる」
「加州はんは大ベテランですな」
「明石はまだあんま経ってなさそーね」
「ほんのひと月ちょっとの赤ん坊ですわ」
 加州は目を見開く。
「役にも立たんのに、自分だけ生き残ってしまいましたわ」
「明石!」
 加州清光が呼ぶ。
「……あんたが、主さんを助けたんだ。役立たずなんてことない」
 濡れた赤い目が明石を見つめる。
「……うちも、生き残った刀は俺だけ」
 やはりそうだったのか、と明石は思う。
「……大変だったね、顕現早早に」
 加州は袖で目元を拭う。
 この刀は、たった今まともに言葉を交わしたばかりの相手のためにも泣けるのか。
「困ってなかった? お隣なんだから、もっと早く話せばよかったね……」
「おおきに、加州はん。自分は平気ですから」
 明石は、自分の目はからからに乾いているような気がした。

「まるで新人だ……」
 新しい本丸の確認を終え、執務室の端末を確認すると主はため息をついた。
「というか、新人が入る予定のとこにわたしが入ったのかな? 資源くらいもう少しサービスしてくれてもいいよねえ。とりあえず刀装十個作って……鍛刀は三回であとは戦場に期待するか……」
 主は独り言なのか話しかけているのかよくわからない。
「じゃあ明石、刀装お願い」
 ようやく主は明石を見た。二人で執務室から移動する。
 新しい本丸は、誰もいないからしんとしている。明石の知る本丸は、どこもかしこも誰かがいた。畑も、緑が広がっていた。今はただ、耕された土があるだけ。
「……こんな畑は久しぶりに見るなあ」
 明石が見ていたからだろう、主が言った。
「いつも何かしら植えてあったから。最初はこんな景色だったか。昔見たはずなのに忘れてた」
「主はんは、審神者になって何年ですか?」
「八年だね。だから、最初の頃のことはもううろ覚え。歌仙がまめに記録をつけてたけど、まあ燃えてしまったかもね」
 平常と変わらない声で主は言った。今回の襲撃事件の調査報告書によれば本丸は明石たちが避難後に燃えた、と病院にいる間に主から聞いた。その時にも、主は平時と変わらない様子だった。
 あの加州清光やその主だったら泣いていたのかもしれない。しかし明石自身もそれを聞いて涙など出なかった。
 感情の起伏が少ないのだろうか。明石も、主も。
「明石は刀装作ったことはあったよね」
「初日に作りました」
「そっか。──あんまり気を回してやれなくてごめんね」
「主はんが謝ることは、何も。自分が」
 自分が蛍の代わりになれば、きっと苦労しなかったでしょう──と、思ったが口をつぐむ。そんな卑屈なことを言っても主を困らせるだけだ。
「うん?」
「いえ」
「……まあとにかく刀装作って、ひとを増やさないとだね」
 主は明石に刀装を十個作らせ、次は鍛刀をした。
「僕は、五虎退です……」
 主が鍛刀したのは、気の弱そうな少年だった。小さな虎を五匹連れている。
 五虎退──明石の記憶にあるのは、大きな虎と控えめだけれど意思のしっかりした少年だ。印象がかなり違う。
「五虎退。来てくれてありがとう。今日からよろしくね」
「はい、よろしくお願いします……」
「虎くん、触ってもいい?」
「は、はい……」
「おいで──ふふ、懐かしい……」
 主は屈んで虎を一匹抱き上げた。主が愛おしそうに撫でると、虎も嬉しそうに目を閉じた。
「さて、あと二回か……明石、好きな数字ある?」
「は? いえ──」
「そっか、じゃあ五虎退が来たし五で行こう。もう一回は……賭けでサンゴーマルっと」
 明石が返事に迷うと主は自分で決めて鍛刀をした。今度は打刀の歌仙兼定と脇差の堀川国広が鍛刀された。
「二人ともよろしく」
 軽く挨拶をして、主はすぐに出陣の指示を出す。
「明石、あなたが隊長。以前やったから出来るね」
「……働くんですなあ」
「働くんですよ」
 容赦なく主は明石と顕現したばかりの刀剣たちを出陣させた。こんな新人だらけで大丈夫なのか、と明石は思ったが、主はこの面子でも問題なく戦える戦場を選んでいたらしい。無事に勝利し、明石たちは短刀を二振り手に入れた。
 ──そうか。
 戦場でも、刀は手に入る。あるいは、愛染国俊も──。
 しかしそう都合よくはいかない。短刀は薬研藤四郎と乱藤四郎だった。やはり明石の記憶よりもどこかあどけなさがあった。
「さて、六振り揃ったね。時間もそろそろ夕方だ。で、大事な話なんだけど」
 主は六振りの男士を前に神妙な顔をした。
 そして、わたし料理が下手なんだよね──とその表情に似合わぬ言葉を発した。
 夕食は焦げた卵焼き、塩辛い味噌汁と煮物になるはずだった焦げた野菜片だった。こんのすけの用意した初心者向け料理動画を見ながらやったはずなのにどうしてこうなったのか。唯一、米だけは炊飯器がうまいこと炊いてくれた。
「料理というのは難しいんだね……」
 歌仙は卵焼きの焦げ茶色の裏面と黄色の表面を見比べながら言った。
「大変……ですね……」
 五虎退が眉を寄せて焦げて苦そうな野菜を頬張った。
「兼さんが来るまでに、もっと練習しないと……」
 堀川は何か決意を抱いたようだった。
「まあ食えりゃ上上じゃねえか。こんな真っ白な飯、贅沢だろ」
 薬研は豪快に笑いながら食べていた。
「あの動画だときれいに出来てたのになー」
 乱は不満そうにしながらも箸を動かす。
「すまないね。ずっと食事は任せきりだったから。仕事が多くて悪いけど頑張ってほしい」
 主も謝りながら言った。
「わたしは下手だけど、みんなはきっと上手く作れるようになるよ。前もそうだったし」
 前──か。あの時はどんな味だったろうか。少なくとも焦げた味ではなかった。あの時は、今と違い広間いっぱいに机が並べられていた。何十振りの刀剣男士たちがにぎやかに食事をしていた。
「国行、今日は唐揚げだぜ! ほら、起きろってー!」
「冷めてもおいしいけど、あったかくてカリカリしてる時がおいしいよ」
 愛染国俊と蛍丸の笑顔を鮮やかに思い出せる。でも、それを食べた時の味は思い出せない。おいしいと、あの時は思ったはずなのだ。でも明石の記憶からはもう消えている。病院の喫茶店やレストランで食べた料理の味なら思い出せるのだが。
「前……というのは?」
 歌仙兼定が訊ねた。
「まだ話してなかったね。今から一ヶ月くらい前に、本丸の一斉襲撃事件があった。多くの本丸が襲われ、多くの審神者と男士が命を落とした。わたしと明石は幸い生き残ったけど、八年共に戦った仲間を失った」
 刀たちは顔を強張らせ主を見つめる。みなの視線が集まり、主は苦笑いする。
「……食事時の話ではなかったね。とにかく前はみんな上手に料理出来てたから、大丈夫だよ。もっと初心者が作りやすい料理とか、あとで調べておくね」
 主の言葉が終わると、場はしんと静まり返った。
「……あるじさま」
 五虎退が沈黙を破る。
「僕、頑張ります。お料理も、戦うことも」
 その言葉に刀たちが頷く。
「そうだね」
「強くなります」
「ボクも」
「ああ。俺も」
 皆が主を見る。主は微笑んだ。
「ありがとう。頼りにしているよ」

 その夜。明石は主に新しい仲間たちに風呂の入り方や眠り方を教えるように命じられた。一通り終わらせたが自分は眠る気がせず、病院での買い食いで癖付いたか何か食べたくなり台所へ向かった。そこには明かりがついており、先客がいるようだった。
「主はん──」
 そこにいたのは主であった。寝巻き姿だから、彼女も眠れなかったのだろうか。
「おー、明石。あんたも夜更かし?」
 主は笑って明石を見た。少し機嫌がいいようだった。
「やっと飲めるようになったよ。院内完全禁酒だもん」
 主は透明な液体のグラスを掲げる。
「明石もどお?」
「あー……では少少」
 酒が好きだ、ということさえ今初めて知った。透明な瓶からグラスの底に少しだけ液体が注がれた。
「洋酒だから、男士はあんま好きじゃないかも」
 酒のにおいはほんのり甘いものだった。しかし舐めると強烈な辛みと苦味、独特のにおいがする。
「まあ炭酸で割ったりした方がおいしいよ。今日は面倒だから水しか入れてないけど」
 主は急須を明石の方へやった。水が入っているらしい。薄めれば、飲めないこともないと明石は思った。
「昔のことを全然覚えてなくてさ。最初どうやってみんなにご飯食べさせてたんだろ。インスタントでも買ってたのかな……今回、歌仙と堀川が来たから、材料があればいいだろうと思ったけど、あの子たちも最初から料理上手というわけじゃないんだね……」
 今の懸念事項は料理のことのようだ。

2023/09/07

2025/09/07

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