日記

GX感想&メモ108話~109話

2025/04/21 21:34
GXアニメ感想
・108話

 この「子供で悪いかよ」みたいなのとか3期に入ってから十代の幼さを強調するシーンが不自然なくらい多い。「子供から大人への成長」が3期のテーマなのでわかりやすく主張しているのかもしれないけど。

 十代が「懐刀」って言葉を知らないのも今見ると記憶封印の影響なのかな……って思っちゃうな。ユベル関連の記憶が消えたならたとえば幼少期に時代劇とか見てて「フトコロガタナって?」「信頼できる臣下や部下のことだよ」みたいにユベルに教えられてたらその言葉が消えちゃうとか。まあそれだとありとあらゆる言葉が消えそうだから「将来的にはボクもキミの懐刀になるかもね」とか言われて強くユベルと紐付けられた言葉が消えちゃう、あたりのが不自然じゃないかも。
 まあユベルと十代が幼少期にどれほど交流があったのか定かじゃないんだけど。場合によっては宇宙からの交信がまともな対面の可能性もある……。まともに回想の出たオサム兄さんのときは「カードが使ってほしいって言ってる気がする」と明確にユベルが見えてるわけじゃなさそうな発言をしてる。でもヨハンと初対面のときの「オレも小さい頃から(精霊が見える)」というシーンではユベルを思い出してるからやっぱ交流あったのかな。オサム兄さんの回想(未就学~小一?)とユベルとの別れ(小学校二~三年生になってそう)の間に見えるようになった、と考えたら自然? 未就学~小一で人間の友達がいなくなってその後はユベルとだけ遊んでたとかはありそう(ユベ十沼の意見)。

 結局この話の不審者って誰なんだっけ? アモン?

 ここで初めてユベルのもうひとつの声が登場。ここだと一人称が「我」だ。これはストーリー上「二人いる」というミスリードのために一人称を変えている気がするなあ。

 この時点だとマルタンとレイはそこまで友達ではないのか? 名前で呼ばず「キミ」呼び。

 校長はやっぱり「十代を」成長させようとしている。「この戦いの先に本当に強くなれる」の「この戦い」はデスデュエルのみを指すのか? 「子供から青年に成長」は覇王の条件と一緒だけど覇王の話自体を校長は知っているのか? 後に明言はされなかった気がするんだけど、伝承として「宇宙を守る存在としての覇王」「それはある人間に宿り子供から大人に成長する必要がある」みたいなのは残ってるのかな。光の波動の話と一緒にペガサスから聞いてたとか? 「子供から大人になったときに本当に強くなれる」あたりは一般論でもあるから単純に「デュエリストとして強くなってほしい」という話なのかもしれない、鮫島校長ってサイバー流の師範でもあるし、強くなりそうな生徒に目をかけているだけで……とも思うけどだとしたらピンポイントで十代に注目・注力しすぎか……? やはり対ユベル戦を警戒しているのか? 校長先生がユベルについて把握してるのって「十代は幼少期にユベルという精霊に憑かれていた」「ユベルが問題を起こした」「ユベルを宇宙へ送ったものの、衛星が事故ってユベルが十代に交信した結果、十代が不眠になったので十代のユベルに関する記憶が消された」……かな? 「地球へ落下した衛星が何者か(コブラ)に奪われユベルは所在不明」までは知ってたっけ?(海馬コーポレーションから情報共有? めっちゃ個人情報では? それとも十代の両親にKCから連絡があり、それを両親が校長へ共有?) うろ覚え……このへん最初の異世界終わったあたりで言及してたっけ?

 ヨハンの「案外冷たいんだ」ってまだ知り合ったばかりで十代のことを世話焼きタイプと思ってるのかもしれないなあ。十代はヨハンに道案内とかはしてそうだし、そうすると「いろいろ世話を焼くやつだ」みたいな印象になりそう。

 このシーンの翔は本当に「アドバイス」を求めているのだろうか? 単に「大丈夫だよ」って言われたいだけではないか?
 この会話、十代に「ただ大丈夫って言ってあげたらよくない?」っていうのとそもそも翔の会話の仕方が唐突だなっていうの思う。突然「ボクが目指すのはリスペクトデュエル」と語り出してて会話の始まりとしてよくなさそう。これ「デスデュエルが不安」から始めれば「いつも通りデュエルしたら大丈夫」みたいな会話になった気もする。十代の「オレはいつも通りやるだけ」も「だから翔もいつも通りやればいい」を含んでる気がする。そこまで言ってあげた方が親切ではあるけど。「アニキみたいにならないといけないの?」に「オレとお前は違う人間」は「オレにはオレの、翔には翔のやり方がある」だと思うけど言い方として「翔は翔らしくやれば大丈夫」と言ってあげるのがおさまりはよかったろうな。

 オブライエンとコブラ、コブラは「戦場をさ迷う父親とお前を引き取った」っていうの、具体的にはどういうことなんだろ。部隊からはぐれたりしたところを助けたのだろうか。四期でオブライエン夫妻が「息子は普通に学校に通ってる」と思ってそうなあたり、助けたことにかこつけて親には「息子さんは才能あるからぜひデュエルアカデミアに」って言ってオースチンには「恩があるんだから傭兵として働け」って言ってそう。ご両親もね、そんな理由だったらコブラのとこ行かせてないと思うんですよね……。お父さんも傭兵みたいに危険な仕事を継がせるよりデュエリストになれば……って送り出してたんじゃ……? 傭兵続けてることをご両親は知っているのだろうか……?

 「十代とオブライエンが犠牲になるかもしれないが構わない」っていうのはコブラはこの時点だとユベルの狙いが十代であることを知らない感じ? 十代のことは「デュエルが強いからデュエルエナジーを集めるのに便利」くらいの認識? ユベルは「自分を復活させたら願いを叶えてやる」というRPGの魔王っぽいことをコブラに持ちかけているだけでコブラはユベル側の事情を一切知らない、って感じかな。

 翔くん現時点だと「カイザー亮の弟」「十代の第一の弟分」しか自分の立場を示せるものがない(と自分では思ってる)のか……今の翔なら「ボクはレッド寮から実力でブルー寮に入ったんだぞ」とか言えると思うけどな。
 さっき「3期は十代の幼さが描写されてる」と書いたけど翔も翔で3期は一層に「十代への甘え」が描写されてる気がする。

 翔のことを報せに来たハネクリボーでカーテンが揺れてる……窓はすり抜けるけどカーテンには風を起こす……これって1期目からずっとそうなのかな。細かい描写は覚えてない~。

 そういや翔と剣山は「十代は精霊が見える」をずっとよく知らないんだっけ? あんまり知るきっかけなかった? 二人とも不思議なことに巻き込まれるわりにはそこを深く突っ込まずに来てるんだっけ……。十代は精霊が見えることを知らないと不審な行動をいろいろしてると思うけど「アニキってちょっと変」くらいでスルーしてそう。十代も強く「そこにハネクリボーがいるだろ」とか主張しないし。剣山は過去にハネクリボーに助けられてるんだけどね……アリス回とか……。うろ覚えだけどたぶん翔も「ハネクリボーが十代に報せてくれたから助かった回」って今回が初めてではないのでは? 十代は精霊のことを隠しはしないけど説明もしない、それが最終的には悪く働いてしまった気がする。「友達の事情にあまり深く突っ込まない」って人間関係を保つ上で何も悪くないんだけど、むしろ現実には一定の距離を保つ方がよかったりするけど、これは遊戯王アニメなのでそうやって深い親交を持てなかったことが3期で悪い方向に行ってしまうんだなあ……。十代、いい友達に恵まれてはいるけどそういう部分を理解できる友達はずっといなくて、そこに現れたのが「同じものが見える」ヨハン、って流れなんだな。あとヨハンは「実力を頼れる相手」でもあって、「同じものが見える友達」「頼れる相手」を十代は失うことになるのか。最初見たときに「唐突では?」と思ったこともこうやって考えたら別に変じゃないな。たとえば105話の剣山に礼を言うシーンで「何言ってるんだドン?」「アニキってば最近変だよ」で「お前たちのこと誰もわかってくれないんだ……」ってがっかりさせてたら「十代って精霊が見える友達がいなくて寂しいんだ……」とヨハンと仲良くなるスピードが早いのも「同じものが見える友達ができたね!」と理解しやすい流れではあったなあ……。1期からずっとスルーしてたものをいきなり触れるのも変ではあるか。「精霊の見える友達」はすでに万丈目がいるわけだし。万丈目は2期で洗脳されてうまく親交を深められなかったからなあ……。「精霊が見える」という点においての十代の理解者に万丈目がなることはなかったんだよな、通しで(というか、万丈目はずっと「理解者」のポジション「ではない」んだろうな)。

 デュエル、「攻撃できない先攻から大型モンスターを出すなんて」っていうけどこの時代って先攻五妨害並べとかの時代じゃないんだろうなあ(マスターデュエル感)。先攻で妨害モンスターなるべくたくさん並べるのが現代遊戯王……。


・109話

 デスベルトのデュエルエナジーのとられる量って「たくさんカードを使った方がエネルギーが多い」なのかな。それとも「熱いデュエルを」みたいなこと言ってたから本人の集中力とか闘争心で発生するエネルギーが違うのか。それなら多少ピンチにした方が十代を熱くさせる気がするけどオブライエンが反撃し始めるとコブラは焦るんだよなあ。

 この話でヨハンは十代を冷たいと思ったのは誤解だと示されて翔も十代の戦う姿で「リスペクトデュエルと熱いデュエルは矛盾しない」と思い「違う人間」と言われたことを「違う人間だから自分なりに前に進む」という結論になる。
 これは言葉で「大丈夫」と言われるよりも翔にとってはよかったのかな。その場で「大丈夫」と言われることは一時的な安心感にはなるけど「実感」としては得られないというか。十代がそこまで読んで言ったのかまではわからないけど。

 ヨハンのセリフ「十代は触れるものをすべて熱くする触媒。いわば純粋少年」でいいのかな。純粋少年?

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