刀剣乱舞の夢小説

墨で描くもの

 出来た、と宗三左文字の主はにたりと笑う。弟の小夜左文字も宗三の顔を見て少し口角を上げた。
 さて何を書かれたものやら、鏡がないから宗三にはわからない。
「小夜ー! こんどはぼくとしょうぶしましょう!」
 今剣がぶんぶんと羽子板を振って小夜を呼んだ。その顔には『まもりがたな』と見慣れた字で書いてある。
「主~! 乱負けたからデコっちゃって!」
 加州清光が主を呼ぶ。頬には『つ』の字を膨らませたような歪な絵。少し考えてからカシューナッツなのだとわかった。主は足取り軽く乱藤四郎のもとへ行くと、彼の頬に墨でハートを書き込んだ。
「いーじゃん、可愛い」
「も~! 次は絶対負けないもん。秋田ー!」
「今日の僕は負けませんよ!」
 ハートの書かれた頬を膨らませた乱に呼ばれた秋田藤四郎はまだ一つも落書きされていない。
「怪我には気をつけるんだよ」
 弟たちにそう声をかける一期一振には苺の絵が書かれている。 小夜に負けたあと宗三を呼びに来た江雪左文字は雪だるまを書かれていた。さて自分の顔には何が書かれたものやら──。
 弟の小夜と一戦交えた以上、もう宗三は羽子板に用はなかった。近くにいた短刀に羽子板を渡すと、わあいいですねと顔を見て笑われる。悪意のある笑みではなかったが、顔に落書きされたままというのはやはり気分がよくなかった。早く落とそうと、洗面所へ向かう。
 洗面所へ行くと、寝起きらしいへし切長谷部と鉢合わせた。正月は休めという主の命を果たすため、彼は寝正月を決め込んでいたようだった。いぶかしげに宗三の顔を見る。
「……なんだそれは」
「羽根つきで負けて主にやられました。墨係みたいですよ」
 そうか、と言うなり長谷部は素早く身仕度を整えて廊下を走っていった。
 何を慌てているのだか。少し呆れて長谷部の背を見送った宗三だが、洗面所の鏡を覗きその理由を知った。
 宗三の顔には、審神者の名前が書かれていたのだ。
「……おやおや。魔王の真似事とは」
 皮肉った笑みを浮かべようと思ったのに、鏡の中の宗三は満更でもない顔をしていた。宗三は蛇口を捻り、腑抜けた顔に冷水を浴びせた。

2018/01/08 pixiv公開
2024/11/02 当サイト掲載
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