刀剣乱舞の夢小説

生き残ったふたり

「ようこそ審神者様! わたくしはこんのすけと申します。これより本丸を案内しながら審神者のお仕事についてご説明したいと思います。審神者の仕事はなんといってもまず出陣! 初期刀は加州清光様! ああもうお手を繋がれて仲のよいことですね。審神者と刀剣男士は信頼が第一、大変よろしいことでございます。ではまず出陣の方法についてご説明いたします。審神者様の端末の左上に出陣という文字がございますね、まずはそこを選んでください。すると出陣先が表示され──表示、され……おや?」
 絶え間なくしゃべっていた管狐は、やっと言葉を止めた。
「……お前初期状態なの?」
 加州清光が口を開く。
「こんのすけ。ID認証してデータをダウンロードして」
 審神者がIDを告げて命じる。命令を実行した狐は、ピンと背筋と尾を伸ばした。
「失礼いたしました! 大変な事件のあとにも拘わらず──」
「堅苦しい挨拶はいいよ。見取図を」
「かしこまりました!」
 こんのすけは審神者の端末へと見取図を送る。
「……まずは避難シェルターの確認から」
「はい! シェルターへの道は、口頭説明となります」
「ええ。わかってる」
 こんのすけに案内され、非常時の避難シェルターへ向かう。

 加州清光は走っていた。
 早く。早く、主のもとへ──。
「敵の襲撃だ! 総員配置に付け! これは訓練ではない! これは訓練ではない!」
 本丸のネットワークを介して、主が全員に伝えた。
「空からの攻撃に注意しろ! 第二波がくる可能性がある!」
 数分前、空から投石攻撃があった。偶然なのか、狙いすまされたものか、巨大な石の一つは主がいるはずの執務室のある棟へと直撃した。
 加州は事前の役割分担通りに主のもとへ向かっている。遠目にも執務室は潰れていた。
 先程は声が聞こえたが、中にいるはずの主は──。
「石切丸!」
 執務室へ続く廊下で、石切丸が主の手当てをしていた。執務室からは逃れたらしい。しかしその身体は傷だらけだ。特に足は本来ベージュだったズボンが真っ赤に染まっている。
「主!」
「加州……蜻蛉切がまだ中に……」
 主は痛みに顔を歪めながら言った。加州は執務室の方を見るが、半壊したそこに近侍の蜻蛉切の姿は見えない。
「主。蜻蛉切さんは私が。加州さん、運んでくれ」
 石切丸は穏やかな声で言った。加州を見つめて、頷く。
「こちら加州清光! 主と合流した!」
 加州は通信でそう伝えた。主を抱え上げて避難シェルターを目指す。一番近い入り口は執務室だが、そこを使うのは無理だ。次に近い入り口は──。
「石切丸……」
 主が呟く。その視線を追えば、庭を駆けている石切丸の背があった。
 ──そうか。蜻蛉切はもう──。
 感傷に浸る暇などない。仲間たちが建物に向かう敵を防いでくれているうちにシェルターへ行かなくては。

 たどり着いたシェルターは八畳ほどの部屋だ。 水や食料が備蓄され、怪我人を入れるための医療マシンが設置されている。ここに人間を──審神者を入れさえすれば、傷の治療と生命維持に必要なことは全て自動的に行われる。
「これは最新型?」
 加州が訊ねた。加州の記憶にある医療マシンと少しだけ見た目が違った。こんのすけが答える。
「はい。万が一停電しても最低一週間稼働します。怪我が軽ければもっと長く」
「ふーん……」
 このシェルターにたどり着いたとて、助けはすぐには来ない。特に加州たちが以前の本丸で受けた襲撃は、複数の本丸に対して一斉に行われたものだった。加州の本丸は、三日も助けが来なかった。その三日が早い方なのかどうか加州にはよくわからない。わかるのは、その間に仲間たちは皆折れたということだ。
「審神者だけ生かしておけばいい、って設計思想がよく出てるね」
 主が肩をすくめた。
 この避難シェルターは、審神者を含め数人しか入る余地がない。有事の際は主と護衛一振り、最悪は主一人でもここにたどり着かせること──それが、本丸に顕現した刀剣男士たちが一番最初に叩き込まれることだ。
 主を抱えて、何振りも何振りも見捨てながらここにたどり着いた。全ては主の生命を助けるために。
「──それで助かったわたしが言えた義理じゃないか……」
 ため息をついて、主は端末の置かれた机の前の椅子に座った。
「これが緊急ラインだね」
「はい」
 主は端末を起動し、こんのすけが操作を説明し始める。
「緊急連絡ラインがこちらで──こちらが本丸カメラの表示──こちらで刀剣の確認が──」
 加州の脳裏には、あの日見たずらりと並ぶ『破壊』の文字が蘇る。

「加州、状況はどうなってる……?」
 医療マシンに入れてすぐ、主は加州にそう訊ねた。自分の具合よりも本丸の状況の方が気掛かりであるらしかった。加州は端末で刀剣男士の状況を見た。そこには、『破壊』の文字がずらりと並んでいた。
「……何も情報が見えない。壊れたのかも……」
 加州は顕現されて初めて主に嘘をついた。
「そう、か……本部への連絡は?」
「ついた。救援が来ると思う」
「そう……早く、救援……が……」
 主の声はだんだんと小さくなり、眠ったようだった。医療マシンに入ると審神者は眠りにつく、と事前に言われていた通りだった。
 嘘をつくことに抵抗がないわけではなかった。でも、医療マシンで眠るしかない主に真実を告げてどうなる? 
 ここにたどり着くまでに見捨て続けた仲間たちも、皆こうして嘘をついたのだ、と思った。
 ──俺は大丈夫、主たちは早く避難して。
 瓦礫に挟まれて動けなくなった者。
 ──ここを片付けたら俺も行きます。加州走れ!
 道を確保するために囮になった者。
 ──いってください! ぼくもすぐおいますから!
 そう言って、二人が地下に降りた後出入口を塞いだ者。
 皆、主を守るために嘘をついて散っていった。おかげで、加州たちはここにたどり着けた。
 しかし加州のついた嘘は、主を生かすためのものではない。ただ加州が、悲しむ顔を見たくなかっただけ。いずれ知る事実だとしても、ただ、今、穏やかに眠る顔を──。
「加州」
 呼ばれて、加州ははっとした。声をかけてきた主は、心配そうに加州を見上げる。
「──あなたにはつらい場所だったね」
「そんなこと……」
「三日もこんなとこで一人で待たされたら、わたしだったらおかしくなりそう。助けを待つのも、誰かの目覚めを待つのも……つらいよ」
 主は加州の頭を撫でた。加州は少し身を屈めて目の前にいる主を抱きしめる。
「あなたにばかり負わせてごめんね……」
 加州は、ただ黙って首を横に振った。

 シェルターを含めた本丸全体の確認を終え、その報告書を作り終わる頃には夕方になっていた。本格的な本丸始動は明日からにして、加州と二人で縁側に座って夕焼け空を眺める。
 本丸のつくりは以前の本丸によく似ていた。縁側で眺める景色もそっくりだ。だからこそ、加州以外に誰もいないことに胸が痛む。あんなに賑やかで、笑って過ごしていたのに。
 右手が、少し強く握られた。ずっと加州と繋いだままの手。視線を上げれば、赤い瞳がやさしく見つめている。
「──最初の日みたいだね」
 もう随分と長い付き合いになる初期刀にそう言うと、うん、と返事が返ってくる。あの日の加州清光は、もう少しあどけない顔をしていた気がする。怪我をしたり汚れたりするとすぐ弱気な様子を見せて、わたしが守ってあげなくちゃ、なんて気持ちになったものだけど。
「あの日からずっと、わたしは守られてばかりだ」
「そのために俺がいるんじゃん。あんたのことも、あんたに繋がる歴史も守るために」
「うん」
 あの頃と比べると、ぐっと大人びた顔になっている。わたしと違って歳は取らないのに。
「そーいえば……あんたはなんで俺を選んだの?」
 加州が訊ねる。長く一緒にいるのに、話したことがなかったんだっけ。
「あなたが一番仲良くなれるかなって」
 まだ学校を卒業したばかりで、仕事を始めることも親元を離れたことも不安だった。一番歳が近そうで、一番親しみやすそうで。
「実際あなたに一番頼りきり」
「そっか。一番だったんだ」
 俺、あんたの一番になるから。
 自信に満ちた瞳でそう言われたのは古い記憶ではないはずなのに、随分遠く感じる。
「これからもだよ。一番、苦労かけるから」
「その一番はいらないかも……」
「わたしに選ばれたのが運の尽きだったね」
 加州の肩に寄りかかる。頭を肩に乗せれば、加州も頭を寄せた感触がする。
「そーね。明日から俺、苦労するんだろうなー」
「うん。明日から、大変だよ。また、鍬の使い方とか、みんなに教えて」
「畑耕して、馬の世話して、お風呂の入り方も教えないと」
「ごはんを作って、食べて、眠ることも」
 ぽた、と涙が落ちた。最初の日、お皿を割ったのは今剣だっけ。薬研は自分の刀でお魚を捌こうとしてた。乱は卵の殻を勢いよく潰してしまった。出汁をとろうとした鰹節に五虎退の虎がキラキラ目を輝かせて。お米をといでと言ったら「砥石はどこだ?」と真顔で骨喰が聞き返してきた。
 ああ。大変で、楽しかったなあ。
 加州がハンカチを差し出してくれる。加州も、こんな気遣いが出来るようになったのはいつからだっけ。初陣で血塗れになり帰ってきた加州を見て泣いてしまったわたしを見て、加州まで泣いていたのに。
 右手は繋いだままだから左手でハンカチを受け取った。こんな風に手を繋げるようになったのはいつからだっけ。本丸の門を初めてくぐった日は、なんだかお互いに距離を測りあぐねていた。いつの間に、こんな風に肩を寄せ合うようになったのだったか。
「……大人になったと思ったのに。初めて会った日みたい」
 加州も少し、涙声になっている。
「主。やっぱりつらい? ここにいると、思い出しちゃうよね」
 わたしを庇って瓦礫の下に埋もれた蜻蛉切。仲間を助けることより敵を切ることを選んだ石切丸。瓦礫に挟まったまま「大丈夫」と笑った不動行光。囮になったへし切長谷部。すぐに追うと嘘をついて、扉を守った今剣。わたしが姿を見なかった刀たちも、皆シェルターを守らんと一体でも多く敵を倒すため戦い続けた。
「つらいよ。あなただって、そうでしょ」
 加州清光は、あるいは助けられたかもしれない彼らを見捨ててわたしの保護を優先させた。
 本丸が襲撃を受けた際には審神者の保護を最優先せよ──刀剣男士たちは皆そう教えられ、避難ルートを頭に叩き込まれる。審神者も、避難を最優先せよと最初に教えられる。
 審神者さえ生きていればやり直せる──そう、教えられる。
 やり直せる? ふざけるな。誰もかえってきはしないのに。
「そーね……でも、あんたが生きてるから、俺は大丈夫」
 加州がわたしの頭を撫でる。
「加州も泣いたっていいのに」
「泣かないよ。みんな願いは果たしたんだ」
 そうか。あなたはみんなの願いを負って走ったんだね。『生きて』というその願いを。
 審神者を生かす、その選択は正しいものだ。そうわたしは信じている。でなければ、散った仲間たちはなんだったのか?
「けどつらいなら、無理に審神者を続けなくていいよ」
 病院でも何度も言われた。もう審神者を続けなくてもいい。次にまたあんなことがあった時、また守れるとは、生き残れるとは、限らない──。
「いいえ」
 わたしは生き続け、戦い続けなければならない。
「加州清光。あなたにはまだまだ苦労してもらう」
 悲しげな色をしている目を見て宣言すると、加州は苦笑いした。
「俺はあんたを生かすために走ったのに、あんたは死地に走るんだね」
 死地。確かに、ここは安全な場所じゃない。『過去』と比べて和やかに見せかけた、『現在』の戦場だ。
 行って。走って。生きて──。その願いは、わたしを『本丸』から逃がすためのものだったのかもしれない。
 でも、ごめんね。わたしが走る道はここだけだ。
「一緒に走ってよ、加州清光」
 この屍の上を。折れた刀たちが作った道を。
「わたしが生きてる限り、一緒に」
 つやつやとした赤い瞳が静かに閉じられ、ほくろのある口元からはため息がこぼれる。
「……ほんと、一番苦労しそう」
 呆れたような声で、でも口角を少し上げて。
「主がお望みなら、また走るしかないかあ」
 わたしは前回真っ先に足をやられ、だから加州が抱えて走ってくれた。次は、自分の足で走るのかもしれない。この愛されたがりの刀を置いて、走らなければならないのかもしれない。
「ずっと一緒に走ってね」
 きっと『その時』には、わたしはひとりでも走ることを選ぶのだけど。
 どうかこの手を離さずにいられますように。
 
2020/06/09 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載
9/15ページ
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