日記

2024年に書いたメモのメモ

2024/12/31 21:18
GX二次創作あとがき・雑談
 サイトを作る前、GXについて思ったこととかちょくちょくメモしてたんですが、そのメモをここにメモしておこうかと。必ずしも現在も同じことを考えてるわけではないんですが、まあ記録として。

・155話初見の混乱

 155話を見て混乱してるときのメモ。たぶん今年の一月か二月くらい……155話を見てからユベ十に心を奪われている。

「GXに突然少年BL見せられたんだけど何これ少年を守るために別の少年が人体改造受けてモンスターになってそのモンスターに少年が「きみだけを愛する」と誓うBL見せられたんだけど何これ」

「155話後半よすぎて3回くらい見てるし例のシーンだけ何回も巻き戻しちゃうし今すぐpixivで検索したいけど最終回見るまで我慢してるこれリアタイで見てたひとたち大丈夫だったんですか突然十代の深すぎる愛情を見せられて無事だったんですか無理でしょ爆発四散するでしょハイクを詠め」

「突然十代の深すぎる愛を見せられて今まで一切CP的には興味なかったので命拾いした感と興味なかったからこそザックリと刺さって爆発四散した感がある」

 以上カギカッコ内原文ママ。自分で書いたのに読み直して笑えちゃった。このときは半年後くらいには個人サイトまで作ると思わなかった。

 以下は文章が変なとこはちょっと修正しつつ、でも考えてたことはなるべくそのままにしてます。今も同じことを考えてるわけじゃない部分もあります。

・システムとしての「覇王」

 わたしの中で「覇王」は「世界のシステム」なので一度システムの一部になってしまったら死ぬことができず、なんかあって人間としておかしくなってしまっても光の波動との決闘能力だけはあり、光の波動が世界を脅かすことが起きればそこに参じて戦うことはできる……というイメージ。ということはシステムとしてだけ存在する人間性を失った十代と、なんとか人間らしい生活をさせてあげようとするユベルやヨハンや万丈目……みたいなバッドエンドルートが十代には存在すると考えてしまい……でもユベルだけは十代が人間的であることが必ずしも必要なわけではないというか、覇王システムを正しく動かせて覇王が必要ないとき(光の波動の脅威がないとき)はどこかで眠らせておくみたいな三期バッドエンドの亜種みたいなのでもよいのでは……? ユベル的にはバッドエンドにならない的な……。三期バッドエンドルート、「永遠にキミの眠りを守ってあげる」だから十代の眠り(婉曲表現)を永遠に見守るルートが……眠りじゃなくてシステムとして生きてる十代ならユベル喜んで守るでしょそりゃ……みたいな……。

 もしGXに続編あったら十代が「覇王十代」としてやらかしたこととガチに向き合いさせられるんだろうなって予感がして怖いですね。影丸も斎王琢磨もガチにヤバイことになる『前』に十代が止めたのに……十代がやらかしたときはやらかし『後』にしか誰も止められなくて……それだけ十代の存在が世界にとってスペシャルすぎてて十代本人の「自制」に頼るとこ多すぎるのあの世界のバグでは……? 「世界に破滅をもたらす光の波動」の対抗存在の「正しい闇の力の覇王」も世界に破滅をもたらせるっていう、どっちも世界ぶち壊せる存在……。

 一番正しく動けた覇王システムは前世十代がちゃんと大人(覇王)になれてユベルときちんと世界を守り続けることができたパターンなのかなあと考えたり……。十代の生きてる時代には覇王の伝承(世界には破滅をもたらす光の波動と命を育む闇の対立構造があり、覇王という正しい闇の力の持ち主が存在する)が完全に失われてしまっている(少なくとも多くの人間が知らない。光の波動にはたどりついたペガサスも覇王のこと知らないのでは?)ので「覇王の力を持つ者を大人になるまで誰かが守らなくてはならない」も同時に失われて誰かに守ってもらえないまま力の暴走だけしてしまい「覇王十代」になってしまったのあまりにも残酷じゃない……? そもそもひとりでコントロール可能な力ではなかったのではないか……? 十代が暴走したのはよくないし本人が悪いとこもあるにせよ、「導いてくれる大人」いなかったよ彼のそばに、っていうのはすごく思う……さまざまな不幸、不運が多々重なった結果とはいえ……。

・前世の十代とユベル

 前世十代と「人間の」ユベルって原作で会話するシーンないんだよな……回想の前世十代は「ユベル」と呼ぶけどユベルは名前を呼ぶシーンがないので前世十代の名前もユベルがどう呼ぶのかも不明。敬語を使っているのと十代の衣装が豪華(宝石ついてる腕輪とか)だから王子様とか貴族とかなのか……? と「推測」はできる。国王から「ユベル、お前の友(=前世十代)は…」と言われてるから友達ではある、けど十代の宿命を知ってすぐに「守護者の役目をやらせてほしい、この身を失っても構わない」と決断するレベルにすでに十代のこと愛してて、十代もユベルに「ボクの愛はキミだけのものだ」って誓うくらい愛しててユベルが人間の頃どんな感じだったんですか二人……愛し合ってるという情報だけがある……数分の回想しかないんですよ本当に……なぜもっと原作でやってくれないんですか……三期の余分な話ちょっと減らすか四期でちょっと過去回想回とか欲しかった……。
 前世の十代と人間のユベルが並ぶシーンもない、身長差もよくわからない。ユベルのが大きそうな感じはある。ユベルが改造手術を受けてるところに十代が「ユベル!」って駆け寄るとこでも「同じ部屋」にはいるけど「同じ画面」に同時にうつってないんだよな……同時に映るのは竜の姿になってから。
 ところでユベルの半身が女性型なのって移植した竜が女性だったってことなのかな……ってこの前思った。

追記:そういえば前世捏造話で前世十代をだいたい十代を幼くしたイメージで書いたけど、アニメ本編の回想では一切笑わないのであまり笑わない子の可能性もあるな……? と今さら思いました。台詞も「ユベル!」と愛を誓う言葉しかない。

・四期十代

 四期十代の単独行動、もちろんよくないんだけどついてこれる子だって誰もいない、って思う。同級生たちは卒業前の大事な時期で学業や将来を最優先してて、十代はひとりで退学も視野に入れて対ダークネスを最優先してるっていう……そら巻き込みたくないよ、友達の将来潰しかねないし……。四期十代はもう人間社会「のみ」で生きる気なくて精霊と人間のハザマでユベルと共に生きること決めてて、学校卒業がもう彼にとってたいした意味がなくなっちゃってんじゃないかな。「覇王(世界を正しき闇の力で守る者)」として世界の安寧を守る方に比重がいってるというか。

 思えばGXってずっと十代の苦しみに「人間が」寄り添ったりすることあんまなくて、一期も二期も落ち込んだとき精霊によって立ち直ってて三期で人間の誰も十代の苦しみを取り除いたりできなくて一度壊滅的ダメージを受けてしまって、きちんとケアできないまま「状況を解決できるのは十代だけ」ってサイバー流荒療治でぶん殴って立ち直らせて、結果ユベルと超融合してひとりで戦う方向に行ったの、「友情なんてボクの愛の前でどんなに頼りないかこれでわかったかい?」をやってしまったのでは?

 四期前半、十代は「オレが一番つらかったときにお前ら何もできなかったじゃないか」くらい言ってもよくない? という気持ちと「お前はバカなのに力だけあるから周りが何もできないんだろうがせめて周りを見ろ」という気持ちがある。十代は後者を自覚してるから何も言わないんだろうなと。あと仲間判定がガバ……十代の仲間判定ガバっぷりは斎王琢磨にあっさりだまされるとこ正直見てて「キミ個人はほとんど琢磨と接点ないのにその信頼度の高さ何ィ!?」ってなった。

 四期は明日香ちゃんの「私たち三年間一緒に戦ってきた仲間じゃない」という言葉にすごいショックを受けてしまった。なぜなら明日香含め「実際に一緒に戦う」ことができた友達あんまいないし実際に十代が苦しんでるときに助けてくれた友達はヨハンとジムとオブライエン(三年生の頭から来た留学生)と亮(卒業生なのでほとんどそばにいない)とエド(プロなのでほとんどそばにいない)と三沢(ほとんどそばにいない)で「三年間一緒に戦ってきた仲間」は肝心なときには全然戦えてなかったっていう悲しい事実があるんですけど、賢い明日香がそれを自覚できないのも残酷だし、十代が「実際に助けてくれること」でなく「応援してくれるだけでも一緒に戦う仲間」というクソデカ仲間判定してるけど実際にはひとりで戦ってるの残酷だろという気持ち。ユベルが悪役として言った「ボクの愛の前では友情なんて役立たない」みたいな台詞が、結局四期で友達じゃなくユベルの力に頼って戦ってるから本当にユベルの愛の前で友情役に立たないじゃんすか……って悲しくなった。でも十代が戦う動機として「大切な友達がいるから」なんだろうし、だからクソデカ判定で「応援してくれるなら共に戦う仲間」なんだろうし、十代にとってはなんの嘘もない言葉なんだろうけど……結局ひとりで(ユベルいるけど)戦ってるよな……。四期の十代が「リーダーとして振る舞えない」のもよくない。基本的に単独行動すぎるので……十代、手伝うと言われても采配ができない……。

 「三年間一緒に戦った仲間」の台詞はすごいショックだったけど明日香が悪いわけではないんだ断じて……洗脳されたり敵に捕まったりで共に戦う機会がなかっただけで……でも「共にデュエルの腕を磨いてきた仲間」とか「同じ学舎の仲間」とか、こう……事実に即した台詞のがよかったんじゃない? 見てて「一緒に戦った!?」ってなっちゃったよ……(一番大変な時期に戦線離脱してたけど最初の異世界とかは一緒に戦ってます)。タッグデュエル回、レイと明日香が十代を励ます側だったけど、その前の過程が「ダークネス事件のことで気もそぞろな十代を「三年一緒にいた私たちを無視するのか」と責めるかたちで参加させた」みたくなってるのが……もうちょいいい演出なかった? みたいな……。脚本としては「すれ違い喧嘩からの和解という話にしたい」って意図があるのもわかるけど、「十代の悩みに寄り添わず」「一方的に責めて」「結果としては十代が気を回した」というバランスの悪さにすごいもやもやしてしまった……。ダークネスのことをちゃんと話さない十代もよくないけど……適宜話してたら明日香もああいう責め方しないのでは……。

 最終回近くで明日香に「つむじ風」「私たちの青春を吹き抜けていった」と評されるのも、悪気はないと思うんだけど、やっぱなんか「精神的な距離」あったんだ、って思う。なんか……あまり親しい人への評価じゃなくない? 「つむじ風」って。あくまでも吹き抜けていく風にすぎない、みたいな……「常に騒動の中心にいた」みたいな評価なのかもしれんけど……。

追記:タッグデュエル回はレイちゃんが可愛いし明日香の恋もきれいに収まりがついてて本当に好きな回です。あのシーン本当にきれいで好き。上記モヤりもあるけど、本当に明日香ちゃんが悪いわけじゃないと思います(彼女も不安定な時期だし、明日香は事情を知らないし)。イヤホンで音聴きながら再度見たときに十代が明日香に語りかける声がカラッとした明るさがあって、「ユベルのときすごい湿度だったな……」って思って十代にとって明日は本当に「友達」なんだなと思ったり……。最後に明日香が「いいライバルでいましょう」と言ったのってそういう十代の言葉からの温度感みたいなのもあるのかなあ……。

・DMと比べて

 DMの主人公の同級生たちの友情すごく濃いのにGXの主人公の同級生組の友情、淡白っていうか……ある意味リアルな友人関係ではあるんだろうけども……。DMですごく「友情の絆!」みたいなことやったからGXは方向性変えようみたいな意図もあるのかもとは思う。まあ絆の濃さでユベルに誰もかなわないっていう十代とユベルの特殊性、みたいなのもあるのかもしれない。結局「友情なんてボクの愛の前では役立たない」みたいな、悪役として言ったはずの台詞が「真」になっちゃったのが四期っていう…普通そこは覆すとこじゃない!? っていうさ…いやもちろん同級生たちの友情感じるエピソードはあるんだけど……。


・慕われる十代

 ユベルの十代への愛がすごすぎて他がかすみ気味だけど十代は一期目から翔にアニキと慕われ万丈目が幻覚を見るほど意識して一億で買いたいと言い出す金持ちが出てきてって人を惹き付けるパワーがすごすぎるんだよな…二期目で剣山も弟分になるし一話しか登場しないけど神田にもアニキと慕われるし、流星くんも洗脳されなかったら仲良くなれそうだったりとか。
 各期ボスも付け狙ってるけど三幻魔は「十代は精霊の力が強い」って理由あったけど二期の破滅の光は理由あったっけ? 占いで十代が出たからくらいの理由だったような…」? 三期はユベルがボスなので十代を狙う理由がきちんとあるけど二期目は謎だな? とふと気づいた。四期は「十代はダークネスの計画の邪魔になるから排除したい」ってちゃんと理由があるし。まあ十代の宿命(光の波動と対峙する正しい闇の力の持ち主たる覇王)を思えば破滅の光が十代を狙う理由はあるけど、二期中では宿命が開示されないので「なんでかわからないけど十代がやたら光の結社に狙われてる」っていうすごいふわ~っとした状態だったなあ……。一応ネオスペースで「正しい闇の力の持ち主」って話はでるけど、それは「ネオスペーシアンたちが光の波動と戦ってほしいと希望している」で「破滅の光が正しい闇の力の持ち主を狙っている」としては描かれていないような……。

・リンクスの話

 ユベルで十代/ユベルに勝ったら十代に「悲しい戦いは終わりにしよう…」て言われてユベルが「ふたつの魂はひとつになって…」て超融合ハピエンの台詞言うけどリンクス的には十代が負けたパターンでも超融合ハピエン発生するの!? ってびっくりしたけど原作でそもそも勝敗ついてないからどちらかが勝利した場合でも超融合ハピエンが発生する可能性全然あったね!?
 いやリンクスだと十代/ユベルとユベルは同一人物扱いだから超融合ハピエンではないのか? 十代(プレイヤー)VSユベルだとユベル敗北で超融合ハピエン台詞のユベル「ボクはキミの愛と力に包まれてる」十代「悲しい魂の旅路は終点についた」なんだな。ユベル(プレイヤー)VS十代で十代が敗北すると「ユベル…お前にはもう何を言っても無駄なのか…?」っていう普通の(?)敗北台詞だ。ユベルの方も「十代…悲しいよ、もう終わりかい?」という三期ユベルらしい勝利台詞。ユベル(プレイヤー)VS十代/ユベルだと開始台詞から十代に「ユベル、必ずお前は取り戻す」っていう原作のVSダークネス戦でユベルが十代の魂から引き離された時の台詞だった……のでリンクスの想定する「ユベル(プレイヤー)VS十代/ユベル」は「何らかの理由で一時的にふたりの魂が離れてしまい、仕方なく戦っている」なので十代/ユベルの敗北台詞は「悲しい戦いをやめよう」でユベルは引き離された魂がもとに戻ったので「ふたつの魂は…」(超融合時と同じ)ってコト……なのか!?

 「十代/ユベル(プレイヤー)VSユベル」だと十代勝利でユベルも十代も「共に光の波動と闘おう」なんだな。レジェンド戦面倒で避けてたけどこういう発見があっていいな……これプレイヤー敗北時の台詞とNPC敗北時の台詞って違うのか? と「十代/ユベル(プレイヤー)VSユベル」でプレイヤー敗北してみたけど台詞同じだった。それにしても十代/ユベルがユベル進化形態使うときの「ダスアプシェリッチリッターの効果発動!」って十代の声とユベルの声が重なる演出はサイコ~にいいな。原作で……原作でやれ!!!

 「派生ゲームとはいえ公式からの供給サイコ~」と「原作でやれ」が同時に発生するゲーム、デュエルリンクス。

●読み直してみると

 これらのメモはだいたいアニメを見終わった直後くらいのものなんですが、その頃「ボクの愛の前に友情は役に立たないが四期で肯定されてしまった」と思っていたんだなあと……。今は「同級生たちは人間として生きてるから」って思いますね。ユベルの愛は人間としての愛情を越えてるというか……この辺はユベ十いろいろ書いてるうちに思ったけど「人間では十代(覇王)のそばにいられない」なんだと思ってます。だから四期も「人間の枠」から同級生たちは十代を想ってるし、十代も「人間としての友情を受け取ってる」状態なのかなって思います。四期見た直後には「友達が全然力になれてないし、でも力になれないのも仕方ないし、もやもやして悲しい」みたいな気持ちだった……。「対等な存在ではないから仕方ない」みたく思うのもよくないかもだけど。でも本当にみんなは「普通の人間」だし十代も「普通の人間でなくなってほしくない」からあの距離感なんじゃないかなって今は思います。いろいろ手伝ってもらおうと思ったらできるんだろうけど、そうするとダークネスに変に目をつけられたりするんだろうし(ヨハンは実際害されそうになったところを宝玉獣に守られている)、ヨハン以外は彼らを守ってくれるものは存在しないわけで……。今は5D'sとかも見たから思うけど、チーム5D'sの仲間はみんな赤き竜の力があるから遊星と同じ危険に飛び込めてて「普通の人間」とは違うんだよなあと。「助けあう仲間」でいるには、「助けあえるだけの力」が必要で、5D'sだと赤き竜の力がそれをくれたけどGXにはそれがないんだよな、と……。
 今5D'sと比べて思ったけど、5D'sでは遊星含めて最終回後は「赤き竜の力がなくなり普通の人間になる」けど十代は借りた力じゃなくて「十代が超常的な存在そのもの」だなあ……。命を育むやさしい闇の持ち主……なんかまどまぎみたいに最後は世界の理になっちゃうって展開もできそうだなあと思ってしまった。

 とりとめのない話が多いですが、せっかくいろいろ考えたから年内に投下しちゃえと思いまして。せっかく個人サイトっていうくだらない話をしやすい環境があるし……。

 本当は次の振り返り記事と一緒に書いてたんですが、日記の文字数が1万字上限だったのでわけました。

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