刀剣乱舞の夢小説
僕のやるべきこと
最後に手紙を送ってから、どれほど経っただろうか。武者修行を気取って旅をしたり人里離れた山に籠ったり。それなのに、頭にちらつくのはあの人の影ばかり。
──この調子で、いつになれば帰れるのやら。
見上げた空は、この心と裏腹に晴れ渡っている。
そう、心はまるで曇っているのだ。主に本当の意味で仕えるために、あの人のことを忘れようとしているのに。忘れなければと思うほど、囚われているのだと思い知る。
一人修行に明け暮れる間も、過ぎ行く時を数えてはあの日が近いことを気にしていた。
僕を、やるべきことをやらない理由にするな。
二度と会わないと、忘れると誓った筈なのに、自然と足は、心はそこへ向かってしまう。
──これではあなたに嘘をついてしまったことになるね。
一人、心のなかで話しかける。気をつけてと送り出した寂しそうな笑顔を鮮明に思い出せる。早く帰らなければと焦るのに、こんな曇った心と刃のままで帰ることは出来ない。
──あなたの刀になるためだから。
そんな言葉は言い訳だろうか。一度離れた町へと戻り、その日を迎えた。
沖田総司の葬儀を、遠くから見守った。
誰もいない深夜、遺骨の納められた墓の前で、声が嗄れるまで泣いた。
これで本当のお別れだ。刀の頃の記憶は、沖田総司の死を境に曖昧なものになっている。『沖田総司の使った大和守安定』など、二二〇五年には残っていないのだという。誰かが何処かへ持っていってしまったのか、刀の時代が終わり処分されたのか。誰かさんのように、本当は実在さえ怪しいのかもしれない。彼ばかりを見て、そこにある刀が「誰なのか」を見もしなかった。もしそこに『大和守安定』などいなかったのだとしたら、なんて間抜けなんだろう。でもそれを理由に立ち止まるならば、やはり彼の言った通りに自分はいつも彼を言い訳に駄駄をこねているだけだ。
僕を、やるべきことをやらない理由にするな。
やるべきこととはなんなのか。『僕』が本当に果たすべきこと。
──今日は、大事な話があるんだ。
そう切り出した時、主は真剣な顔で、ただ僕の目をまっすぐ見返して頷いた。何を話すのか、もうわかっていたのだろう。
もっと強くなりたいと、そう願ったはずだった。なのに僕は、もやもやとした心のままで、泣いてばかりいる。泣いたっていいのだと、あなたは言ってくれたのだけど。
ずっと仕舞っていたものを取り出す。時を越える、未来の時計。修行に行く時に、これで行きたい時代と場所へ行くようにと渡された。この時計の針を巻き戻せば、過去へ。進めれば、未来へ。
もし巻き度して修行をやり直したら、強くなれるのだろうか。もう一度沖田総司に会って、彼に教えを請うてみたら。あるいは『大和守安定』の存在を、本当に確かめてみたら。その時こそ、僕は彼を忘れられるんだろうか? いつになれば。
僕はあなたの刀になれるんだろう。
──ぼくは、あなただけのまもりがたな。
──あんたのためにこの力を振るおう。
先に修行から帰った者たちは、主に対して強い意志と共にそう言った。僕はそれをえらく羨ましく思って、同時にそんな自分に驚いた。ずっと歴史を守ることが、沖田くんの生きた証を守ることだけが、僕のやるべきことだと思っていた。だけどそれだけではないことに気づいた。刀剣男士として生きた日日に、守りたいものがあるのだと。
けれど彼らを羨ましく思うということは、僕はそれを出来ていないということだった。主に振るわれる刀でありながら、僕は主の刀になれていないのだ。主はかつての主を慕うことを否定などしない。自分の心を、意志を大切にしろと言ってくれる。
あなたの刀になりたい。
そう思った時に、僕は修行に出ることを決意した。
この時計を巻き戻して旅立ち、どれほど経ったのだろうか。僕がいつ帰ろうとも、本丸では四日しか経たないのだという。そのほんの四日の別れを随分寂しそうに、けれど引き留めもせず送り出してくれた。あなたの望むようになさいと、僕を信じて。
だからやはり、この時計を今巻き戻すことは出来ない。一度歩んだ道を戻ることは、たとえ手段があろうとしてはならないのだから。
「……強くなれなかったかなあ」
一人呟く。ここで立ち止まり続けることは、彼に言われた通りやるべきことをやっていないだけだ。心は曇ったままだけど、僕は前に進まなくては。
かちりかちりと、針を進める。昼夜は瞬く間にいくつも過ぎ、墓地の景色は少しだけ変わる。
沖田総司の墓には、花が絶えず捧げられていた。時計の針を進める間に、その墓には多くの人が訪れた。悲しげに参る者もいれば、憧れの目を向ける者も、淡淡と世話をする者もいた。
かちり、かちり、針を進める。
二人の子供が、彼の墓の前に立ち止まった。
「このお墓、すごく古いね」
「知らないの? 沖田総司のお墓だよ。とてもすごい剣士だったんだ! 強くて、やさしくて」
子供の一人は、きらきら目を輝かせていた。
思わず、笑みがこぼれる。そうか。きみはここに生きているんだ。過去だけでなくて、沖田総司を知るもののなかに、生きているんだ。
また涙が流れる。だけどそれは心の曇りを流してくれる雨のようだった。
歴史は、人人は沖田総司が生きていたことを覚えている。『大和守安定』は本当に沖田総司に使われた刀か誰もはっきりと覚えていない。でも『僕』は覚えている。沖田くんに振るわれたことを、病床で失意のまま亡くなったことを──。
沖田くん。世界がきみの生きていたことを覚えているなら、僕はきみの死を覚えていよう。新たな主が生きる世界は、その未来は、きみの死を礎にしているのだから。
最後に見たのは、真白い衣。肩にかけただけの羽織。下ろした髪。きみは戦えなかったけれど、僕はこれから戦っていく。だから、あの日結んだ鉢巻きを。
「ただいま。あなたなら、僕を使いこなせるって信じてる」
持たされた鏡を覗いた目は随分と赤くなっていて、あいつに可愛くないと言われるのは明らかだった。だけどそんな僕を見て、主はやさしく笑う。
「おかえり。いい目になって、帰ってきたね」
僕は、大和守安定。あなたの刀。過去を、今を、そして、あなたの生きる未来を守る。
2018/01/24 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載
最後に手紙を送ってから、どれほど経っただろうか。武者修行を気取って旅をしたり人里離れた山に籠ったり。それなのに、頭にちらつくのはあの人の影ばかり。
──この調子で、いつになれば帰れるのやら。
見上げた空は、この心と裏腹に晴れ渡っている。
そう、心はまるで曇っているのだ。主に本当の意味で仕えるために、あの人のことを忘れようとしているのに。忘れなければと思うほど、囚われているのだと思い知る。
一人修行に明け暮れる間も、過ぎ行く時を数えてはあの日が近いことを気にしていた。
僕を、やるべきことをやらない理由にするな。
二度と会わないと、忘れると誓った筈なのに、自然と足は、心はそこへ向かってしまう。
──これではあなたに嘘をついてしまったことになるね。
一人、心のなかで話しかける。気をつけてと送り出した寂しそうな笑顔を鮮明に思い出せる。早く帰らなければと焦るのに、こんな曇った心と刃のままで帰ることは出来ない。
──あなたの刀になるためだから。
そんな言葉は言い訳だろうか。一度離れた町へと戻り、その日を迎えた。
沖田総司の葬儀を、遠くから見守った。
誰もいない深夜、遺骨の納められた墓の前で、声が嗄れるまで泣いた。
これで本当のお別れだ。刀の頃の記憶は、沖田総司の死を境に曖昧なものになっている。『沖田総司の使った大和守安定』など、二二〇五年には残っていないのだという。誰かが何処かへ持っていってしまったのか、刀の時代が終わり処分されたのか。誰かさんのように、本当は実在さえ怪しいのかもしれない。彼ばかりを見て、そこにある刀が「誰なのか」を見もしなかった。もしそこに『大和守安定』などいなかったのだとしたら、なんて間抜けなんだろう。でもそれを理由に立ち止まるならば、やはり彼の言った通りに自分はいつも彼を言い訳に駄駄をこねているだけだ。
僕を、やるべきことをやらない理由にするな。
やるべきこととはなんなのか。『僕』が本当に果たすべきこと。
──今日は、大事な話があるんだ。
そう切り出した時、主は真剣な顔で、ただ僕の目をまっすぐ見返して頷いた。何を話すのか、もうわかっていたのだろう。
もっと強くなりたいと、そう願ったはずだった。なのに僕は、もやもやとした心のままで、泣いてばかりいる。泣いたっていいのだと、あなたは言ってくれたのだけど。
ずっと仕舞っていたものを取り出す。時を越える、未来の時計。修行に行く時に、これで行きたい時代と場所へ行くようにと渡された。この時計の針を巻き戻せば、過去へ。進めれば、未来へ。
もし巻き度して修行をやり直したら、強くなれるのだろうか。もう一度沖田総司に会って、彼に教えを請うてみたら。あるいは『大和守安定』の存在を、本当に確かめてみたら。その時こそ、僕は彼を忘れられるんだろうか? いつになれば。
僕はあなたの刀になれるんだろう。
──ぼくは、あなただけのまもりがたな。
──あんたのためにこの力を振るおう。
先に修行から帰った者たちは、主に対して強い意志と共にそう言った。僕はそれをえらく羨ましく思って、同時にそんな自分に驚いた。ずっと歴史を守ることが、沖田くんの生きた証を守ることだけが、僕のやるべきことだと思っていた。だけどそれだけではないことに気づいた。刀剣男士として生きた日日に、守りたいものがあるのだと。
けれど彼らを羨ましく思うということは、僕はそれを出来ていないということだった。主に振るわれる刀でありながら、僕は主の刀になれていないのだ。主はかつての主を慕うことを否定などしない。自分の心を、意志を大切にしろと言ってくれる。
あなたの刀になりたい。
そう思った時に、僕は修行に出ることを決意した。
この時計を巻き戻して旅立ち、どれほど経ったのだろうか。僕がいつ帰ろうとも、本丸では四日しか経たないのだという。そのほんの四日の別れを随分寂しそうに、けれど引き留めもせず送り出してくれた。あなたの望むようになさいと、僕を信じて。
だからやはり、この時計を今巻き戻すことは出来ない。一度歩んだ道を戻ることは、たとえ手段があろうとしてはならないのだから。
「……強くなれなかったかなあ」
一人呟く。ここで立ち止まり続けることは、彼に言われた通りやるべきことをやっていないだけだ。心は曇ったままだけど、僕は前に進まなくては。
かちりかちりと、針を進める。昼夜は瞬く間にいくつも過ぎ、墓地の景色は少しだけ変わる。
沖田総司の墓には、花が絶えず捧げられていた。時計の針を進める間に、その墓には多くの人が訪れた。悲しげに参る者もいれば、憧れの目を向ける者も、淡淡と世話をする者もいた。
かちり、かちり、針を進める。
二人の子供が、彼の墓の前に立ち止まった。
「このお墓、すごく古いね」
「知らないの? 沖田総司のお墓だよ。とてもすごい剣士だったんだ! 強くて、やさしくて」
子供の一人は、きらきら目を輝かせていた。
思わず、笑みがこぼれる。そうか。きみはここに生きているんだ。過去だけでなくて、沖田総司を知るもののなかに、生きているんだ。
また涙が流れる。だけどそれは心の曇りを流してくれる雨のようだった。
歴史は、人人は沖田総司が生きていたことを覚えている。『大和守安定』は本当に沖田総司に使われた刀か誰もはっきりと覚えていない。でも『僕』は覚えている。沖田くんに振るわれたことを、病床で失意のまま亡くなったことを──。
沖田くん。世界がきみの生きていたことを覚えているなら、僕はきみの死を覚えていよう。新たな主が生きる世界は、その未来は、きみの死を礎にしているのだから。
最後に見たのは、真白い衣。肩にかけただけの羽織。下ろした髪。きみは戦えなかったけれど、僕はこれから戦っていく。だから、あの日結んだ鉢巻きを。
「ただいま。あなたなら、僕を使いこなせるって信じてる」
持たされた鏡を覗いた目は随分と赤くなっていて、あいつに可愛くないと言われるのは明らかだった。だけどそんな僕を見て、主はやさしく笑う。
「おかえり。いい目になって、帰ってきたね」
僕は、大和守安定。あなたの刀。過去を、今を、そして、あなたの生きる未来を守る。
2018/01/24 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載