刀剣乱舞の夢小説

共犯者

 銃という武器がある。刀の時代を終わらせた、引き金を引くだけで人を殺せる武器。それを向けられるというのは、こんな気分なんだろうかと思う。
 今、僕を殺さんとしている相手は、僕に向かって手のひらを向けている。彼女の意志一つで僕はこの世に呼ばれる媒介になった玉鋼やらに戻ってしまう。
「大和守安定」
 僕を呼ぶ。
「答えなさい。あなたは、誰の刀なのか」
 返答次第で彼女は僕を殺すのだ。助かるための言葉はわかっている。あなたの刀だと言えば、彼女はそのかたちのない武器を下ろしてくれるだろう。
「答えなさい」
「僕は」
 あなたの刀になりたかった。でも、もう一度沖田くんに会って、僕はわからなくなってしまったんだ。
「僕も、聞きたい。あなたと沖田くん、何が違うのか」
 彼女は眉をひそめた。質問の意味がわからないようだ。
「あなたは、2205年よりも過去の人なんでしょう? 本来は病で死ぬはずだったところを、才を見出されて未来に呼ばれて審神者になった。どうしてあなたは助かって、沖田くんは死ななければいけないの? 沖田くんだってあなたみたいに助けたらいけないの?」
「それは審神者特別法で2015年以降の死亡者に限ると」
「やってることは歴史改竄じゃないか!」
「……法に則って行っている」
「そんなの人間が好き勝手に決めれるんじゃないか。どうしてあなたは助かって、沖田くんは死ななければならないの」
「沖田総司は歴史に名を残してしまったから。新選組隊士として。剣の名手として。そして──誰かに『看取られて』死んだから」
 あ。
 主は手を降ろした。
「……看取られて、死体を確認された者は、審神者に出来ない。わたしを含む過去から来た審神者は誰にも看取られず、その死体も家族などが確認しなかった、あるいは出来なかった者たちだ。家族がいても空の棺で葬儀が行われるか、偽物が用意される。未来で死んでももう家族の墓には入れない。家族も友人もその事実を知ることもない。大和守安定。あなたは沖田総司をそんな偽の死者にしたい? 空の墓に遺族や彼を想う人たちを参らせたい?」
 主はまっすぐに僕を見た。
「答えなさい、大和守安定。あなたは沖田総司を孤独な偽の死者にしたいのか」
「……したくない」
 どうして僕は気がつかなかったんだろう。過去から未来に行くということは、過去に全てを置いていくことだ。ひとりぼっちで、未来に行かなければならない。遺された人たちも真実を知れないまま、偽の葬送をやらされる。
 さっきまでの怒りも興奮も緊張も、全部消えてしまった。僕はその場にへたり込む。
「……あなたは沖田総司と歴史の闇に消えたかったと言うけど、彼は闇に消えてなんかないよ。わたしがいた時代にも2200年代にも、彼はずっと歴史の中に残り続けてる。これまでたくさんの物語にも描かれて、きっとこれからもたくさんの物語が生まれる。その歴史があればね」
 主の言う通りだ。僕はなんて馬鹿なことを考えたんだろう。
 主が僕に近づいてくる。僕の前にしゃがんで、上向きにした手のひらが差し出された。僕は、主の部屋から盗んだ薬瓶をその手に載せた。
「……期待させて悪かったが、これ結核に効かないと思うよ。咳止めくらいにはなるかもしれないけど」
 ああでも特化タイプだからなぁ咳止めにもならんか、と主は独り言みたく早口で言った。
「僕……刀解? 逮捕?」
「わたしに渡す予定の薬をうっかり懐に入れ忘れたまま修行に出ただけだ」
 不問にする──のか。
「でも」
「異物があってアラートが鳴った。わたしは薬を回収した。それで終わり」
「でも」
 そのあらーととやらは、『僕』に反応したんじゃないのか。だから主は自ら飛んできたんだろう。
「言い方を変えようか。この件で責任を問われるのはあなたじゃなくてわたしだ。刀剣男士の中から歴史改変未遂者を出した。それと医薬品の管理不足、どっちが重罪だと思う?」
「は?」
 そんなもの聞くまでもない。
「わたしを陥れたいなら、政府に自首するといいよ。今わたしは歴史改変未遂を隠蔽しようとしてる」
「隠蔽?」
 そんな言葉がこのひとから飛び出すと思わなかった。僕の知るこのひとは、毎日真面目に仕事をして、ときどき苦しそうに咳き込んでいて。
「真実を言えばわたしは審神者の職を追われなんらかの罰を受けて、あなたは刀解処分になるだろうね。間違えて薬を持ってきたと言えば、わたしもあなたも罪を免れる。始末書くらいは書かされるだろうが、それだけだ」
 どっちにする? と主は問う。まるで僕に決定権があるような口振りだ。
「あなたが真実を言うべきだろう。審神者の責任として」
「だから、わたしは隠蔽しようとしてんだって。わたしはこれを『医薬品の管理不足』として報告する。あなたは修行後未来へ戻ると医薬品を持っていた理由を確認される。そのときに選ぶといい。真実を語り正義を貫くか──」
 主は言葉を止めて人差し指を立てた。
「共犯者になるか」
 ニイッと笑ってその指を唇にあてる。僕を見つめるその目は楽しそうにきらきらしていた。
 こんな顔をするひとなのだと、僕はずっと知らなかった。
 僕はどきどきしている──もしかしたら、僕の目も今の主みたいにきらきらしているのかもしれない。
「じゃ、修行頑張って」
 主はそう言うと僕の返事など待たずに消えてしまった。待ってと言う暇さえなかった。
 僕の手からは過去を変える薬瓶は消えてしまった。代わりに残ったのは、未来を変える形のない選択だ。
 真実を語り不正を告発するか、嘘を語り共犯者となるか。
 もう答えは決まっていた。
 未来へと戻ると、主の言った通りこんのすけに薬瓶を持ち出した理由を問われた。
「主に渡そうと思ったのに、うっかり懐に入れたままだったよ」
 そう答えるとこんのすけは何か書いてあるらしい画面と僕の顔を見比べた。
「はい、報告と齟齬はありませんね。出陣のときに同じミスをしないよう、次からは気をつけてくださいね」
 至極あっさりとそう言われ、僕は本丸へと戻った。仲間たちに帰還を喜ばれながら、薬を持ち出したことをうっかりするなと小言を言われた。僕のしたことは本丸の中でも「うっかりしたミス」として処理されていた。
 主の元へ行っても同様で、次からは「うっかりしたミス」をしないようにと言われた。
「次からは気をつけるんだよ。わたしの可愛い」
 共犯者。
 唇だけが僕をそう呼んだ。主はあのときのように輝く目を細めた。僕は深く頷いて、礼をすると執務室を出た。
 庭では外遊びをする刀たちや、おしゃべりをしながら畑仕事をする刀たちの声が聞こえる。この百振りを越える刀たちの集う本丸で、僕ひとりだけが主の共犯者だった。

「先輩、よかったんですか? さっきの大和守安定」
 新任のこんのすけが先輩へと訊ねた。
「平気です。心理データ分析の結果、あの個体はあちらの方が忠誠心が増すタイプですから」
「不正の──共有ですか」
「糾弾されるのを好むタイプと、大和守安定は半半くらいですよ。八割方不正の共有を望むタイプの刀もいますけどね」
「はあ──それは、その」
「仕事してればそのうちわかります」
 淡淡とデータを処理していく先輩こんのすけの横顔をしばし見つめ、新任のこんのすけも画面へと目を戻した。

2025/01/18
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